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第7話 わたくしが魔王復活の鍵ですって?

 学園祭当日。


 校内は朝から大勢の生徒で賑わっていた。


 わたくしは、飾りつけの最終確認を終え、廊下を歩いていた。


 今日こそ、自分の意思で行動する。


 そう決めていた。


 キャンディとアンソニーが一緒にいようと、余計な口出しはしない。二人の仲を引き裂こうなどとは考えない。


 ただ、それだけのことだ。


 なのに。


 中庭で二人の姿を見かけた瞬間、胸の奥がざわついた。


 アンソニーがキャンディに花を渡している。


 キャンディは頬を赤らめ、うれしそうに笑った。


 その光景を見た途端、頭の中に言葉が浮かんだ。


 あの花を取り上げなさい。


 二人の仲を引き裂きなさい。


 そうしなければならない。


 わたくしは足を止めた。


「……嫌ですわ」


 小さくつぶやく。


 これは、わたくしの意思ではない。


 そう思った。


 けれど、胸のざわめきは消えない。


 むしろ、抗おうとするほど強くなっていく。


 そのとき、ニールが隣に立った。


「イライザ」


「お兄様……」


「大丈夫。君は、何もする必要はない」


 その言葉に、わたくしは唇をかんだ。


「でも……」


「君が何を選ぶかは、君が決めていいんだ」


 ニールは、わたくしの目を見た。


「今まで疑うことすらできなかったんだろう? だったら、まずは疑ってみればいい」


 わたくしは、ゆっくりと息を吸った。


 花を取り上げる必要などない。


 二人の仲を引き裂く必要もない。


 わたくしは、そうしたくない。


「……わたくしは、何もしませんわ」


 言葉にした瞬間、胸のざわめきが一気に強まった。


 足が震える。


 頭の中で、何かがわたくしを急かしている。


 それでも、わたくしは動かなかった。


 やがて、ざわめきは少しずつ遠のいていった。


 わたくしは、その場に立ち尽くした。


 できた。


 初めて、自分の意思で選べた。


     ◇


 一方、ニールは別のことに気づいていた。


 ゲームの筋書きでは、このあとイライザがキャンディの花を奪い、彼女を倉庫へ誘い出す。


 そこで起きる事件が、魔王復活へとつながる重要な条件の一つだった。


 だが、イライザは何もしなかった。


 花はキャンディの手元にある。


 彼女はアンソニーと一緒に、学園祭を楽しんでいる。


 予定されていた出来事が、起きなかったのだ。


 ニールは手帳を取り出し、記録に目を落とした。


「……これで、ひとつ」


 しかし、まだ終わりではない。


 ゲームの筋書きは、イライザを何度も同じ役割へ引き戻そうとするだろう。


 それを断ち切るには、根本的な原因を取り除く必要がある。


 ニールは、以前から気になっていたことを思い返した。


 ゲームの終盤、魔王復活の儀式が始まる。


 その儀式に必要なのは、特別な血筋でも、古代の神器でもない。


 悪役令嬢イライザが、ある決断を下すこと。


 彼女自身は、その意味を知らない。


 ただ、ゲームの筋書きに従って行動した結果、魔王復活の条件を満たしてしまう。


 だからこそ、ニールはイライザを守らなければならなかった。


 彼女が自分の意思で行動できるようになれば、儀式は成立しない。


 魔王も復活しない。


「もう、君を好き勝手にはさせない」


 ニールは、誰にも聞こえない声でつぶやいた。


     ◇


 学園祭が終わり、夜になった。


 わたくしは、ニールの部屋を訪ねた。


「お兄様。今日のことですが……」


「うん」


「わたくし、初めて自分の意思で行動できたと思いますわ」


 ニールは、うれしそうに笑った。


「そうだね。よく頑張った」


「……褒められると、少し調子が狂いますわね」


「そう?」


「そうですわ!」


 わたくしは顔を背けた。


 それから、少しだけ声を落とした。


「お兄様。ひとつ、聞いてもよろしいかしら」


「何かな?」


「わたくしが、ゲームの筋書きに従っていたら……何が起こるのです?」


 ニールは、すぐには答えなかった。


 やがて、真剣な表情で口を開いた。


「魔王が復活する」


「……魔王?」


「そう。君の行動が、魔王復活の鍵になっているんだ」


 わたくしは言葉を失った。


 自分が、魔王復活の鍵。


 そんな大それたことを、自分が知らないうちに担わされていたというの?


「でも、どうしてわたくしが……」


「君自身が望んでいるわけじゃない。ゲームの筋書きが、君にそうさせようとしているんだ」


 ニールは、わたくしの肩に手を置いた。


「でも、今日の君は違った。君は自分で選んだんだ。だから、これからも変えていける」


 わたくしは、しばらく黙っていた。


 怖くないと言えば、嘘になる。


 自分の知らないところで、世界の運命に関わっていた。


 その事実は、あまりにも重かった。


 けれど。


「……わかりましたわ」


 わたくしは顔を上げた。


「わたくしが魔王復活の鍵だというのなら、復活させなければよいのでしょう?」


 ニールは、驚いたように目を見開いた。


「イライザ……」


「もちろん、世界を救いたいなどという大それた話ではありませんわ」


 わたくしは胸を張った。


「自分の意思もなく、誰かの筋書きどおりに動かされるなど、まっぴらごめんですもの」


 ニールは、今度こそ声を上げて笑った。


「そうだね。それでいい」


 わたくしは少しだけ頬を赤らめた。


 まだ、すべてが解決したわけではない。


 けれど、わたくしは初めて、自分の未来を自分で決められるかもしれないと思った。

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