第17話 お見舞い
「19階層に何で行かせたんだ!馬鹿野郎!」
「いや、ミズナなら大丈夫かなって」
新たにキハラ幽玄遺物商店の地下に作られたカナタの診療所。その診療室で、何故か私とリツはカナタに正座させられていた。
「ほら、診断で大丈夫だったんだし、いいじゃん。な、ミズナ」
「そうそう、金もあるし」
「そういう問題じゃねぇんだよ!」
19階層に行ったら、一応検診を受けておく必要がある。義務ではないのだが、万一、少しでもあの階層の『死の光』にやられていたら、手遅れになる前に治療する必要があるからだ。
「この深階狂い共が!お前らは既に、死にかけだということを認識しろ!特にミズナ!20階に行ったら、次は無いといったよな!」
「ドアは開けてないから、セーフ、セーフ」
「あの呪いは防護服も無意味なんだからな!全く、こいつらときたら……」
「悪いのは私じゃなくてリツだって」
「ミズナ!お前も戻れたのに先に進んだだろ!タイジュが居なくなると、直ぐにこれだ。あー、あいつを早く治療せねばならんな!」
カナタはブツブツと文句を言いながら、カルテに何やら書き込むと、薬を袋に詰め始めた。
「おい!馬鹿ども!しばらくは大人しくしてろよ!あと、ミズナ!」
「はあ?何で私!?」
「お前はタイジュの見舞い禁止だからな!」
「ただの風邪でしょ?何が駄目なの?」
「ただの風邪?馬鹿言うな!お前が風邪ひいたら、重症化のリスクが高いんだよ!」
カナタは私を指さして、目を細める。その目は真剣そのものだった。
「そもそもな、今のお前はな、普通に生きてる時点でおかしいんだぞ!」
「あははは……」
苦笑いをして誤魔化す。分かってはいるけど、金が無いからどうしようもない。リツに目を向けるが、流石のリツもその時は、首を振って黙り込んでいた。
「はいはい、わーったよ。で?差し入れ位はいいんでしょ?」
「マスクと手洗いうがいを徹底するなら許す。というか、普段からしろ!馬鹿!」
「はいはい」
カナタの説教を話半分に聞いた後、リツと一緒に近くの酒屋で酒を買った。勿論、自分用ではない。タイジュへの見舞いの品だ。
「タイジュは『ニホンシュ』が好きなんだ。これいいんじゃないか?」
「病人に酒っていうのも場違い感があるよねー」
「知ってるか、ミズナ。アルコール消毒といってだな、アルコール飲めば元気になるんだぜ」
「んな訳ないでしょ。でも、これ高いんだよなー」
「なら、半分は俺が出してやるよ。俺からの『送り酒』だ」
「私じゃなくて飲むのはタイジュだって。リツ、酔ってる?」
「この赤ら顔を見て、しらふだしらふだだと思うか?」
「いや、ちっとも。でもリツが出してくれるって言うなら、まあ、これでいっか」
キハラ幽玄遺物商店の前。リツと別れ、19階での稼ぎで買った高級『ニホンシュ』を片手に、店の戸をノックしようとした時のことだ。
けたたましい音と共に、スクーターが横付けされた。
「どいてーどいてー!タイジュ君専用ナース、アキカの到着よー!」
アキカは普段の油まみれの作業着と違い、無駄におしゃれしてるどころか、フリフリのエプロンを付けていて、手にはネギやら色々入った買い物袋を持っていた。
「……何してんの?」
「何言ってるの?看病よ。これはお粥を作るためのネギとコメよ。彼の看病は、未来の嫁である私がやるのよ!
