第18話 雪の日
地下11階では雪が降る。天井の管から吹き出る水が冷やされて雪として降ってるらしい。大昔は、ここらではこれが空から降っていたと考えると、昔の世界は酷く寒かったのかもしれない。
廃工業地区、白く凍る団地と化学プラント。その一角が今は赤く染まっていた。
自治会の救急車両が何台もそこに停まっていて、銃声が絶えず響く。時折、人ならざる物の甲高い悲鳴が辺りに響き渡った。
規制線をくぐり、眉間にしわを寄せて腕を組むリントの肩を叩く。
「よっ、リント。元気にしてた?」
「ミズナ、タイジュが居ないからって、また20階に行ってたんですね……」
「よくわかったね。やっぱ、死体の形?」
「あんな不気味に変形した死体なんて、20階より上では見ないですから」
リントの視線の先には、20階で拾った死体と、エネルギー結晶の山があった。総額900万相当はある。だが、死体はどれも奇妙にねじれて枯れ木のような形になっているので、いくつかは袋を突き破って、細腕が見えていた。
あれからという物、タイジュは風邪を拗らせたらしく、しばらくはずっと一人で仕事をしている。
「借金を返す前に死なないでくださいね」
「そりゃ、もちのろん。死んでも、ちゃんと返すよー。それで、これは何?」
プラントからかすかに見える黒い影を指さす。
黒い鱗でおおわれた巨体、鋭く伸びた二本の赤光りする角、黄金に輝く鬣、まさに、おとぎ話に出てくる龍だった。見慣れ過ぎたその姿に対し、今更驚きも何もない。ましてや、怪物なんてここら辺にはありふれている。
だが、その足元に無数の怪物の、しかも18階とか17階の怪物が居たら話は別だ。龍になったフウガの手元を見れば、少女がぐったりしているのが見えた。
「怪物の狙いはあの娘?」
「みたいですね。あの龍がしっかり持って、ずっとあそこから動く様子が無いんです」
「龍は、フウガだから、害は無いよー。それより、あの娘、何をしたの?」
「『金の盃』を盗んだんですよ」
「ああー、なるほど」
『金の盃』、地下18階にある秘宝で、持ち帰るとどんな願いでも叶うという代物だが、試した奴は誰もいない。何故なら、持ち運ぶと地下中の怪物が襲ってくるからだ。そして、それを元に戻したとしても、怪物に追われ続けるという。
「どうやらあの子供はナカモトさんの孤児院の子だそうです。彼の知らせで、ミンさんが駆けつけた時には、既に持ち出した後だったそうです」
「それで、フウガがあの子を守ろうとして、ああなってる訳かー」
見た目的にはまだ15歳あたりだろうか。その年齢で装備も無しに『金の盃』を持ち出したなら、大したものだ。採掘屋に向いている。
「それで、ミンさんは?」
「『金の盃』を戻した後、報告がありません」
「なら、大丈夫ってことかー」
『金の盃』を持ち出した時の対処法は簡単だ。別の奴が持ち出せば、そのあとは、そいつに怪物が引き寄せられる。ただ、前に持ち出した主の近くにいる怪物には効果が無いので、全て倒す必要がある。
「どこが、大丈夫なんですか」
「師匠なら、簡単には死なないから。それよりも、問題はこっちの方」
すぐに頭上で一際大きな銃声が響き、目の前の怪物の一体が弾け飛ぶ。そこに、直ぐに龍が口から火炎を放ち、辺り一体を焼け野原にした。
しかし、数秒もしないで怪物が自己再生を始める。
無線越しに、リツの情けない声が聞こえた。
「リント、もう弾丸が無い!彼女は救出できないのか!?」
「今、考えてるところです!あと、3分は持たせなさい!」
すぐにリントは無線を切る。
「あの娘を助ければいいんだよね?」
「ええ、まあそうですけど」
「万が一のことがあったら、後ろの売って足しにして。多分、借金の半額分にはなるはず。足りない分はここに請求しておいて」
二人の馬鹿弟子の電話番号を紙に書いてリントに渡す。そして、ポケットを探って注射器を取り出した。
「それじゃあ、行ってくる」
幸いなことに、今はフル装備だ。薬が切れるまでなら、フウガの元に向かって、彼女を助けて、リントに渡すこと位、できるはずだ。
工場に向かって走りながら、腰から斧を取り出した。バッテリーを確認すると、残量はまだ大丈夫そうだ。
