第8話 攻略本どおりに進めているはずですのに?
学園祭が終わって数日。
わたくしの生活は、少しずつ変わり始めていた。
キャンディを見かけても、以前ほど嫌味を言いたいとは思わなくなった。
もちろん、だからといって、急に仲よくなったわけではない。
あの娘の笑顔を見ると、何となく落ち着かない気持ちになることもある。
けれど、もうその感情に従う必要はない。
そう思えるようになっただけでも、大きな進歩だった。
「イライザ、今日は出かけないのかい?」
朝食の席で、ニールが尋ねた。
「ええ。午後は庭で読書でもしようかと思っていますの」
「へえ。珍しいね」
「何ですの、その言い方は!」
わたくしは頬を膨らませた。
「わたくしだって、静かに過ごしたい日くらいありますわ」
「それは失礼」
ニールは笑った。
最近、兄はよく笑う。
以前よりも、ずっと自然に。
わたくしは、それが少しだけうれしかった。
……もちろん、本人には言いませんけれど。
◇
午後。
わたくしは庭の東屋で本を読んでいた。
そこへ、ニールがやってきた。
「隣、いいかな?」
「どうぞ。わたくしの庭ではありませんもの」
「君らしいね」
ニールは向かいに座り、持ってきた本を開いた。
しばらく、二人とも何も話さなかった。
風が木々を揺らし、遠くから小鳥の声が聞こえる。
こんな時間を過ごすのは、いつ以来だろう。
「お兄様」
「何かな?」
「この世界がゲームだとおっしゃいましたわね」
「うん」
「では、ゲームの筋書きがなくなったら、どうなるのです?」
ニールは本を閉じた。
「どうなるかは、僕にもわからない。ただ、少なくとも、君が無理に悪役を演じる必要はなくなるはずだ」
「……そう」
わたくしは空を見上げた。
誰かが決めた役割ではなく、自分が望む生活を選べる。
それは、どのようなものなのだろう。
「でしたら、わたくしは静かな生活を送りたいですわ」
「いいね」
「朝は好きな時間に起きて、好きな本を読み、好きなお菓子を食べる。誰かの恋路を邪魔する必要もなく、余計な騒動に巻き込まれることもない」
「ずいぶん具体的だね」
「当然ですわ。自由になったあとのことくらい、考えておくべきでしょう?」
ニールは楽しそうに笑った。
「そうだね。僕も、そんな生活がしたいな」
わたくしは、少しだけ驚いた。
兄も同じことを考えていたのだ。
「……では、約束ですわ」
「何を?」
「いつか、この面倒な筋書きから解放されたら、二人で好きなように暮らしましょう」
ニールは一瞬、目を見開いた。
そして、穏やかにうなずいた。
「約束だ」
◇
その頃、ゲームの世界の外では。
画面の前に座ったプレイヤーが、眉をひそめていた。
「……あれ?」
画面には、学園祭の終了後の場面が表示されている。
攻略サイトによれば、ここでイライザが次のイベントを起こすはずだった。
しかし、何も起きない。
キャラクターを移動させ、会話を試し、何度か日付を進めてみる。
それでも、イベントは発生しなかった。
「おかしいな。フラグ、取り逃した?」
プレイヤーは攻略サイトを開き、手順を一つずつ確認した。
必要な会話はすべて見た。
指定された場所にも行った。
それなのに、ゲームは先へ進まない。
「……まさか、イライザの好感度?」
試しに、イライザに関係する選択肢を変えてみる。
結果は変わらなかった。
ゲーム内では、イライザとニールが庭で本を読んでいる。
攻略サイトには、そんなイベントは載っていない。
「何だよ、これ……」
プレイヤーは画面を見つめた。
何かの条件を満たしていないのか。
それとも、ゲームそのものに問題があるのか。
しばらく試行錯誤したあと、彼は攻略掲示板を開いた。
同じような報告は、まだ見つからなかった。
「……もう一回、最初からやるか」
そうつぶやき、プレイヤーはゲームを終了した。明日こそ、最初からやり直してみよう。




