第12話 夏祭り
地下都市とはいえ、幽玄城塞には乾季と雨季の季節がある。
そして今は、水脈が逆に細り、地上の熱気で換気システムがフル稼働する時期、乾季だ。
気温は常に30度付近、水脈が細くなっても工場の排気のせいで、空気は気持ち悪いほどにベタつく。
そんな地下の『夏』の風物詩と言えば、『花火大会』だ。金属粉と火薬を詰めた爆弾を空に打ち上げて、それが爆破する様を楽しむという奇妙な祭りなのだが、ジンジャのカンヌシ曰く、古代都市ができるよりも何千年も前から続く伝統的な行事だそうだ。
ビールと枝豆を楽しみながら例年は楽しんでいたのだが、今年はそうはいかない。何故なら、強制労働に駆り出されたからだ。
「リントー、もうやめていい?」
「ねえ、あと何個包めばいいのよ!」
「目標は千二百個なので、あと八百個です」
「業者かよ!」
キハラ幽玄遺物商店の二階にあるキッチンにて。
壁掛け扇風機が唸る中、私とアキカ、そしてタイジュの三人は餃子包みという過酷な労働を強いられていた。3人で千二百個ということは、一人四百個。まだ半分も到達していない自分の皮の山を見つめ、絶望する。
今月の支払いを半額にしてあげるという口車に乗った自分が迂闊だった。
「ほらツツミ!餡を減らさない!」
「ちっ、バレたか」
「はぁ、あなたもタイジュを少しは見習ってください」
目の前でタイジュが小気味よく皮を包んでいるのが見えた。その手つきは手慣れたもので、次々にトレーが埋まっていく。
「タイジュー、私の分もよろしく頼んだー」
タイジュの所にボウルを押そうとした途端、アキカに止められた。
「駄目よ!あなたはいつもタイジュ君に迷惑をかけてるんだから!」
「なら、アキカがやってくれー。愛の力で何とかするんだー」
「ちょっと、何言ってんのよ!あーあ、なんでミズナなんて呼んだのよー!」
「そこの二人!」
机を叩き、こちらを睨みつけるのはリント。餃子を焼いている間、暇だからこちらを監視している。向こうの方が楽そうなので、代わって欲しいのだが、言ったところで長い説教があるのが目に見えていた。
そのまま黙々と作業すること数時間、街の通りの灯りが消え始め、吊るされた提灯に火が灯りだす。そろそろ、花火が始まる時間ということだ。
ビルの前の広場には机が並べられ、そこには餃子の山がいくつも並んでいた。いつしか集まって来た近所の人たちが、机の近くにシートを広げて思い思いに座っている。
リントはというと、店の前にパイプ椅子を置いて、うちわで扇ぎながらカンヌシとのんびり喋っていた。
それを二階から眺めつつ、畳の上に横になる。
「終わったー」
キッチンの方を見ると、アキカが何やらタイジュと話しながら後片付けをしていた。
「……お似合いじゃん、二人」
「ツツミ、何か言ったか?」
「いや、何でも。片付けあとやっておくから、二人は下で見てきたらー?」
「そうしよ!タイジュ君!私、タイジュ君が作った餃子食べたいなー」
「……わかった」
二人が降りて行ったあと、食器を片付け、キハラ家からウーロン茶を拝借する。酒は禁止されたから、今年は諦めるしかない。そもそも、食欲もないし花火を見るにはこれだけで十分だった。
ベランダの手すりに寄りかかって、鉄で覆われた空を見上げる。
「ヒュゥゥゥ――ドォォォン!!」
低い天井の中、真っ赤な大輪の花が咲き、火の粉をまき散らしながら散っていた。町中に音が反響して、腹の底まで衝撃が伝わる。
下では子供たちが花火を指さしてはしゃぎながら叫んでいた。
「はーなやー!」
「違うよ!たーまやー!だよ!」
「コップ持って走らない!コラ!」
次々に、色とりどりの光が鈍色の天井を鮮やかに染め上げる。
ふと、足音がして振り返ると、タイジュが階段を上ってきていた。
「アキカ置いて来てよかったのー?」
「アキカに置いてかれた。町工場の連中に捕まったから」
「そっか」
タイジュは隣に来ると、餃子が乗った皿を差し出す。
「食べないのか?」
「……それじゃあ一個だけ」
時間が経って水っぽくはなっていたし、肉は合成肉のパサパサ感が残っていて、店のものほどの美味しさは無い。だけど、自分たちで作ったからか、悪い味では無かった。
「どうだ?」
「おいしいけど、次は合成肉に下処理をしろってリントに言っておいて」
「わかった」
『次は』と自分でそう言っておいて、私はそれを食べることは無い。そう考えると、随分自分は無責任なことをしてる。これ以上、関係を持ったって、相手を悲しませるだけなのに。
「……綺麗だな」
「うん……そうだね」
ウーロン茶を飲みながら、タイジュの横顔を見る。
私の前だからか、フードを脱いで、無邪気に花火を見ていた。花火が上がるたびに、嬉しそうに花火について説明を始める。
「ツツミ、あれはボタンというそうだ。図鑑に載っていたんだが、昔の花らしくてな」
「うん」
「花火みたいに、綺麗な花なんだ。本物を、見れるなら見てみたいな」
「そうだね」
話を途中で切って、帰ればいい。そう分かっていたが、結局花火が終わるまでそこにいた。
「ツツミ」
「何?」
「来年も餃子作り、手伝ってくれるか?」
「……覚えてたら」
曖昧に答えて、お茶を濁す。守れない約束なんて、できるわけがなかった。
「そうだ!花火も終わったし、下に行こー。きっと、アキカがタイジュが居ないって騒ぎ出すって」
「……なら一緒に行こう」
「いーよ」
タイジュに連れられビルの外に出ると、酔っぱらいの怒号や子供たちの叫び声で辺りは混沌としていた。中にはギターを家から持ち出して、歌いだす奴までいる。
「ツツミ、向こうで賭け事をやってるぞ」
「タイジュが賭けを勧めるなんて珍しー」
「今日は無礼講なんだろ?」
「そうだね」
興奮は覚めることなく、祭りは夜更けまで続いたのだった。
登場人物
ツツミ=ミズナ:主人公。余命関係は誰にも話して無い。
キハラ=タイジュ:ミズナの後輩。手先が器用で、小さいころの夢は小料理屋を開くこと。
キハラ=リント:キハラ遺物商店の店主。餃子とラーメンが好き。
ヤマガタ=アキカ:ジャンク屋の女性。タイジュが好きな相手は自分じゃないと分かっている。




