第11話 地上
登場人物
ツツミ=ミズナ:主人公。三半規管が鋭敏すぎて酔いやすい。
キタヤマ=ラクト:運転手。アダチ食堂のルミとは兄弟。リントの貸し倉庫に住んでる。
キハラ=リント:キハラ遺物商店の店主。買いとった品はいつもラクトを通して地上に売ってる。
ヤマガタ=アキカ:ジャンク屋の女性。声がやたら大きい。
カサイ=リツ:元傭兵の鑑定士。実は運転もできる。
タケダ=マサハル:伝説のメカニック。船から腕まで何でも直す。亡き妻と暮らした家にずっと住んでる。
ガシャン、ドガン。車とは思えないほどの絶叫アクション。
装甲トラックがカーブを曲がる度に、車内から絶叫と罵倒が響き渡る。
「……っ……降ろしてくれ……ラクト……吐きそうだ……」
「ヒャッハー!ざまぁ見やがれ!『砂鮫』め!駆逐してやるぜ!」
運転席にいる小柄な男、キタヤマ=ラクトが調子に乗ってドリフト走行をかます。普段は気弱な彼なのだが、ハンドルを握ると性格が変わるタイプなようで、相乗りをお願いした自分を殺してやりたい気分だ。
「ちょっとミズナ!私の商品の上で吐かないでよね!」
助手席のリントが汚物を見るような鋭い視線を浴びせてくる。それはまだいい。それ以上に問題なのは、隣に座っている奴の方だ。
甲高い声でずっとワーワー喚いている。
「ミズナ!パーツ汚したら、わかってるわよね!これが幾らだと思ってるの!これはね!」
「……少しは……静かにしろ……」
改造の影響で三半規管も聴覚も鋭くなっている私にとって、今の環境は拷問に等しい。助けを求めようと、対面に座ってるリツに目を向けるが、我関せずといった様子でイヤホンをして熟睡をしている。
仕方がないので、椅子にもたれ掛かっていると、ようやくトラックが長い長い地下ハイウェイを抜け、地上に飛び出した。
視界が真っ白に染まり、慌ててフードを被る。
地下の人工灯とも、14階の『太陽』とも違う、本物の太陽光。地上の砂の照り返しもあって暴力的な光量をしている。
壁の無い地平線、そして雲一つない真っ青な空。誰しも地上に出た時、この解放感に涙するらしい。
幽玄城塞地上階の街をトラックはぐんぐんと離れていく。そして、道路が途切れる砂海の手前の都市跡地でようやく止まった。
右を見れば、無限に広がる砂の砂漠地帯。岸辺に巨大鉄船団が無数に停泊をしていた。左を見れば、鉄骨が墓標のように続く巨大電波塔跡地。その足元に色とりどりの布の屋根が広がっていた。
青空市場の店を眺めると、怪しげな草を売る露店、魔改造されたパーツ、武装した傭兵たちでごった返していた。人間も亜人も行きかっていて、中には首輪のつけられた亜人の姿もある。
ここは幽玄城塞とは異なるルールの街だ。奴隷に関して私ができることなど何もなかった。
「着いたぞ、ミズナ。生きてるか?」
「……殺してくれ、リツ」
「先行ってるぜ」
一息ついて、トラックから降りると、ラクト以外は既に売りに行っているようで居なくなっていた。
ラクトは運転席でぼんやりしていたのだが、私を見るなり慌てて降りてきて激しく地面に頭をぶつけながら土下座をする。
「ツツミさん!すいません!僕の運転が酷すぎるせいで!いつもいつも!申し訳ございません!」
「いいって、セキュリティを潜り抜けて地上に出られるのはラクト以外居ないんだから」
ラクトの土下座を無理やり止めて立ち上がらせておく。
「リントから何か聞いてる?」
「はい、昼頃にここに集合だそうです。すいません、僕の荒い運転のせいでツツミさんの貴重な時間を奪ってしまいました……」
「だから、別にいいって。それじゃあ、私も出かけてくるから見張りよろしく」
「はい!命に代えても守って見せます!」
「そこまでしなくても……」
トラックから離れて、左腕をそっとさすった。この前の仕事でかなりイカれてたのだが、放置したせいで指も動かなくなったのだ。これでは仕事にもならないので、なけなしの金で直しに向かう。
マーケットの喧騒を抜け、壊れかけたビル群に作られた砂レンガの街へ。そこだけ、別時空のような静寂があった。
道を歩く人も、ほとんど人間でここに住んでいる人たちだ。その中にある家の戸を叩く。
「タケダ!いるか!?」
「入れ!」
中に入ると、顔に香の煙がぶつかる。いい匂いなのだが、幽玄城塞位煙たくて、マスク越しでもむせそうになる。
煙を書き分けて奥に進むと、水タバコを吸いながら、本を読む老人が居た。真っ白に染まった髪を後ろで束ね、職人特有の分厚い茶色のエプロンをしている。
「どうも、タケダの爺さん。元気にしてた?」
「ミズナ、一年ぶりか。前より痩せたな。金は払えるのか?」
「大丈夫、ちゃんとあるって」
札束と壊れた腕を作業台に投げ置く。タケダは金を掴んでポケットに詰めると、卓上にある装置で外装を外してマジマジと見つめ、ため息をつく。
「はぁ、おめぇさんよ。殺しすぎだ」
「知り合いから、メンテナンスしてないって怒られた」
「お前の使い方なら、メンテナンスは一日一回じゃねぇ、使う度だ。パーツ交換を定期的にしろ、あと無茶な使い方をするな」
「めんどくさいなー」
「後で修理したのをラクトに届けさせておく。今日は予備を使え。今、調整する。少し待ってろ」
「いつも、ありがと」
待合室で革張りのソファーに腰を掛け、壁掛け時計をぼんやりと眺める。部屋には、工具の音だけが響く。
「タマエは元気か?」
タケダが神経回路をチューンアップしながらポツリと聞いた。
「相変わらず番台でキセルふかしながら、方々に圧かけてるよ」
「あの古狸、引退したんじゃないのか?」
「今も大口の仕事の斡旋してる」
「昔と変わらんな」
タケダの口元が少し緩む。そして、おもむろに立ち上がると左腕を差し出した。
「終わったぞ。付けてみろ」
早速取り付けてみると、左腕が指先まで滑らかに動いた。試しにコインを弾いてキャッチしてみるが、思った通りに動く。
「さっすが、タケダの爺さん。遅延が全く感じられないよ」
「当然だ。前よりトルクが落ちてるから気をつけろよ」
「はいよ」
店からトラックに戻ると、既にリントとアキカが言い争っていた。
「だから!この伸縮性電送ケーブルは高すぎるでしょ!買うなら安いやつがいいの!」
「純正品の方がいいです。高いのは商品の値段ではなく、信頼の価値なんです」
「あーあ、またやってる」
リツは既にトラックに乗り込んでうたた寝していて、ラクトは二人の傍であたふたしていた。
「ミズナさん!助かりましたぁ……あの二人の喧嘩を仲裁してくれませんか?」
「いいよ、だけど条件が一つある」
「はい!何でしょう!」
「帰りは、安全運転でよろしく」
「善処します!」
広すぎる空、乾いた砂っぽい風。昔を思い出す街並み。
このままここから船に乗って遠くに行くのも悪くない。だが、何故だかこの騒がしい連中と、あの煙たくて湿っていて薄汚れた街から離れられなかった。
「……説得して、さっさと帰ろ」
マスクを外して、二人に呼びかける。
今日はさっさと帰って、カマタの茶でも飲んでようかな。




