第10話君のそばを歩く道
写真を手渡した。彼女はそれを懐かしそうに見つめて、それから宝物みたいに胸に抱きしめた。
でも、それって変だよな。母親が未亡人だとか、そんな話は一度もしてなかったし…ただ単に、長いこと会ってないだけなのかも。
「そうか…石田先生がお前の父さんだったのか。思い出したよ、あの先生、ここに来るたびに娘の自慢話ばかりしてたな」
「市川先輩…父がそんなことしてたなんて知りませんでした。でも、写真が見つかって嬉しいです。久しく会ってないので、その…」
「市川先輩、その年が先生の最後の年なんですか?」
先輩は真剣な表情でうなずいた。やっぱりそうか。
「ああ見えて頑固ジジイだったけど、実はすごくオープンな人だったんだよな」
市川先輩は、懐かしそうに微笑みながら顔を上げた。
「すごい人だったんだろうね」と黒木さんが言った。彼女はいつの間にか石田さんの隣に来て、一緒に写真を覗き込んでいた。
「今は別の仕事をしてて、家からすごく遠いところにいるんです。だからほとんど会えなくて。たまに学校にいる時に帰ってきたりするんですけど…」
なんとなくわかる気がする。うちの父さんも似たようなもんだし。
帰ってくるのはたまにだけど、いつも落ち着いてるように見える…でも、長い間会えないのはやっぱり寂しいよな。
そうやって育つのは、きっと大変だろうな。
それにしても…
………………………………
家に帰る途中、もうすっかり習慣になってたけど、自転車で彼女を送った。結局、石田さんはその写真をもらうことにした。
市川先輩は全然反対せずに、持って帰っていいって言ってくれた。
「田中くん…私…あなたに出会えて、すごく嬉しい」
ぎゅっと背中に抱きついてきた。
やばい…感触が──
このままだと、バランス崩しそう。
「あの、石田さん…ちょっとだけ離れてくれない? その、感触が──」
彼女はぴょんと跳ねるようにして、すぐに離れた。
「ご、ごめんなさい!まさか、こんなに近づいたら嫌だなんて思わなくて」
「い、いや…嫌ってわけじゃなくて、その…」
「その?」
「──………なんでもない。そういえばさ、今朝、黒木さんに眼鏡外された時…やっぱり可愛かったよ。明日はもっとちゃんとした格好で来たら? ……って、これは黒木さんの受け売りだけど!」
「…………… 本当?
私、こんなんで、可愛いのかな?」
その赤くて、柔らかい顔…
ああ…俺、死ぬかも。
「………う、うん、本当だよ。明日、試してみたら?」
彼女は恥ずかしそうにうなずいた。
「田中くんが言うなら…試してみる」
残りの道のりは、気まずい沈黙のまま進んだ。二人とも一言も話さなかった。
結局、家の前で降ろして、別れた。
明日がすごく楽しみだ。
急に、携帯が鳴り始めた。
こんな時間に誰だろう?
昨日みたいにメッセージ数件だけじゃなくて、今回は電話だった。
携帯を取り出し、道端で止まって出た。
また黒木さんだ。そういえば、まだ昨日のことは謝ってなかったな…
「もしもし─」
「田中くん、ちょっとだけ会えない?」
え? なんで急に?
