第14話 孤児院
幽玄城砦8階、その隅にある農業プラント跡地。ここは天井が割れていて、地上の光が差し込んでいた。
「眩しすぎる……」
辺り一面に広がる太陽に目がくらみ、手をかざす。壁から壁まで亀裂の形に沿って広がる向日葵畑。
貴重な本物の植物だった。
「フウガ、勝手に遊びに行かない」
走り出そうとするフウガの襟首を掴み、花畑の間を進む。彼は背中にはニイヅマから預かった段ボールを三つも背負っているのに、元気で溢れていた。
「じっとしてなさいって」
「おーい!ミズナちゃーん!よく来たわねぇ!」
向日葵畑の向こうの小屋から、麦わら帽子を被った男が手を振ってるのが見えた。
「ナカモトさん!差し入れです!」
小屋に近づくと、すぐに小屋の中から騒がしい子供たちの声が聞こえて来る。窓から中を覗くと、何人かの大人が子供たちに振り回されながら文字を教えていた。
「相変わらず、元気そうで」
「それは勿論!元気よぉ!腰は痛いんだけどねぇ……」
ナカモトはニイヅマの古馴染みであり、元『ソシキ』の上司だ。瘦せ型で、どこか頼りない風貌。戦闘力は皆無どころか、銃もろくに撃てるか怪しい。
だが、その頭の良さだけで『ソシキ』の幹部まで上り詰めた天才だ。今は、『ソシキ』の金を横領し、ここで孤児院を営んでいる。
「なら、差し入れ、中に持ってた方がいいですかね」
「そうねぇ、中身は何かしらぁ?」
「本と教科書、あと肥料ですね。フウガ、中に運んでおいて」
フウガは頷くと、軽々と段ボールを小屋の中に運んでいった。途端に、歓声が響き渡る。
「フウガ兄ちゃんだ!」
「えー、キョウカショー!お菓子が良かったー!」
「ねえ見て!前に頼んでた本だ!」
子供たちは一瞬でフウガを取り囲み、段ボールの中から次々に物を取り出していく。それがひと段落したと思えば、フウガの手を引っ張って遊び始めた。
「フウガも楽しそうでよかった」
「ミズナちゃんは中に入らなくていいのぉ?」
「いいんですよ、私みたいな人間が、子供たちに会うべきじゃない」
「そう、ならお茶でもどう?」
ナカモトが入れてくれた自家製のハーブティーを飲みながら、ベンチに座って向日葵畑を見る。
さっきまで中で遊んでいた子供たちが、今はフウガと鬼ごっこをしている。本来なら、彼らの何十倍も足が速いのだが、今はわざとゆっくり走り、子供たちに合わせてる。
「フウガ君がついに、子供たちに本気じゃなくなるとわねぇ」
「あいつも少しは大人になったんですよ」
「そういうアナタはどうなのかしらぁ?」
ナカモトは目を細めて私の方をじっと見る。
「別に、何も変わらないですよ」
「嘘が下手になったわねぇ。何をそう死に急いでるの?」
「そんなに分かりやすいですかね?」
「昔より覇気が無くなったわぁ。それに、前よりも小さくなった。ちゃんと食べてないでしょ」
「……三年前のツケが回って来ただけですよ。因果応報ってことですね」
「そうね、私たちはあまりにも罪を犯しすぎたものねぇ」
ナカモトはカップの淵を指でなぞりながら、子供たちに目をやった。
「ミズナちゃんは、残りの人生をここで過ごす気は無い?」
「動けるうちは、向こうで過ごすつもりですよ。まだ、フウガから目を離せないのもありますし」
「そっか。でも、気が向いたらいつでも来ていいわよぉ。私たち、歓迎してあげる」
「なら、今度は知り合いと来るよ」
帰り際、フウガは子供から揉みくちゃにされながら、頭に向日葵の花を乗せられていた。
彼は嬉しそうに、私に見せてくる。
「よかったね、フウガ」
『こどもたち あそべて たのしかった』
「それは何より」
寂しげな子供たちに手を振り、段ボールの代わりにナカモトから貰った袋を持って帰る。中には、茶葉とひまわりの種が入っていた。
「ナカモトさん、こんな高級品入れるなんて」
『ミズナ おちゃ うれしいね』
「サカイの爺さんにいいお土産になりそうだね」
『ニイヅマさん も きっと うれしい』
「だと思う」
入り組んだ抜け道から8階に戻ると、そこからはいつもの鉄と錆の灰色の世界。換気ファンと広告の音が煩い街。ここに居ると、綺麗すぎて地下10階の人の喧騒が恋しくなる。
「帰ろっか、フウガ」
フウガは嬉しそうに頷き、頭に乗った花を大事そうに抑えていた。こうして見ていれば、彼はただの心優しい青年に見える。
だが、すぐさま向日葵を狙って襲ってきた連中を返り討ちにするどころか、殺そうとする辺り、やはりコイツは化け物だと思い返す。
慌てて間に割って入る。
「やめろフウガ。それ以上はこいつら死んじゃう」
『そうなの?』
「普通の人間は、怪我しても治らないから。サカイの爺さんから教わってないの?」
『カタナ つかわなかったよ?』
「殴っても、飛ばしすぎるのは駄目。もっと加減しないと」
襲ってきた奴らは一人目が殴られる様子を見ただけで、直ぐに逃げて行った。殴られた奴は辛うじて生きているが、顎から下がめちゃくちゃになっていた。
気道を確保して、止血剤を打って包帯を巻き、道の端に置いておく。仲間の誰かが戻ってくれさえすれば、助かるはずだ。そうでなければ、彼の運を祈るしかない。
『おはな ぶじ よかった』
「そうだな」
『ソシキ』の最強の生物兵器は、大事そうに花を愛でながら、倒れている人間にも目もくれず、スキップでエレベーターに向かう。
それを追いかけながら、まだ死ねないなと思うのだった。
登場人物
ツツミ=ミズナ:子供が苦手な主人公。元殺し屋だが嘘が苦手。
サカイ=フウガ:ミズナの弟弟子。ソシキ時代に子供同士で遊んだことが無い。
ナカモト=アキラ:細身のイケメンの男。亡き想い人の意思を次いで孤児院を営んでいる。口調はその人からうつった。




