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第8話 小さな希望

「お母さん、私たち、付き合い始めたばかりだし、名前で呼び合うのはちょっと早いと思うよ──。」


「あらそう──そういうことなの。だいたいどれくらいになるの?」


 その質問はもう晃もしていた…そしてまた彼の注意を引いてしまった。でも、前とは違って、今度は彼女にはもう答えの準備ができていた。


「付き合い始めたのは、二週間くらい前だよ。そうだよね、田中くん?」


 僕はすぐにうなずき、信じてもらえそうな笑みを無理やり浮かべた。


 それを聞いた後、晴香さんも晃も、顔を見合わせた。『私たちの交際期間』を今やっと知ったのだ。


「それで、どうやって付き合い始めたの?」


 …………………

 …………


 彼女の言葉が僕らの間に響いた。まさかその質問が来るとは思わなかった。それでも、石田さんなら友達に話したのと同じことを言えるはず…だよな?


 彼女を横目で見た。彼女はまたうつむいていた。答えるのがひどく恥ずかしいかのように。


 僕が言うしかない。


「僕から告白しました」


 石田さんは何も言わなかった。いや、実際は、ただ顔を上げて、明らかに驚いていた。


 今、彼女が友達に話したのとは別のバージョンができてしまった。もしこんなことが知られたら…きっと彼女は許されないだろう。僕も。


「あら──そうだったのね。どうやら私は、ずる賢い娘を持ったみたいだわ」


「…………うう」


 石田さんは、この状況から抜け出す方法が見つからないようだった。少なくとも、自然な方法は。


「お母さん、田中くん、もう帰らなくちゃいけないんだよね?」


 彼女の目は、そうだと言ってくれと懇願していた。この場を止める決心をしたようだ。


 僕のせいで彼女がもっと気まずくなるのは嫌だったので、うなずいた。


「はい、そうです。やっぱりあまり時間がないんで、そろそろ」


「そうなの? 残念だわ。今度はもっとゆっくりしていってね」


「お母さん、田中くんを門まで送ってくるね。すぐ戻るから」


「ええ、気をつけてね、ユウトくん。また遊びに来てね」


「はい、ではまた、晴香さん。晃くん、今度はもっと一緒に遊ぼう」


 晃は僕に微笑み、手を挙げた。

「え? いいよ。じゃあね、ユウト兄」


 その呼び方を聞いて僕は微笑み、手を挙げて別れの挨拶を返した。


「またね」


 そう言って、僕たちは一緒に外へ出た。


 石田さんの家族は、思っていたよりずっと友好的だった。お父さんがどんな人かはわからないけど。


「もう…お母さんったら、私に嫌がらせばっかり。今見たことは忘れてください」


 彼女は手を合わせて懇願し、涙で潤んだような目で僕を見た。


「忘れるのは無理だよ。記憶を消せるほど万能じゃない」


 まあ…少し大げさに言ったけど、彼女は言いたいことを理解したようだった。


「……わかりました。どうにもならないみたいだから。じゃあ、誰にも言わないでくださいね」


「言わないよ。言う理由もないし、心配しないで」


 彼女はほっとため息をついた。最初からそんな風に心配する必要なんてなかったのに。僕はそんな人間じゃない。


「じゃあ、また明日。おやすみ」


 自転車に乗り、彼女が手を振る中、家へ向かった。


 あ…明日迎えに行くかどうか、聞くの忘れた。あとでメールで聞いてみよう。


 今日は、ただの取り決めをしただけの二人には、なかなか濃い一日だった。これからもっと大変になるんだろうか…


 突然、携帯が震え始めた。立ち止まり、ポケットから取り出した。


 黒木さんからだった。珍しい。普段は電話なんてかけてこない。電話をくれたのは、一緒にゲームをしようって誘われた一度きりだ。


「もしもし、黒木さん? どうかした?」


「……ごめんなさい。かけるつもりはなかったの。指が滑っちゃって」


