第7話 賑やかな午後
……………
森本さんが石田さんに近づいた。
「はじめまして、田中くんの彼女さん~」
彼女のからかうような視線に、僕は背筋が寒くなった。
でも、それだけではなかった。
「二人はどれくらい付き合ってるの?」
石田さんは潤んだ目で僕を見た。まるで真実を話していいか、許可を求めるように。
僕は構わなかった。たぶん、彼らなら理解してくれる。
「言いたければ、言えばいい」
彼女はほっとため息をつき、話し始めた。
「申し訳ないんですけど…実は、私たち、本当に付き合ってるわけじゃないんです。ただ…」
…………… ………… ………
彼女は最初から全てを説明した:どうやって話し始めたのか、そしてその後何が起こったのか。
話し終えると、沈黙が部屋を満たした。誰一人として言葉を発しなかった。
「…これが、今までの全てです。最初に嘘をついてしまって、ごめんなさい。どうか、誰にも言わないでください」
彼女は頭を下げた。
他の者たちは数秒間顔を見合わせ、それから含み笑いを浮かべた。まるで今、秘密を共有したかのように。
「許してあげる」
森本さんのその言葉に、石田さんは顔を上げた。
「ただし、その秘密を守ってほしければ、あなたは部活に入部すること」
森本さんの笑顔は無邪気に見えた…でも、明らかにこの状況を利用していた。
石田さんにとって、それは失敗だったように感じられたはずだ。
彼女は黙り込み、何と答えればいいかわからなかった。
「大丈夫です。実は─── 皆さんに話そうと決めた時から、入部しようと思ってたんです」
「───そうなんだ」
森本さんは微笑み、本棚の方へ向かった。
「はい、ここにサインして」
石田さんの前に用紙を置いた。彼女は数秒間それを見つめ、まだ驚いている様子だったが、やがてゆっくりと表情が変わった。迷いなくペンを取った。
「わかりました。書きます」
書き終えると顔を上げた…と同時に、抱きしめられた。
森本さんが妹にするように彼女を包み込んだ。石田さんは驚きで体を強張らせた。
「文芸部へようこそ、ユキちゃん! じゃあ、みんなを紹介するね」
石田さんは緊張しながらうなずき、他の者たちはじっと彼女を見守っていた。
「市川レンです。部長をやってます。気軽にしてください」
「はい、よろしくお願いします、部長」
次に、黒木さんが少し近づいた。
「黒木シオリです。田中くんと同じ、ただの部員です」
最後に…
「私は副部長の森本カンナ。でも、カナちゃんって呼んでね、いい?」
石田さんはまだ少しぼんやりとうなずいた。まるで自分がどこにいるのか、まだ理解しきれていないかのように。
それから、彼女は慎重に僕に近づいた。
「田中くん、お願いがあって恥ずかしいんですけど…今日も、昨日みたいに一緒に帰ってもらえますか?」
「───え? ああ、構わないけど…急にどうしたんだ?」
「────後で話すね、いい?」
彼女は心配そうだった。待つしかないようだ。
***
授業が終わり、僕は彼女の家へ向かっていた。
彼女のアイデアだったが、僕にも少しだけいてほしいと言われた。彼女はあまりしつこくは言わず、それが少し変に感じられたけど、それでも承諾した。
歩いている間、頭の中には疑問が積み重なっていった。そして、ついに家に着いた。
玄関の前には、昨日会った彼女の弟と、彼女にそっくりな女性が立っていた。
考えるまでもなかった。彼女の母親だろう。
「こんなこと言うの申し訳ないんですけど、お母さんがあなたに会いたいってしつこくて…それで…」
「断れなかったんだな…」
彼女は無言でうなずいた。
「あなたのことは何も話してないんです。ただ、晃が勘違いして、それを話しちゃっただけで…」
彼女の頬は赤らみ、隠すようにうつむいた。それでも、僕の後ろで彼女がかすかに震えているのがわかった。
僕たちは彼らの前に立ち止まった。彼らは面白そうな笑みを浮かべて僕らを見ていた。
「おお~、うちの可愛い娘と付き合ってるって言う子は、君かい?」
僕は石田さんを見た。彼女はまだ顔を上げていない。だから、選択肢はあまりなかった。
「はい。田中ユウトと申します。はじめまして、石田さんのお母さん」
彼女はうなずき、娘の方へいたずらっぽく微笑んだ。
「ふふふ、どうやらうちの子も大人になったみたいね。よかったらお茶でも飲んでいかない? 少しお話ししたいの」
「お母さん! そんなこと言わないで。それに、田中くんは忙しいんだから」
彼女は僕を早く逃がそうとしているようだったが、待たせるのも悪いし、考えてみれば、ここにいるのも悪くなかった。
「少し時間はありますから…」
石田さんの母親は小さく飛び上がって喜び、僕を玄関の中へ押し込み始めた。石田さんは慌てて、どうすればいいかわからない様子だった。
結局、彼女は諦めて、僕の決断を受け入れた。
ぶつぶつと独り言を呟きながら、彼女は僕たちの後ろを歩き、僕は家の中へ引きずり込まれた。
中に入ると、居間に通された。きれいに飾られていて、あの懐かしい家庭の香りがした。
女の子の家に入るのは初めてだった。少し緊張した。
僕たちはソファに座り、彼女の母親は台所へお茶を入れに行った。隣に座った石田さんが、僕の耳元に顔を寄せて、できるだけ小さな声で囁いた。
「なんで入っちゃったんですか? 忙しいんじゃなかったんですか…?」
「断ったら悪い気がしたんだ。それに、時間もあるし、問題ないよ。それに、今何か考えておかないと、後でややこしくなるかもしれないし」
「そういうことか…だから入ることにしたんですね…」
僕はうなずいた。
その時、彼女の弟が近づいてきた。
「お姉ちゃん、普段あんなに内気なのに、彼氏がいるなんて、すごいなぁ~」
言い終わる前に、石田さんが彼の口を塞いだ。
「な、何でもないから…そ、そんなことないから」
彼女の声は震えていた。必死に平静を装おうとしていたが、弟はなんとか振りほどいた。
「ねえねえ、二人はいつから知り合ったの?」
石田さんと僕は顔を見合わせた。同じ話をすべきかどうか、考えているようだった。
幸い、質問は彼女に向けられていたので、僕は黙っていた。それでも、彼女が一人でうまくやれるかどうか、確信は持てなかった。
友達に言ったのと同じ話をすればいいが、ここではもっとリスクが高かった。慎重に答えなければならない。
「私たち…中学からの知り合いなの。ただ、最近話し始めただけで」
「じゃあ、最近付き合い始めたってこと?」
石田さんは慎重にうなずいた。
「え~…怪しい~」
彼女は冷や汗をかき始めた。次の質問で追い詰められるかもしれない…そう思われたが、その時、彼女の母親が戻ってきた。
「晃、お姉ちゃんを責めすぎだよ。ごめんなさいね、ユウトくん、嫌な思いをさせてしまって」
石田さんのお母さんがちょうどいいタイミングで現れた。こういう状況は、この家では日常的なのだろうかと思った。
「いいえ、大丈夫ですよ、石田さんのお母さん。全然嫌じゃないです」
本当は違ったが、それを言う意味はなかった。
「『晴香さん』って呼んでね。あなたは娘の彼氏なんだから、そう呼んだほうがいいわ。それに、あなたたち、まだ苗字で呼び合ってるんでしょ」
彼女の笑顔で、場の空気が和らいだ。石田さんもほっとしたように見えた…最後の言葉を聞くまでは。
時々思う。彼女はずっとこうだったんだろうか…