「今から?」
「そう、今から。来れる? 来れない?」
まだ時間はあるし。そんなに長くかかることもないだろう…たぶん。
「行くよ。どこで待ち合わせ?」
………………………………
学校に戻れって言われたんだけど…
彼女、正門のとこで待ってた。
俺を見ても全然笑わなかった。というか、目つきが冷たかった。
「まだ何やってんの? 授業、もう終わってるよ」
「わかってる、ただその──」
……………………
「そうか、自転車壊れちゃったのか…」
彼女はうなずいて、恥ずかしそうに目をそらした。
「よかったら、家まで送ってくよ」
「ありがとうございます、田中くん。でも…自転車、どうします?」
「いつものとこに置いてけばいいよ。明日の朝、道具持ってきて直してみるから」
「ありがとうございます、田中くん」
「気にしなくていいよ。友達なんだから」
「友達…そうだよね、私たち、ただの友達だもんね…」
「黒木さん?なんかあった?急に悲しそうだけど。そういえば…昨日のことはごめん」
「──え?ああ、あれ…気にしないで。別に怒ってないから。あなた、何か悪いことしたわけじゃないし。むしろ、あんな変な態度とった私が謝らないと」
彼女は頭を下げた。
「やめてよ、そういうの。なんか照れるから」
何度か言ったら、ようやく顔を上げた。
「うん…ありがとう。そうする」
自転車をいつもの場所に置いてから、彼女は後ろの席に座って、背中に腕を回した。
石田さんとは違って、軽い感じの抱きつき方だった。
「家、どこ?」
「ここから結構遠いんだけど…それでも送ってくれるの?」
「うん、もちろん。だから心配しないで、案内して」
最後にもう一度うなずいて、彼女は道案内を始めた。
動き出した。彼女の手は、優しく腰に触れてた。
体温が伝わってくる…それに、耳元で息づかいも。
「久しぶりに二人きりだね」
頭を背中に預けて、ちょっと寂しそうな声で言った。
「……そうだな、二週間ぶりくらい?」
最後に二人きりになったのは、部室で、誰も来る前にだったな。あの時は、気まずい沈黙が流れてたっけ。
それから彼女が、ゲームやろうって誘ってきたんだ。
何か言いたそうだった。もし勝てたら、その話をするから俺が受け入れろって。負けたら、ジュースを買いに行けって。
結局…
俺が勝ったんだ。
これって、あの時言いたかったこと聞くチャンスなんじゃ…?
「田中くん、もうすぐ着くから。ここで降ろしてくれる?誰かに見られたら変に思われるから」
「別にいいけど。もし何か言われたら、説明すればいいし。わかってくれるよ」
「………わかった、あなたがそう言うなら…」
少しスピードを上げて、玄関の前に止まった。思ったよりずっと大きい家だった。
そういえば、部室のゲーム機、彼女が持ってきたんだった…今なら納得できる。
こういう贅沢ができそうなのに、なんで自転車で通学してたんだろう?
チラッと見たら、彼女もこっち見てて、冷たく装おうとしてた。
…いや、冷たいっていうより、照れてる感じ。隠そうとしてるけど、俺にはバレバレだ。
やっぱり、心配する必要なんてなかったって思ったんだろうな。
「言っただろ、心配ないって。ほら、正解だったろ?」
「………──(コクリ)」
そんな無防備な姿を見て笑ってたら、すぐに冷静さを取り戻して、急いで別れの挨拶をした。
「じゃあ、また明日。おやすみ」
「~うん、また明日、田中くん」
そうやって別れた。
◇◆◇◆◇
もう…明日、何て言われちゃうんだろ?
田中くんに、いつもと違う格好で来たらって言われたし。
クローゼットに高校の時の服があるけど…着てっても大丈夫かな?
考えるだけで緊張しちゃう。
香織さんと明さんにも聞いてみたら、いいんじゃないって…むしろ楽しみだって。
もう選ぶしかないか…
もう、まず何すればいいんだろ?
結局、何着ようか遅くまで考えて、やっと決めたんだ。
……………………
…………………
……………
朝になって、もう準備できてた。
あとはお母さんと晃がなんて言うかだな。
「お姉ちゃん、学校遅れるよ~…って、お姉ちゃん?! 本当にお姉ちゃん?」
「あら、どうかした? 田中くんに言われてちょっと変えてみたんだけど。どうかな?」
でも、何か言う前に、晃は顔を真っ赤にして走り出しちゃった。
「お母さん! お姉ちゃん見て! 今日、すごく違うよ!」
「晃、待って! まだ感想聞いてない──」
言い終わる前に諦めて、階段を降りた。
「お母さん、どうかな?」
台所にいたお母さんが、声に気づいて振り返った。私を見て、びっくりした顔になった。
「まあ、すごくいいじゃない。私が学生の頃を思い出すわね。やっぱり私の子ね…まさか、これって…?」
最後まで言わせる前にうなずいた。
ちょっと恥ずかしいけど…彼がなんて言うか、すごく気になる。
「気に入ってもらえると思うわよ。もっと好きになっちゃうかもね」
からかうような口調だったけど、同時に、この服で会いに行く勇気をもらえた。
お母さんが朝ごはんとお弁当を渡してくれた。
「ほら、持って行きなさい。遅刻しちゃうよ。よろしく言っといてね」
「うん、行ってきます、お母さん」
「行ってらっしゃい。絶対気に入ってもらえるから」