「……ああ、そう」
その時、店のドアがガラガラと開き、リントが現れた。そして、黙って私とアキカに鋭いチョップを振り下ろす。
「痛っ!?」
「いってぇー……」
「五月蠅い!」
「冤罪だって!」
「お姉さん!私に看病させてください!」
「お姉さん言わない!はあ、毎日毎日、迷惑です!」
リントは直ぐにドアを閉めようとしたので、慌ててアキカがドアの隙間に割って入った。
「せめてこれだけでも!高級食材のネギです!食べてください!」
アキカの必死さに気圧されたのか、はたまた面倒になったのか、リントはしぶしぶとドアを開ける。
「はぁ、わかりましたよ。代わりに、料理だけしてって」
「わかりました!お姉さん!」
「ですから、お姉さんじゃなですって……それで?」
「あー、えーっと、差し入れ。これ、置いてく」
持っていた一升瓶をリントに押し付けた。
「元気になったら二人で飲んで」
「……高級『ニホンシュ』じゃないですか。借金も返したばかりなのに、どこにそんな金があるんですか?」
「ちょっと19階層行ってきてね」
その言葉に、一瞬その場が凍り付く。遺物商人をやってるだけあって、19階層のヤバさを知らない彼女ではない。
「……馬鹿」
「カナタにも散々言われた。まあ、タイジュに早く治せって伝えといてよ」
「はぁー」
リントは過去一深くため息をつくと、一升瓶を大事そうに抱え直した。
「今は受け取りますけど、後でちゃんと自分で渡しなさい……タイジュに治ったら連絡して置くよう言っておきます。あと、借金は返済してくださいよ」
「わかってるって。それじゃあね、リント」
リントに背を向け、リフトのある1区の大通りに向かう。
今日はもう一仕事する予定だ。今のうちに稼いで、ちゃんと借金も返済しないとだから。
ゴチャゴチャしたうどん屋や安物のバーがある裏通り。近道だからと通り抜けようとしたとき、不意に白髪の爺さんに呼び止められた。
「お主、死相が出ておる。占ってやるから、こっちに来い」
「はぁ」
胡散臭いことこの上ないが、別に時間に余裕はあったので、暇つぶしに爺さんの前に行ってみる。すると、爺さんは竹の細い棒を何やら分けたり混ぜたりしながら呪文を唱え始めた。
「年は、生まれた日は?」
自分のうろ覚えの生年月日を答えると、彼は再び呪文を唱え始め、今度は木の札のような物を並べ始めた。
「……近いうち、あんさん、或いはその周囲に大きな『動』があります」
老人の声が低くなる。
「それが、幸か不幸かはわからない。だが、あんたは今までのようには生きられない。あんたは、自分が担える重さを間違えて、押しつぶされる恐れがある。とかく、このままあんたは死ぬ」
「随分と物騒だ。もっと細かいことは分かんないの?」
「それまでは出来ません。とにかく、注意しなさい。金銭は不自由せん。だが、一生は短い。今のままでは、あと十年も生きられればいいだろう。何度も言うが、注意しなさい」
カナタに言われた余命まであと三カ月。それに比べれば随分と長い余命だ。
「わかった、忠告ありがと」
「3万イェン」
「はい?」
「占い料だ。払わないようなら……」
老人が机をトンと叩くと、後ろの路地の奥から屈強そうな男が何人か現れた。
「……命で払ってもらおうか」
「はあ、さっきの占いって、そういうことかー……」
呆れから、リントより深くため息をつく。男たちの構えを見るに、今まで格下相手にしか戦ったことが無いのは一目瞭然だった。そもそも、手がまだ綺麗な辺り、実戦経験自体が浅そうだ。
早速、手近な男の懐に潜り込み、組みついて窒息させる。勿論、殺さない程度に。
次に、殴りかかって来た男の腕を掴んで、ねじり落として骨を外し、次に来た男のみぞおちに肘を食らわせ、そのすきに首を絞める。
最後に、腕の痛みでのたうち回ってる奴の首を絞めてダウンさせる。
時間にして一分足らず。呼吸は確保して、道路の端に放っておく。
「あ、悪魔……!」
腰を抜かした老人はそう言って、机を放置してそのまま去っていった。
「仕事行く前に無駄な体力を使ったなー」
折角、最後の仕事だと息巻いていたのに、すっかり台無しの気分だ。少し無理に動いたせいで、息が苦しい。だが、そんなものは薬と酒で忘れられる。
「酒でも飲んでいくかー」
そして、コンビニで適当なカップ酒を買って、幽玄城砦の底へと仕事に向かうのだった。
登場人物
ツツミ=ミズナ:最近、酒が美味しくなくなってきた主人公。しかし、酔う感覚が好きらしい。
ヨシダ=カナタ:幽玄城塞の連中に手を焼く闇医者。命が軽すぎる事に頭を悩ませている。
カサイ=リツ:アルコール中毒予備軍の元傭兵。リントに言われれば禁酒できる。
キハラ=リント:キハラ遺物商店の店主。一番好きな酒はニホンシュ。




