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第16話 地下19階

 その日、事件が発生した。


 なんと、待ち合わせ時間になってもタイジュが来なかったのだ。


「……嫌な予感がする」


 メールを確認すると、連絡が一件。丁度今来たようだ。文面は堅苦しい感じで、『体調不良で休む、代わりの人間を派遣した』とのみ。


「お見舞いに行かなくては!」


 踵を返して、キハラ幽玄遺物商店に向かおうとした途端、銃を向けられ足を止める。


「リツ、銃を人に向けてはいけないと習わなかった?」

「リント曰く、働いて、とっとと借金返せとのこと言伝だ。返さなければ、命は無い」

「えー、それなら……」


 銃身を掌底で突き上げ、ナイフを抜いてリツの首筋につける。


「これでどう?」

「駄目だ。相打ちってところか?」


 リツは拳銃を私の頭に突きつけた。


「それなら、仕方ないなー。リツが手伝ってくれるなら返すよ」

「んな訳無いだろ、ほら、行ってこい」


 リツに押されて、そのまま近くのリフトに乗り込む。行先は地下19階、20階未満の階層では死亡率最高の階層なので人が少ない。


「ちょっと、リツ!」

「生きて帰れるといいな、ミズナ」

「聞いてないって!」


 19階、白の森。


 白、それは死の色だ。全ての植物が、構造物が、人間が白く漂白され、時間が止まった世界。死の光で満ちていて、防護服無しでは、数分で体中から血を流して死ぬ。


 運が良くても、数日以内に体中がむくれて、最後は大量出血か合併症で死ぬ。これだけならまだいいのだが、辺りに居るスライムのような物『あぶく』には触れてはいけない。


 これは放っておいても増殖しているようなのだが、触れれば体が溶かされて死ぬ。


 自分で回想しておいて何だが、19階は本当に死ぬ案件が多すぎるのだ。それでいながら、リフトは19階までしか降りてないので、これより先に行くのであればここの階で下の階に繋がるリフトを探す必要がある。


 ポイントは今でも覚えているが、とても行く気にはならない。そもそも、ここで死体を回収したところで、単価が高いとはいえ、汚染が酷いから持ち帰った後の処理が面倒なので、行きたくなかったのに。リツの野郎、覚えとけ。


 ここで引き返すこともできたが、今回は進むことにした。理由は単純だ。金が欲しいからだ。ここに来る連中クラスになると、装備が充実していて、それを売るだけでもかなりの額になる。だから、ここで稼げば借金は数か月分は問題無いだろう。それに、タイジュにも、いい差し入れをしたいし。


 リフトから降りて、採掘屋に混じって道路を進む。19階では『落とし穴』と『あぶく』が大量にあるので、経路がおのずと絞られる。だから、先人たちが無数の死体の山を築きながら作ったビーズの道以外、基本的には歩いてはいけないのだ。


 かといって、その道も完全に安全とは言えないので、ナットを投げて確かめながら移動するか、目の前の奴の後をついていくのだ。


 私は面倒なので、一団の最後尾に付いていく。尚、途中で死んだ奴がいれば、浮遊リヤカーに載せるだけだ。どうやら、この一行は白の森の『ガレージ』を目指しているらしい。『深階調査団』がかつて拠点にしていた場所だ。確かに、20階を目指すにあたって、足がかりには丁度いいだろう。


 とはいえ、初心者が多いのか足を滑らしたり、道を外れたりして次々に『落とし穴』や『あぶく』に飲み込まれていく。足だけ切って助けはするが、死の光の浸食で殆どが死んだ。お陰で私は儲かってるのだが、可哀そうなことだ。


 しばらく歩いて、採掘屋の半分がホトケさんになったころ、ようやく『ガレージ』が見えて来た。赤いい車が停めてある赤いトタン屋根の小屋、少し行ったところに深階へのリフトが見える。


