第10話 闇医者
幽玄城塞第9区、落ちぶれた八の吹き溜まり。道行く人は咳き込みながら血を吐いて、そこら中にドラッグジャンキーが痙攣しながら倒れている。
細い路地を進み、階段を降り、その奥にある隠し扉のような重厚な防音ドアを開けると、監視員の部屋に出る。そこでは、鉄のドアの前に、屈強そうな男が立っていた。
「ツツミ=ミズナだ」
「入れ」
「どうも」
ドアを開けると、薄暗い緑の照明の部屋に出る。妙な清潔感があり、部屋の真ん中には患者用の手術台があった。その隣で、パソコンを弄る少女が不機嫌そうにエンターキーを叩いた。
「……遅い。何分待たせる気だ、馬鹿」
身の丈に合わない革張りの椅子を回転させ、少女は白衣を引きずりながら立ち上がる。そして、私の手を握るとそのままベッドに引っ張っていった。
「早く寝ろ。診察する」
「ヨシダ先生、よろしく」
「カナタでいい。はやく服を脱げ」
「キャー!カナタ先生の破廉恥!」
「そんなに死にたいのか?」
「はいはい」
言われた通りに、検査を受ける。いつものように、レントゲンに肺機能検査、血液検査と心臓超音波検査。カナタはリント承認を貰っている医者だ。免許は無いので闇医者なのだが、その腕は確かだし、リントの融資により他のクリニックより設備が整っている。
「はぁ、先月より5%も進行してるんだが」
「へぇー」
「お前の事だぞ」
カナタは淡々とモニターに写真やら数値やらを並べて、いつものようにクドクドと説教を続ける。
「あと、『促進剤』使うなって言ったよな!?」
「だって、まさか24階の怪物が出てくるとは思わないじゃん。それに、一本しか使ってないって」
「一本しか、じゃないんだよ馬鹿!あれは代謝機能を促進させて、心肺機能や神経を無理やり活性化させる劇薬だ。使うたびに、お前は死に近づくんだぞ」
「まあまあ、生きてんだからいいじゃん」
「あのな!石化範囲が広がれば、血流が阻害され組織の壊死が広がんだぞ!今のままだと、半年もしないで、お前はくたばるんだ馬鹿!この自殺志願者が!」
カナタは半泣きになりながらペンやらコップやらを投げつけてくる。その顔は天才医師というより、ただの怖がる子供の顔だった。
落として壊れでもしたら可哀そうなので、キャッチして近くの机に並べて置く。ここまでカナタが取り乱すなんて珍しい。
そう思って部屋を見回すと、部屋の端に黒い死体袋があった。
幽玄城塞で死はあたりまえなことなのだが、彼女にとっては初めての経験だったのかもしれない。今日ばかりは、からかうのを辞めた方がよさそうだ。
「ごめんって、カナタちゃん」
「ちゃんじゃない!先生と呼べ!馬鹿!」
怒り疲れたのか、手を止めカナタは棚を開いて、薬を取り出して投げつける。
「痛み止めと咳止め、あとビタミン剤。いいか、別にこれを使ったところで治るわけじゃないんだ。誤魔化しにしか過ぎない」
「いいんだ、あと一ヶ月か二ヶ月分位で。それで、『促進剤』は?」
「嫌だ!」
カナタは棚に鍵をかけてしめると、不機嫌そうにプイっと顔を背けた。
「いくら払えばいい?30万イェン?50万?」
「そういう事じゃない!馬鹿ミズナ!なんで、そんなに死に急ぐんだ!?」
「まあ、今まで人を殺してきたツケが回って来ただけだよ」
「ツケって、殺し屋だからって、死ぬべきだなんておかしいんだ!好きで殺して無いのに!ミズナはいつもみんなを守ろうとしてたじゃんか!」
「別に、私だって好きで死にたい訳じゃないんだけどなー」
