第9話 壊れた腕
500段の階段を降りるのは骨が折れるものだ。降り曲がって景色が変わればいいのだが、階段はまっすぐ下に続いている。
一緒に降りている採掘屋達も飽きて来たのか、マスクを外して煙草を吸いだしたり、その場に腰掛けて缶詰を開けだしたりしている。
逆に、登ってくる採掘屋たちは疲れ果てた顔で重い荷物を引きづるようにトボトボと歩いていた。
「ニイヅマさんに聞いたんだけど、ここ地下15階は昔は『神殿』だったらしい」
「『神殿』?『ジンジャ』では無いのか?」
「うん、何でも偉い神様を祭ってたらしい。この階段は、降りる度に現世の自分の欲を捨てるとか何とか」
「そうか。煩悩なら階段を108段にすればよかったのにな」
タイジュにしては珍しく弱気発言。それもそうだ。延々と暗い中、階段を降り続けていれば精神的に疲労もする。
「でも、1,000段とかじゃなくて助かったよー」
「そうだな」
ふと、遠くから金属の重なるシャンシャンという音とと、悲しげな女性の泣く声が聞こえた。『巡礼者』が来たようだ。
「タイジュ、今日は早く帰れそうだねー」
「不謹慎なことを言うな。ツツミ、頼む。助けてやってくれ」
「はいはい、勿論わかってるよー」
タイジュはこの図体をしているが、戦いに関してはからきしだった。そこらへんにいる採掘屋と戦っても負ける程、弱い。
故に、荒事はもっぱら私の担当だ。
荷物をタイジュに預け、ハンドアックスと拳銃だけ持って階段を駆け降りる。案の定、階段下には白い毛並みの二足歩行の鹿、『巡礼者』がいた。
『巡礼者』は次々に、採掘屋に近づくなり、持っている杖で串刺しにしていく。『巡礼者』の背中の杖には、既に10人以上の死体が突き刺さっていた。
「よっし、大漁大漁!」
採掘屋たちが持っている銃を巡礼者に向かって撃つが当たることなく、彼もまた貫かれる。無数の悲鳴が沸き起こり、採掘屋達が階段を下へと転げ落ちていった。中には、階段の端から虚空に落ちていくものもいる。
地下15階。『落とし穴』が少なく、怪物もほとんどいないのに、高値で取引されるタカラが多い階層。
だが、シャンシャンという金属音が聞こえたらタカラを全てを置いて逃げろと言う教訓もある。『巡礼者』がタカラの匂いを追って来ると。
『巡礼者』に、並みの採掘屋達の多くが殺されてきた。故に、これを倒せるかどうかが本物になれるかの分水嶺とも言われている。
「コイツを倒そうって気概の奴は!?」
辺りを見ても、誰もが逃げるばかり。協力は見込めそうになかった。だが、その方が好都合かもしれない。
足元に転がっていた死体から黄金の杯を取り出し、掲げる。
「おい!『巡礼者』!こっちだ!」
『巡礼者』はこちらを見た途端、首を90度曲げ、突進をしてきた。リボルバーで両目を潰すが、やはり止まる様子は無い。
上に飛んで杖の上に乗り、ハンドアックスを首に叩きつける。『巡礼者』は杖を上に振り上げ振り落とそうとするが、その時には背中にしがみつき、再び首にもう一撃。
相手は目が見えてないので、悲鳴をあげながら闇雲に杖を振り回すが、私に当たることは無い。そのまま、首の同じ場所に何度も斧をぶつける。
そうして、ようやく1/3位が斬れて『巡礼者』は倒れた。一応、首を切り落として、布に包んでおく。『巡礼者』の角は高く売れるのだ。
遠くで見ていたタイジュが直ぐに降りてくる。
「ツツミ!大丈夫か!?」
「こっちはダイジョーブ!全部返り血だから!」
「よかった。ツツミは死体を集めてくれ。俺は怪我人の手当をしてくる」
「あいよー」