 何故かあの小屋だけ色が残っていて、光の影響が無いのだ。前にリツに理由を聞いたが、彼らが来た時点で既にそうだったらしい。


 何人かの採掘屋が今までのプレッシャーから解放されたと勘違いして、走って行った。残りは私と同じで、異変に気付いて立ち止まった。


「おい、死体運び屋。お前はここに来たことがあるか?」

「あるよ。そちらさんもお気づきで?」

「ああ、どうして部屋の窓までも赤いんだ?俺は十回以上、ここに来たことがあるが、見たことないぞ」

「あれは……」

「部屋の窓が赤く染まるとき、『ガレージ』には入ってはいけない。入ったら、二度と出られなくなる。彼らがどうなったか、知る者は誰もいない」


 隣の採掘屋と喋っていると、目の前の別の採掘屋が割って入って来る。


「今回は、引き返した方がいいかもな。お前さんに回収されたくないからな」

「そうだな。運び屋はどうするんだ?」

「二人は、この現場に遭遇したことが無いんだっけ?」

「ああ、そうだが」

「何か問題が?」

「ここは、20階に移動した方がいい。それも直ぐに」

「は?何を言って……」


 喋りながら、死体の固定は既に済んでいた。後は、自分の運を信じて走るしかない。


 小屋の窓が赤いだけならまだいい。だが、今回は空も赤く染まってきていた。このままでは、この階層にいるだけで死ぬ。


 手始めに、手元のナットをリフトまで投げて、道を確認する。とりあえず、他の人が投げたビーズやナットの山から変化はなさそうだ。


 そのまま二人を置いて道を走った。部屋の窓が赤くなる時、『ガレージ』の近くに居てはいけない。私はそれしか知らないが、20階に逃げて戻って来た時、19階に残っていた生存者は誰もいなかった。


 あるのは、血の跡だけだった。だが、それも直ぐに漂白されて見えなくなる。


 20階のリフトに辿り着けたのは、結局私含め3人だけだった。空が赤くなっていく前に、直ぐに下の階に降りる。


「おい!まだ連れが残ってるんだぞ!どうしてリフトを閉めた!?」

「あそこで閉めないと、私たちも死ぬからだ」

「なあ、運び屋。どういうことなんだ?小屋に近づかなければいいんじゃないのか?」

「赤い空を生き延びた採掘屋は誰もいない。だから、そこで何が起こっているのか私も知らない」


 ニイヅマさん曰く、昔19階はエネルギープラントだったそうだ。だが、戦争でプラントが破壊されたとき、こんな有様になったと。この現象をニイヅマさんは説明してくれたのだが、プラントはエネルギー源自体が無から有を創り出す超科学理論で形成された物らしく、私にはさっぱりだった。


 だが、お陰で赤い光の時は逃げろということだけは分かった。


「お、俺、20階なんて行ったことが無いのに……」

「俺もだ。そもそも、20階なんて、到達者は殆どいないだろ。致死率90%と聞く」

「運び屋は20階に行ったことはあるのか?」

「あるよ。言っておくけど、リフトのドアを開けなければ大丈夫。開けたら、全員私の給料になるだけだけどねー」

「それは勘弁してくれ……」


 リフトが20階を指し示した後、誰もボタン操作を妨害することなく、私たちは19階に戻った。


 19階はいつものように白い景色が広がっていて、『ガレージ』が佇んでいるだけだった。さっきまで居た採掘屋も、その死体も何もない。あるのは、白だけだった。


「おい、何が起きたんだ?あいつらは?」

「さあ」


 収穫は死体6体、12万イェンというところか。リアカーにはこれ以上乗らないので上層へのリフトに向かっていると、いつの間にか後ろにさっきの三人が居た。


 どうやら、これ以上の探索をする気が無いらしい。まあ、彼らの勝手なのでどうでもいいことだ。


 今回は無事だったが、もしリフト付近でないときに赤い空に遭遇したらどうなっていたことか。私でも無事では済まないだろう。


 だから、タイジュには絶対にここまで来させないようにしないといけない。あと、リツを許すまじ。


 改めてそう胸に誓うのだった。

登場人物

ツツミ=ミズナ:実は強い主人公。リツよりも強く、怪物も大体倒せる。

カサイ=リツ:深階調査団唯一の生き残りの男。あれから一度も採掘には行っていない。

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