こんな体になったのも成り行きだっただけで、死にたがりという訳ではない。別に、私はそこまで崇高な人間じゃないので、人殺しは死ぬべきだみたいな倫理観も持ち合わせてない。
「考えても見てよ。私はまだ死にたくないから、こうしてココに来てるわけじゃん」
「だったら、もっと静かに生きろ!私に死亡診断させるな!」
「勿論、そう易々と死ぬ気は無いって。だから、カナタ先生の方も、私が死ぬ前に治療法、見つけておいてよ。深階の呪いは無い、全ては病だってさ」
「あたりまえだ!」
深階の呪い、20階より下層に行って生きて帰って来たものは皆、体のどこかで細胞が異常増殖と固化していき、死んでいく。残念ながら、私の場合、それが胸だったというわけで、他の人間より死ぬまでの時間が無いのだ。
「あー、疲れた!いいか、馬鹿ミズナ!これ以上、進行するようなら次は手術だからな!」
「貯金しないとなー……」
「あと、甘いものや脂っこいもの、酒は禁止だ。食事は複数回に小分けしろ」
「えー、酒禁止は無いよー」
カナタは目を細めると、今度はメスを構えだした。
「ごめんって、わかったから。やめるって」
「わかったならよろしい」
カナタは紙袋に薬を詰め、最後に小型の注射器三本を入れた。
「三本だけだ。これ以上の使用は命の保証ができない」
「いつも、ありがと」
「あと、これが今回の診療費だ」
渡された紙切れには合計100万イェンの文字が書かれている。私の稼ぎの9割が吹き飛ぶ理由がここに詰まっていた。
「なんか、前より値上げしてないか?」
「命の値段だ。いいか、これでも安い方なんだぞ」
「今回も、リントに借金という形で請求しておいて」
「お前、今借金が4桁万イェンはあるんだぞ。いい加減、賭け事なぞしないで返済しろ」
「一応、毎月返済はしているんだけどねー」
「はぁ、馬鹿につける薬は無いか……」
眉を潜めるカナタに棒付きキャンディーを差し出す。丁度さっき、タイジュに渡そうかと買ってきたものだったが、気が変わった。
「いつもありがと、小さな名医さん」
「死亡フラグみたいな事はやめろ馬鹿。だが、キャンディーは貰ってやる。疲れた時には、甘いものが必要だからな」
「喜んでくれたなら、何より。それじゃあ、また今度」
「次も絶対に来いよ!」
地上の階段を登ると、外はもう夜のようで、あちらこちらのネオンの看板が光りだした。排気孔からの冷たい風が吹いている。
「……え!?」
店の前に想定外の姿があって思わず袋を落としかけた。
「……終わったか?」
「ああ、うん、まあ。いや、なんでタイジュがここに?」
「カナタを迎えに来た。ウチの地下室の工事が終わったら、そっちに越す予定だからな」
「マジかー……」
「姉さんがカナタが心配だということを聞かなかったんだ」
「リント、子供には甘いからねー」
タイジュは袋の中身については何も聞かない。鈍感なのか、分かっているのかは知らないが、私も元気なツツミをそのまま演じておく。
「……あ、そうだタイジュ。お金、貸してくれない?カナタにふんだくられた」
「夕飯代だけな」
「マジ助かる!ありがと、タイジュ!」
「後で、ちゃんと返せ」
「まあ、うん。次の仕事の時に……」
こうしてタイジュと喋っていられるのもあと半年か。それなら、もっと早めに縁を切って置いた方がよさそうだな。
そんなことを考えつつ、タイジュと近くの居酒屋に向かうのだった。
登場人物
ツツミ=ミズナ:主人公。流れるままに行きたいと考えている。
ヨシダ=カナタ:闇医者。先代から記憶を引き継いでいるが肉体年齢が若いため無免許。
キハラ=タイジュ:ミズナの後輩。見た目通り、酒に強い。