怪物に襲われた採掘屋達を助ける義理なんて私らには全くないのだが、あのお人よしは毎回自分の物資を使い果たしてまで全員を助けようとする。
本当に、死体運び屋に向いてないやつだ。
だが、助けるなと言ったところで梃子でも動かないので、仕方なく死体を拾い集める。いくらアキカから貰った 浮遊型リフト――タイジュ以外使用禁止らしい――があるとはいえ、30体近くもいるから、流石の私でも疲れる。
プツン。
ふと、嫌な音がして左腕の感覚が消失した。
「あー……」
死体袋が手ごと落ちて、階段下に転がっていく。幸いなことに、階段の最下段付近だったので、近くにあった建物にぶつかって止まった。
「ツツミ!?」
「大丈夫!義手が死んだだけ!多分、根元から折れた!」
直ぐに義手を拾い上げに向かうと、既にタイジュが手にもってまじまじと眺めていた。
「酷いな……随分、メンテナンスされていないようだ」
「いつも外れたら修理してたから……」
「ツツミ、義手や義足は最低でも月一でメンテナンスしろ。年に一回はオーバーホールで確認だ」
「だって、面倒くさいじゃん」
「はぁ、少し待ってろ」
タイジュはカバンから工具を取り出すと、腕を床に置き、慣れた手つきで外装を外す。
「やっぱりだ。神経伝達のメインケーブルが断線、パーツに血がしみ込みすぎて腐食してる」
「へぇー」
「メンテナンスしないから、こうなるんだ」
人と怪物と亜人と、無数の血が染みついた汚れた腕。洗っても、洗っても、バラバラにしても血が落ちなくて、何度も捨てようと思ったのに何故か使っていた。
だが、これで壊れたなら好都合だ。過去ごと捨てられる。
「まあ、寿命だし、捨てるからいいよ。直す方が高くつくし」
「駄目だ」
タイジュは首を横に振り、黙々と作業を始めた。ケーブルをピンセットで摘み、クリップで留めて仮でつなげていく。そして、パーツの錆を落とし、丁寧にくみ上げ直した。
その横顔は、いつになく真剣で、頬をつついてみようか、とか後ろから脅かしてみようかとか。そんな関係無いことを考えていると、不意にタイジュが口を開いた。
「壊れたからって、捨てるのは駄目だ」
「でも、使えなかったら捨てるしかないんじゃない?」
「直せば使える。どんなにボロボロでも、こうして大事にすればずっと使える……父さんがよく言ってた」
「……そっか」
タイジュが父親の話をするなんて珍しい。余程タイジュは……。いや、考えるのはやめておくか。その事実を認識したところで、いいことは無い。
「……別に、すぐに使わなくなるんだけどな」
「何か言ったか?」
「いや、何でも」
タイジュはパチンと外装をはめ直し、腕を差し出す。
「直った。付けてみろ」
「はいはい」
接続部に押し当て、ロックを掛ける。接続の痛みと共に、指先の感覚が戻ってくる。手を閉じたり握ったりしたが、スムーズに動いた。
「すごっ!完璧じゃん!さっすが、アキカ仕込みの修理術!」
「応急処置しかしてない。後で、ちゃんと直せ」
タイジュは立ち上がると、私の左肩に大きな手を乗せる。
「もっと、ツツミは自分を大切にしろ」
「……」
はっはっは、残念ながらもう手遅れ。
そう返事をしようかと思ったが、言ったところでエゴの押し付けでしかない。
「はいはい、善処しとく」
だから、そのままヘラヘラ笑って過ごした。タイジュが私の為に悲しむ必要は無いから。
登場人物
ツツミ=ミズナ:主人公。左腕が義手になったのは、3年前。
キハラ=タイジュ:ミズナの後輩。手が大きい割に手先が器用。料理が得意。