ゴーグルをかけ、スイッチを入れる。斧の刃先が赤く光り、熱気が白い結晶を溶かして蒸気を出した。
首筋に針を刺す。熱いものが体を巡り、頭がクリアになった。
体の奥底から高揚感が湧き上がり、息が軽くなる。だが、直ぐに胸が熱くなり、むせた。
足元の雪の上に、赤い血が垂れる。
「1分、それで決着かー。それ以上は、体が持たなさそう」
その場を蹴って、目の前の怪物を一薙ぎ。叫び声と共に、血飛沫が上がり、嗅ぎなれた生臭い匂いで満たされる。
すぐに、横から鳥頭の鎌が飛んでくるので、それを潜り抜け、前に進む。斬って、怪物の隙間を縫って、進んでいく。ひたすらに、それを繰り返す。
羽を落とし、心臓を抉り、足を切り裂き、前進。首を斬り、臓物を引きずり出し、腕を切り落とし、前進。
時間で言えば物の数秒。背後には蠢く無数の肉塊の道が出来上がり、視界は赤く染まっていく。
ここまで騒いで、ようやくフウガもこちらに気づいたようだ。だが、自分の元によじ登ってくる怪物の対処で精一杯みたいで、動けないまま、ひたすらに火を吐いている。全く、飛べない龍は大変だな。
再生速度を上回る速度で、切り抜ければ、走れる。その目論見は正しかったようで、何とかフウガがいる建物の下に辿りついた。
「フウガ!……っ……げほっ……げほっ……」
名前を叫んだ途端、息が詰まって血を吐き出す。そろそろ、薬が切れて視界が暗くなってきたようだ。
フウガはこちらに気づいたようで、登っていく怪物を火炎で薙ぎ払い、少女を私の方に放り投げた。
そのまま彼女を受け止め、背後に回して上着で縛る。そして、彼女を背負って来た道を走って戻る。同じように、殺していけば問題ないはずだ。
だが、行きより足が重くなってきた。息が吸えない上に、喉の奥から絶えず血が溢れてくる。このまま、走り抜けられるだろうか。
「……」
白い雪が顔にかかる。いつの間にか、地面と空が入れ替わっていたようだ。足を見ると、長い鎌が刺さっていた。取り囲んでくる怪物を、リツが狙撃で倒してくれているが、時間の問題だろう。
二本目を使うしかないか。
ふと、カナタの言葉が頭をよぎる。
「三本だけだ。これ以上の使用は命の保証ができない」
三本中、二本。つまり、まだ命の保証がされているということだ。キャップを取って、首に刺す。脳が痺れて、世界が歪んで見え始めた。怪物が知り合いの形になって、ワーワー喚きだす。流石に、連続使用はオーバードーズになるようだ。
震える手で何とか斧を掴み、立ち上がる。人を斬りすぎたからか、知り合いだろうと躊躇いはない。そのまま斬り続け、先に進む。地面が歪んで、怪物が現れる。空が黒く染まり、太陽が馬鹿にしてきて、煩い。
記憶を頼りに、リントの方角に向かう。ずっと、歩いていれば、いつか辿り着くはずだ。
「今更、人助けなんて、意味無いよ。ミズナ。君には誰も救えないんだから」
首のないスーツの男が囁きかける。
「本当は、人を殺すのも虫を殺すのも、同じにしか思えない化け物の癖に」
水死体になったあの子が語りかける。
「地獄に落ちろ!ミズナ!」
親父が墓から叫ぶ。全員、殺した。だから、どうだというんだ。
「目を覚ませ!馬鹿!」
突然、頭を殴られて正気に戻る。目の前には、涙で目を真っ赤にしたタイジュの姿があった。これも、幻覚なのだろうか。なら、殺さないと。
だが、もう腕が満足に動かない。
「あの子は、どうなった?」
「おい、ツツミ!返事をしろ!お願いだ、何か……言ってくれ……」
いつから、目が見えていると勘違いしていたのだろうか。辺りはすっかり、真っ暗だった。指先の感覚もない。ただ、遠くで叫び声が聞こえるだけだった。
「あ、これ死ぬ奴……」
それ以降、何がどうなったのか私は知らない。
登場人物
ツツミ=ミズナ:本作の主人公。人生で臨死体験をした回数は三回。
キハラ=タイジュ:リントの弟。風邪を拗らせた。
キハラ=リント:自治会会長。対人の戦闘力はあるが、対怪物の戦闘力は無い。
サカイ=フウガ:実験体58号。殲滅型兵器として開発されたので実は近視。




