第15話 洗濯と麻雀
幽玄城砦にも雨が降る。といっても、空から綺麗な水が落ちるのではない。
雨季になると、地下水脈の水位が上がり、老朽化した配管から上階の汚水が降ってくるのだ。そのせいで、街全体が臭いし、蒸し暑いし、最悪な状態になる。
「……起きたくない……怠い……」
万年床に顔を埋めて、二度寝をしようとするが直ぐにカマタの金切り声に叩き起こされる。
「洗濯物が乾かない!もう何よ!このままだと、生乾き臭で最悪なことになるわ!!」
「臭くても、気にすることは無い。私は革命の為なら耐えられる」
元々、この部屋の湿度が高くなってるのはツチダが溜めていた洗濯物を今日に限って洗ったからであって、カマタの怒りはピークに達する。
「ツチダは黙ってて!元はと言えばね、アンタのせいなんだからっ!!」
そのままジャージ姿の二人が取っ組み合いをしていると、ニイヅマが下の階から登ってきた。
「みんな、準備して。『排熱屋』に行きますよ。私が料金、払うから」
「本当!やったー!!」
「ニイヅマさん、助かる!有難い!」
「これ、私も行っていい奴?」
「勿論」
8区チバ銭湯の裏手、巨大なボイラー室と銭湯のお湯の熱の廃棄用のダクトが並ぶ一角。ここは外への排気孔が近いため、他の場所より熱くてカラッとしている。だからこそ、タマエ婆さんの商売に使われてるのだ。
金網で囲まれた屋根付きの物干しスペースには、錆びついた看板に『高速乾燥所 (1時間1000イェン)』と書いてある。法外な値段だが、ニイヅマさんの奢りということで喜んで洗濯を干す。
排気孔へ吹き出る熱風で、Tシャツやシーツが揺れるのを見ながら、金網内にあるベンチに四人で腰を掛ける。
目の前には丁度よさげな正方形の机。それを囲む四人。
「待ってる間、暇だね。ということで……」
ニイヅマは机の上に麻雀牌を置く。
「一局、どうだい?」
「待ってました!」
「今日は負けないわよ!」
「私の強さを見せてやる!」
机を囲んで牌を並べただけの即席の卓。その脇には、紙コップに入れられた茶と、札束が置かれている。
「レートは1点1イェンよ」
「国士無双で勝ち上がって、稼がせてもらうぞ」
「ツチダ、麻雀のルール分かってるのかしら?」
「革命家たるもの、情報収集の為に嗜んでるさ」
ジャラジャラと牌を混ぜ、並べる。既に、3シャンテン、タンヤオは確実そうだし、平和もいけるだろう。悪くは無い。
しかし、開始3巡目、いきなりカマタが仕掛けて来た。
「リーチ。一発でツモって、稼がせてもらうわ!」
カマタはダマテンという概念が無い性格どころか、待ちを気にしないでリーチする人間なので、あまり警戒はしなくてよさそうだ。
なんて呑気なことを考えてると、ツチダが笑い出す。
「くっくっく、甘いなブルジョワジー。リスク管理こそ、革命家において大切なことだ。だからこそ、こうだ!」
ツチダはそう言って、白を捨てる。
「ロン!リーチ一発、白、ドラ1で満貫!」
「んなっ、そんな馬鹿な!?」
「ツチダが親だから、8,000点いただき!」
「わ、私の点数が……ぐはっ……」
それからというもの、ツチダが国士無双やら清一色やら混一色を狙い、カマタのカモにされ、カマタが圧勝。
結果、カマタが16,300イェンを獲得し、ツチダが17,800イェンの支払いとなった。私は何とか平和と断么九とドラでニイヅマさんに競り勝ち、2位となり4,400イェンの稼ぎとなった。
まずまずの結果だ。
机に顔を伏せて意気消沈しているツチダに話しかける。
「ツチダ、来月の支払い、どうするつもりなんだ?」
「ミズナ……燃え尽きたよ……真っ白に……」
カマタはというと、札束の数を数えながらニイヅマさんに見せびらかしている。ニイヅマさんは負けた側なのだが、金に無頓着な人なので只々ニコニコ笑っていた。
「このお金で新作のワンピース買おうかしら!」
「よかったね」
東風戦が終る頃には丁度1時間が経ったようで、レンタル終了時間のブザーが鳴った。早く戻らなければ、タマエ婆さんに延滞料金を請求される。
それに気づいたのか、急に覇気を取り戻し、ツチダが立ち上がるなり叫びだした。
「お前ら!早くしまって、撤退だ!」
「……急に耳元で大声叫ぶなって」
4人で取り込んだ洗濯物は、からっとしていて石鹸のような独特の匂いがしたが温かかった。それを次々に袋に詰めていく。
「これが太陽の香り……懐かしい、砂漠の革命軍……」
「太陽の香りな訳無いでしょ。ほら、帰るわよ」
ツチダを叱りつつも、今朝と違いカマタは懐も服も温かくなってホクホク顔だった。
洗濯物カゴを抱え、傘をさしながら4人で8区の狭いアパートに帰る。カマタとツチダは何やら喧嘩をしながら先に行ってしまった。
「先に行っちゃいましたね。急ぎます?」
「私たちはゆっくりでいいの。荷物、持つわよ」
「いや、いいですって」
「いいからいいから」
ニイヅマに無理やり洗濯物カゴを奪われる。普段なら抵抗するのだが、この人の前では嘘は直ぐにバレる。
「ミズナ、歩ける?」
「それくらいは、大丈夫ですよ」
そうは言っているが、実際は歩くのでやっとだ。息が苦しい。直ぐに休んで薬を飲みたいが、気合で強がる。これ以上、ニイヅマに迷惑をかけるわけにはいかない。
「帰ったらお湯でも沸かして、お昼でも食べましょうかね」
「春雨スープは私の物ですから」
「わかってるわよ。あなた、昔から春雨好きだものね」
ふと、ニイヅマはどこか寂しそうな顔をする。
「……時が経つのはあっという間ね」
だが、私には、彼女の孤独も悲しみも、どうしようもできなかったのだった。
登場人物
ツツミ=ミズナ:賭け事でいつも負ける主人公。果たして今回は如何に。
ニイヅマ=トミ:武器屋の店主をしている大家。過去は研究者だったとか。
カマタ=カヨ:結婚詐欺師の同居人。かつて、子供がいた。
ツチダ=ケイ:革命家を名乗る女性。一度、クーデターに成功した過去がある。




