第9話 わたくしは自分の好きなようにふるまいますわ
「よし、もう一度だ」
翌日、プレイヤーはゲームを起動した。
昨日は途中で投げ出してしまったが、今度は最初からやり直す。
攻略サイトを確認しながら、序盤のイベントを進めていく。
イライザとニールがキャンディをいじめる。
アンソニーがキャンディをかばう。
ここまでは、攻略サイトの記述どおりだった。
しかし、次の場面でニールがイライザを止めた。
「……いや、だから何でだよ!」
プレイヤーは思わず声を上げた。
攻略サイトには、ニールがイライザを止める展開など載っていない。
昨日と同じだ。
何度やり直しても、ここから先が攻略サイトどおりに進まない。
「まさか、最初からやり直してもダメなのか……?」
プレイヤーは攻略サイトを見直した。
攻略サイトによれば、イライザはその後もキャンディへの嫌がらせを続けるはずだった。
しかし、何度イベントを進めても、イライザは以前のように振る舞わない。
キャンディに会っても、嫌味を言わない。
アンソニーと一緒にいるところを見ても、二人の仲を邪魔しない。
学園祭のイベントも、攻略サイトに書かれた展開にはならなかった。
「何でだよ。ちゃんと手順どおりにやってるだろ!」
選択肢を変えてみた。
日付を進めてみた。
攻略サイトを何度も読み返した。
それでも、状況は変わらない。
画面の中では、イライザとニールが穏やかに過ごしている。
攻略サイトに載っているイベントは、どこにも見当たらなかった。
「……もう、いいか」
プレイヤーは攻略サイトを閉じた。
そもそも、このゲームの目的は何だっただろうか。
キャンディとアンソニーの恋愛を見届け、悪役令嬢の妨害を乗り越え、最後には魔王を倒す。
それが、このゲームの筋書きだったはずだ。
しかし、悪役令嬢が妨害しない。
イベントが発生しない。
そして、肝心の魔王復活イベントにもたどり着けない。
「……魔王、どうなるんだ?」
気になったプレイヤーは、ゲームを進められるところまで進めてみた。
しかし、何も起こらなかった。
魔王の影すらない。
「……あれ? 魔王がいない。バグかな?」
しばらく画面を眺めていたが、やがてプレイヤーは肩をすくめた。
「まあ、いいや。クソゲーだったってことで」
ゲームを終了する。
今度は、翌日にもう一度起動しようとは思わなかった。
◇
「お兄様、明日は街へ参りませんこと?」
わたくしは、食後のお茶を飲みながら尋ねた。
「街へ? 何か欲しいものでもあるのかい?」
「特にありませんわ。ただ、気晴らしに出かけたいだけですの」
「いいね。では、明日は一緒に行こう」
ニールはあっさりとうなずいた。
以前のわたくしなら、こんなふうに自分の予定を決めることなど、考えもしなかっただろう。
何をするにも、何かをしなければならないという気持ちがあった。
キャンディに嫌味を言わなければ。
アンソニーとの仲を邪魔しなければ。
そうしなければ、落ち着かなかった。
今では、その衝動もずいぶん弱くなっている。
まだ、ときどき理由のわからない苛立ちを感じることはある。
それでも、わたくしはもう、その気持ちに従う必要がないと知っていた。
「……お兄様」
「何かな?」
「わたくし、これからは自分の好きなように生きますわ」
ニールは少し驚いた顔をしたあと、穏やかに笑った。
「うん。それがいいと思うよ」
「もちろん、ラガン家の令嬢として恥ずかしくない生活を送りますけれど!」
「はいはい」
「何ですの、その返事は!」
思わず声を荒らげると、ニールは楽しそうに笑った。
まったく、失礼なお兄様ですこと。
けれど、不思議と腹は立たなかった。
明日は街へ出かける。
その次の日は、何をしようか。
まだ決めていない。
だからこそ、楽しみだった。
誰かに決められた筋書きではなく、わたくし自身が選ぶ明日。
それが、わたくしの新しい人生の始まりなのですわ。




