第6話 お兄様、わたくしにも一枚かませてくださいませ!
「イライザ、ひとつ頼みがあるんだ」
朝食の席で、ニールがそう切り出した。
「何ですの?」
「今度の学園祭で、君に手伝ってほしいことがある」
学園祭。
その言葉を聞いた途端、胸の奥がざわついた。
何かが引っかかる。
わたくしは、学園祭で何をするのだったか。
……思い出せない。
「お兄様。学園祭で、わたくしは何をする予定なのです?」
「本来なら、キャンディとアンソニーの仲を引き裂こうとするはずだった」
「……は?」
「でも、そうはさせない」
ニールは淡々と言った。
わたくしは眉をひそめた。
「また、そのゲームの筋書きですの?」
「そうだよ。学園祭では、君が二人の仲を妨害する。それがきっかけで、キャンディは大きな事件に巻き込まれることになる」
「事件?」
「詳しいことは、まだ話せない。でも、君が関わらなければ、少なくともその展開は起こらないはずだ」
わたくしは考え込んだ。
自分が何かをすることで、キャンディが事件に巻き込まれる。
そんな未来が、本当に決まっているのだろうか。
「……わかりましたわ」
気づけば、そう答えていた。
ニールが意外そうに目を見開く。
「いいのかい?」
「勘違いなさらないでくださいませ。わたくしは、お兄様のお話を全面的に信じたわけではありませんわ」
「うん」
「ただ、自分の意思で何をするか、試してみたいだけです」
ニールは微笑んだ。
「それで十分だよ」
◇
学園祭の準備が始まった。
生徒たちはそれぞれの出し物に取り組み、校内はいつも以上に活気づいていた。
ニールは実行委員に働きかけ、当日の催し物の順番を変更したり、担当者を入れ替えたりしていた。
わたくしには、その理由がわからなかった。
「お兄様。そこまでなさる必要がございますの?」
「あるんだ」
「何を警戒していらっしゃるのです?」
「起こるはずのことが、起こらないようにね」
また、曖昧な答えだった。
けれど、ニールが真剣なのは伝わってきた。
わたくしも、自分にできることを探してみることにした。
まずは、学園祭の準備でキャンディと顔を合わせても、嫌味を言わない。
簡単なことのはずだった。
実際、最初のうちはうまくいった。
キャンディが作業に困っていれば、必要な道具を渡す。彼女が礼を言えば、短く返事をする。
それだけだ。
しかし、アンソニーがキャンディの手伝いに来たとき、状況は変わった。
二人が並んで作業をしている。
楽しそうに話している。
その光景を見た途端、胸の奥に、あの不快なざわめきが戻ってきた。
何か言わなければ。
二人の仲を引き裂かなければ。
わたくしは、手にしていた書類を強く握った。
違う。
わたくしは、そんなことをしたくない。
そもそも、二人が仲よくしていることの何が問題なのだろう。
わたくしには関係のないことだ。
そう考えているのに、口を開けば、嫌味が飛び出しそうになる。
「イライザ様?」
キャンディがこちらを向いた。
わたくしは、ゆっくりと息を吸った。
「……その飾りつけ、少し曲がっていますわよ」
しまった。
また、余計なことを言ってしまった。
しかし、キャンディは素直に飾りを直した。
「ありがとうございます、イライザ様」
予想していた反応とは違った。
責められると思っていたのだろうか。
それとも、わたくしが嫌味を言ったことに気づかなかったのだろうか。
どちらにしても、胸のざわめきは消えなかった。
わたくしは、その場を離れた。
今の自分には、これ以上二人のそばにいるのは難しかった。
◇
学園祭の前日。
ニールは、準備の進み具合を確認していた。
彼の計画は、ほぼ予定どおりに進んでいた。
ゲームでは、学園祭の舞台裏でトラブルが起こる。
キャンディが一人で倉庫へ向かい、そこで危険な目に遭う。
それを助けるのがアンソニーだ。
その事件をきっかけに、二人の仲は大きく進展する。
そして、イライザは二人の関係を妨害した張本人として、周囲から非難されることになる。
ニールは、その流れを変えるために、倉庫の管理担当を変更し、当日の作業予定も組み替えた。
これで、キャンディが一人で倉庫へ向かう状況は避けられるはずだった。
だが、ひとつだけ気がかりがあった。
イライザのことだ。
彼女は、自分の意思で行動しようと努力している。
しかし、シナリオの影響がどこまで及ぶのか、ニールにもわからない。
予定を変更しても、別の形で同じ事件が起こる可能性はある。
「……油断はできないな」
ニールは手帳を閉じた。
ゲームの知識があっても、すべてを思いどおりにできるわけではない。
むしろ、知識があるからこそ、想定外の事態が起こったときの危険もわかる。
それでも、進むしかなかった。
◇
その夜、わたくしは自室で学園祭の案内を眺めていた。
何かが、頭の片隅に引っかかっている。
学園祭。
キャンディ。
アンソニー。
そして、わたくし。
この三つがそろうと、何かが起こる。
ニールはそう言っていた。
けれど、何が起こるのかは教えてくれなかった。
「……お兄様は、わたくしに何を隠していらっしゃるのかしら」
わたくしは案内を机に置いた。
不安はある。
自分の意思が、また何かに押し流されるかもしれない。
それでも、明日は自分で選ぶ。
ニールに言われたからではない。
キャンディのためでもない。
わたくし自身が、そうしたいと思ったから。
「見ていらっしゃいませ、お兄様」
わたくしは鏡の中の自分に向かって、そう宣言した。
「わたくしは、わたくしの意思で動いてみせますわ」




