第9話 少しずつ
次の日、授業中、石田さんは上の空だった。自分が何の授業受けてるかも分かってないみたいで、それでも一生懸命聞こうとしてた。
[なんかあった?]
メッセージは読んだのに、返事なし。
携帯見て…それで、ちょっと笑ってた。
友達と話してるのかな?
ようやく返信が来た。
[どういう意味?]
それから、困ったパンダのスタンプが送られてきた。
[後で話そう。授業に集中しなよ]
チラッとこっち見て、また前を向いた。
…………… ………… ………
昼休み、彼女は迷わず近づいてきた。いつもの、諦める前に何百通りも想像しちゃうような緊張感はなくて。ただ来た。それが当然みたいに。
…まあ、もちろん、それは長くは続かなかったけど。
「今日、なんか変だよ。何かあった?」
一瞬驚いたけど、すぐにいつもの表情に戻った。
「な、なんでもないです!ごめんなさい、変なこと言いました?わわわ~~~。」
「…………──まさか、普通の人っぽく振る舞いたかっただけとか?」
「だ、ダメですか?他の子たちともっと気軽に話せるようになりたくて、やってみただけなんですけど…」
やっぱりな。
「悪かった…責めてるわけじゃなくて。ただ心配だったんだ。今日、なんか違うから」
「~~…いいんです。言わなかった私が悪いんですから。あ、そうだ…今日、お弁当、作ってきたんです。八神さんのアイデアで」
大きめの弁当箱を二つ取り出した。ちょうどその時、黒木さんが教室の入口に現れた。
私たちを見て、うつむいて、数秒迷った後、いつもの無表情でお弁当を持って歩いてきた。
「一緒に食べてもいい?」
「………(コクリ) いいですよね、田中くん?」
「うん。石田さんがいいなら、俺は別に」
黒木さんは俺の前に座った。
「田中くん、はい。お茶も持ってきたよ。黒木さんもどうぞ」
石田さんは、まるでごく普通の女の子みたいに微笑んでた…少なくとも、そうしようとしてた。
「あ、ありがとう、石田さん。お邪魔しちゃってごめんね」
「う、ううん。実は、黒木さんがいてくれるとちょっと安心するから、ありがとう」
石田さんの笑顔は柔らかくて、ほとんど優しかった。そしてその笑顔に、黒木さんは何かを感じ取ったみたいだった。
「ちょっとごめん…」
身を乗り出して、石田さんの眼鏡を外した。
まるで、ずっと何かを隠してきたみたいに。
初めて人前で、その瞳が露わになった。
「すごい…石田さん、すごく可愛いじゃん」
「え?あっ!返して──これ、ないと良く見えなくて」
「ご、ごめん。ただ、眼鏡なしだとどんな顔か気になって…すごく可愛いよ──。」
石田さんは褒められて顔を赤らめ、顔を隠した。
「そ、そんなこと言われても困るよ…でも、ありがとう──。黒木さんも可愛いよ」
女子同士の褒め合い、か。
この二人、すぐに仲良くなれそうだな。想像しただけで、ちょっと笑えてきた。
「ちょっと!何笑ってるの?」
「別に、黒木さん。ただ、こんなに早く二人が仲良くなると思わなかったから」
「………もういいわ。とにかく、お昼終わっちゃうから食べよ」
冷静を装おうとしてたけど、彼女も照れてた。思ったより共通点が多いみたいだ。
話はそこで終わり、食べ終わると休憩時間も終わった。
「じゃあ、田中くん、石田さん。また後で部活でね」
俺たちはうなずいた。彼女は振り返らずに自分のクラスへ戻った。昨夜のことは、後で話さないとな。
…………… ………… ………
放課後、石田さんと一緒に歩いた。彼女の歩幅がすごく小さくて、着きたくないみたいに、すぐに遅れちゃう。
「なんかあった?」
ビクッとしたけど、すぐに首を振った。
「なんでもないです…いや、その…みんなに、嫌われてないかなって…」
「大丈夫だって。昨日みたいに、きっと気に入られるよ。覚えてないの?」
「そ、そうですよね。緊張することなんてないですよね。もう話したし、みんな悪い人じゃないし」
うなずいて安心させた。効いたみたいだ。
「こんにちは、みんな。新しい部員、連れてきたよ」
みんなが振り返って彼女に微笑んだ。特に森本さんは、まっすぐ彼女に向かっていった。
「いらっしゃい、雪ちゃん。来てくれて嬉しいよ」
石田さんと目が合った。困った顔してた。うなずくと、迷いは消えたみたいだった。
よかった…でも、教室にいた友達とはどうなったんだろう。
あの子たち、よく最後の授業サボるし、友達とはいえ、あんまり一緒にいるのはよくない気もするけどな。
「というわけで、今日から彼女も部員です」
「ねえ、それ昨日言うべきじゃなかった?」
「えへへ…言うの忘れてた──。」
ったく、この子は…まあ、気にすることでもないか。
雰囲気が楽しすぎて、壊せなかった。
急に、黒木さんが石田さんを連れて、いつもの隅っこに行き始めた。
「来て。君の実力、見せてもらうから」
「えっ?! ひゃあぁぁ!」
石田さんは黒木さんに引きずられていった。怖がりすぎてて、みんなちょっと笑っちゃった。
俺が初めてここに来た時を思い出した。去年、黒木さんと一緒に入ったんだ。
あれからもう一年か。
最初は冷たくて、ちょっと人見知りだったけど、森本さんのおかげで、先輩たちとも打ち解けていった。
俺たち、二人で一緒にあだ名までつけられたっけ…全然好きじゃなかったけど。
「よかったね、これで部活も安泰だね。田中くんのおかげだね」
「別に。部活のためにいいと思っただけだし。それに、あいつが自分で入るって決めたんだし」
なんでここを選んだんだろう。
今のところ、みんなと仲良くやってるみたいだ。
雰囲気も楽しそうだったから、本棚から本を取って読み始めた。
「ねえ、田中くん…その本、もう何回も読んでない?」
ほとんど暗記しちゃってるけど、いつも何か新しい発見があるんだよな。
「好きな本の一つなんだよ。何かおすすめあるの?」
森本さんは数秒考え込んだ。
「なんか、君に合いそうなのあった気がする。二段目」
探しに行った。普段の彼女なら「今は君に合うのなんてないと思うよ~」とか言いそうなのに、これは意外だった。
もしかしたら、面白いの見つけたのかも…
「え…森本さん、なんでラノベがここに?」
「それね~、おすすめの本だよ、えへへ~。」
「………読むしかない感じ?」
「もちろん~読むしかないよ~ぅ! あはは!」
満足そうな悪役みたいに笑ってた。
なんで勧めてきたのかわかった…ファンタジー小説みたいだけど。
「わかった、読んでみるよ」
まあ、当たりだといいけど。
でも、開いた途端、最初の方のページから写真が落ちてきた。
拾おうとかがんだら、見て固まってしまった。
昔の部員たちだ。もう卒業した先輩たち。七人。二年生が六人で、一年生が一人。その一年生は…市川先輩? あ、昔の先生も写ってる。
「それ…お父さん…」
すぐに振り返った。
石田さんだった。写真を見て、びっくりした顔してる。
あの、なんか怖そうな先生が…石田さんのお父さん?