「そうなんだ──…… かけたついでに、この前のゲーム、また一緒にやらない?」


「えっ?! あ…いや、君となら別に構わないわよ。ちょっとだけなら時間を作れるし」


 彼女は興奮していたが、プライドが高い彼女は、そんな熱狂なんて最初からなかったかのように、すぐに冷静さを取り戻した。


「わかった。じゃあ、8時にゲームで待ってる」


「うん、じゃあまた」


 そう言って、短い電話は終わった。


 彼女は一年前から、ずっとこんな風に変わっている。その変化はゆっくりだった。多分、あの頃はまだ僕のことを信頼していなかったんだろう。


 今はもっと親しくなった。友達になりやすいタイプだと表現できる…少なくとも、僕にとってはそうだった。


「まあ、暗くなる前に帰らないと。心配させたくないしな」


 ***


 家に着くと、自分の部屋へ向かった。リビングには美緒だけがいた。今日は早く帰ってきていたようだ。


 父さんは、今夜やっと帰ってくる予定だ。別に楽しみにしているわけじゃないけど、でも確かに、彼の存在はここに必要だ。


 母さんは、父さんがいないといつもと違う。彼が長くいなくなると、自分の一部が欠けてしまったように見える。


 大人になったら、自分もそんな風になるんだろうか…


 そして、いつか自分も誰かに、そんな風に思ってもらえるんだろうか…


 突然、そんなぼんやりした考えの最中に、携帯に通知が届いた。黒木さんからのメッセージだった。


 どうやらもう待っているらしい。


「待ってるんだけど。何やってるの、早く入ってきなさいよ」


 とてもせっかちな子だ…いつか彼女と付き合うことになったら、想像したくないな。


 石田さんと話し始める前は、部活の連中に、よく一緒にいるからってからかわれていた。


 まるで、一度もケンカしたことのないカップルみたいだって。


 そう、ただ仲が良かっただけの二人にとっては、全くもって馬鹿げた話だ。


 良かったことは、明日からはそうじゃなくなるってことだ。石田さんと僕の件で…たとえただの演技で、みんながそれを知ってるとしても。


 でも、正直に言うと、他人にどう思われるかは別に気にならなかった。彼女もどうやらそうらしい。


 ………まあいい、今日はもうこんなことは考えるのをやめよう。彼女を待たせて怒らせたくないし。


 僕は机に座り、ゲームにログインした。彼女はもう中にいた。いつも自信に満ち溢れているように見える彼女のキャラクターが。


 それは、僕たちがもっと仲良くなり始めた頃に彼女が勧めてくれた、2Dのマルチプレイヤーゲームだった。


 あれからかなり時間が経った。


「遅かったわね」

 彼女がボイスチャットで言った。


「ああ……ちょっとやってたことがあって」


 彼女はそれ以上追求せず、その話はそこまでにした。


 僕らはしばらく遊んだ。彼女が楽しんでいるのは明らかだった。隠そうとしていたけど。


 別れる前に、彼女は自分のキャラクターを僕のキャラクターに近づけた。


「ねえ、田中くん。ちょっと聞いていい?」


「え? 何を?」


「───石田さんと、付き合ってないんだったら…好きな人とかも、いないってこと?」


 なんで急にそんな質問をするんだ?


 彼女の声は、いつもより緊張しているように聞こえた。


「………いや、いないと思うよ。もしいたら、話してると思うし。だって、君たちって似てるしな。へへへ」


「もう、私、あんな──………内気じゃないし! それに、私たちの方が長い付き合いなんだから……」


「何が言いたいんだ?」


「なんでもない! 忘れて! おやすみ!」


 彼女はすぐに電話を切った。声は明らかに照れていて、僕が反応する間もなかった。


「大丈夫だといいんだけど…明日は謝らないとな。怒らせたくないし」


 余計な問題はごめんだ。できるだけ早く謝るしかない。

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