第13話 行商人と宗教
幽玄城塞には、時折地上から降りてくるものがある。
それは新しい商品や流行の歌なこともあれば、ドラッグや罪人――もっとタチの悪い宗教なこともある。
第8区のガラクタ市場で、普段は見かけない白い布で身を包んだ行商人が店を広げていた。売っているのは「本物の花」、植物は生ものだから宝石よりも価値が高い。
そんなものをここで売ってるなんて、訳ありに違いない。
「へぇ、植物なんて珍しいな」
「い、いらっしゃい……」
仕事前だから、全身武装に防護服状態なので、明らかに店主は委縮していた。手を上げると、短く息をのみ、その場にうずくまる。
「こ、殺さないでください……!ひぃっ!」
「殺しはしないよ」
そっと声をかけると、男はおずおずと立ち上がり、両手を握りしめた。
「ほ、本当に、こ、殺さないですよね……!?」
「そんな訳無いだろ。何をそこまで怯えてんの?」
「だって、それは……」
男の視線は、背後を行きかう人に向けられていた。そして、一人の採掘屋が笑った表紙に、店主の体が硬直する。
「に、人間、じゃない……」
「人間?もしかして、亜人恐怖症か何か?」
「恐怖症とかじゃないですよ!」
『亜人恐怖症』という言葉に反応して、店主はいきなり怒り出した。
「いいですか、お嬢さん。亜人は低能でいながら、暴力的で危険な存在なんです。姿かたちこそ人間に近いですが、その祖先は戦闘用に作られたミュータント。生きてはいけない呪われた存在なんです!」
「はぁ」
明らかにこの店主は変だ。これ以上、関わるのは辞めた方がよさそうだ。そう思って離れようとしたが、男の話はまだ続く。
「お嬢さんのような『人』は、こんな場所で生きていくのは大変だと思います。ですので、我々『純人真理教団』と共に、地上の楽園で暮らしましょう」
「……純人真理教団?」
聞いたこともない名前だった。だが3年もすれば、地上で知らないカルト団体ができていてもおかしくは無い。
「いいですか、穢れなき遺伝子こそ、正当な地球の支配者の証。ミュータントどもは『魂の無い害獣』なのです!」
男は熱っぽく語り続ける。いつしか、辺りに人間が集まってきて、男の話に聞き入っていた。
「地上や上層都市では既に、教団の指導の下、『清掃活動』が始まっています。この階層も、私たちの力で綺麗にしていきましょう!さあ、あなたも!」
「いや、私はいい。『殺し』はもう間に合ってるからさ」
リントが前に行っていた。地上にタイジュと住むのは難しい、と。その理由が今ならわかる気がした。
「興味が失せた。セールスなら、もっと上手くやることだな」
男の差し伸べた手を払いのけ、それ以上何も聞かずに背を向けた。
「気を付けて!亜人は明日には貴方に危害を加えますよ!」
「そうだそうだ」という声を無視して、その場を立ち去る。
気づいたら、タイジュに携帯電話で「少し遅れる」とメールを打って、キハラ幽玄遺物商店の前に立っていた。
おもむろに扉を開けて、中にはいる。
「いらっしゃいませ……って、ミズナ。仕事サボって、冷やかしなら帰ってください」
「『純人真理教団』を知ってるか?」
リントに尋ねた途端、リントの顔が一瞬で青ざめた。
「……どこで……聞いたんですか?」
その声には怒気が籠っていて、気圧される。
「8区のガラクタ市場の行商人」
「リツ、今からそこにいる行商人、消して」
「リント、それでいいの?」
「今まで散々殺しをしてきた貴方が、否定するんですか?」
「いや、そういう訳じゃないんだけど……」
逃げるように視線を漂わせると、ドアの傍でリツが手をこまねいているのが見えた。
「わかった、リツと行ってくる」
すぐにリツに続いて店から離れ、8区のガラクタ市場近くの茶屋に入った。
「冷たい緑茶と饅頭、二つ」
「はいよ」
「金無いんだけど」
「まあ、俺のおごりだ。座れ、ミズナ」
言われた通り、ビニールの丸椅子に座る。店内には一昔前に流行ったポップスが扇風機のノイズを乗せながら流れていた。
「仕事に行かなくていいの?」
「俺はお前さんと違って、人間の殺しはナシだからな。リントはそれを忘れてたようだが」
リツは饅頭を口に放り込んだ。
「うまいな」
「リツ、やっぱり教団と二人は関係があるの?」
「まあな。お前も食べろよ」
饅頭は塩気が強すぎて、あまりおいしいものではなかった。直ぐに、緑茶を飲んで口を治す。
「しょっぱ!塩饅頭にしては塩強すぎるって!」
「店主曰く、この饅頭は涙の味だそうだ」
「どういう意味?」
「教団から逃げる時に母親からもらった饅頭は、涙と血で濡れていて、こういう味だったってな。その時の恨みを忘れないように作ったそうだ。ここで、合言葉を言うと、奥に通されるらしい」
「つまり、何が言いたい」
「この街に来る連中っていうのはな、そうやって地上で生きれない奴も多いんだよ。リントたちもそうだ。教団はこの街では相当恨まれてんだよ」
すぐ外で、銃声が鳴り響く。そして、悲鳴が上がり、瞬く間に静寂が戻った。
「俺が行くまでもない」
「そっか」
幽玄城塞には一定の秩序はある。だが、それは不文律で、こうして破った奴は殺される。だから、この街で生きていたいなら、強くなるか、現地の人の言うことを聞くしかない。
「お前さんはどうして、リントに教団のこと聞いたんだ?」
「最初は、教団を殺そうと思った。その許可が欲しくて行ったはずなのに、それなのに、リントの事を止めようってなった。自分で聞いておいたのに、変だよね」
「トラウマ案件とわかっていて、酷い奴だ」
「でも、一番はタイジュに危険が迫ってるって、言いたかったのかな」
「タイジュで思い出したんだが、お前、仕事はいいのか?」
「あー」
時計を見る。集合時間から30分が過ぎていた。
「少しって30分も含まれる?」
「急いで行ってやれ」
「それじゃあ、リツ。ごちそうさま!」
茶屋を出て、リフトのある1区まで慌てて向かう。タイジュはいつものように、仁王立ちで待っていた。
「ツツミ、遅い」
「ごめんごめん、野暮用でさ」
『ソシキ』の人間らしく、気に入らなければ殺せばいい。教団だって、タイジュとリントの為に滅ぼせばいい。
だけど、それをしたら自分は二度と、ここには戻れないだろう。だから、今はまだその時じゃない。
「ミズナ、今日はどこにいくんだ?」
「11階。タイジュが一人で怪物に対処できるか見る」
「逃げてもいいんだよな?」
「勿論、採掘屋と違って、私たちは後で回収もできるんだし、生き延びてナンボのものだからね」
「わかった、全力で逃げる」
タイジュが微笑む。私が居なくなってもこの笑顔が、ずっと続くように今は神とやらに祈ってもいいかな。
登場人物
ツツミ=ミズナ:主人公。願掛け程度に、テキトーに神は信じてる。だが、殆どあてにしてない。
キハラ=リント:キハラ遺物商店の店主。過去に迫害されて地下に逃げて来た。
カサイ=リツ:元傭兵の男。リントの件から、教団の事を嫌っている。




