第8話 幽玄闘技大会
幽玄城塞の連中は三度の飯より賭け事が好きだ。だからこそ、賭け事には命と金がかかる。
地下11階駐車場跡地。太古の駐車場跡地を改造し、4フロアをくり抜いて作られた特設リングは、数千の人間の熱気、怒号、そして吐しゃ物とアルコール臭で満たされていた。
だが、中に入るにも金が必要なので、金が無い私らみたいなのはリング周辺で寒さに凍えながらモニターを眺めるしかない。
闘技場の入り口に目をやると、トタンに乱雑にスプレー缶で書かれた『幽玄闘技大会』の六文字。モニターには防弾ガラス張りのVIP席にはサカイの姿と、積み重ねられた札束が映っている。
「優勝賞金総額一千万イェンかー。参加するしかあるまい」
「ツツミ、待て。お前は参加禁止と書いてある」
「タイジュ、私だってそこまで馬鹿じゃない。それくらいわかってるよ。わかってるんだけどー……!」
入り口の受付の隣には看板があり、そこには殿堂入りという形で参加禁止にされた人々の名前が書いてある。私も一昨年、殿堂入りさせられて参加できなくなった。
全く、不平等なシステムだ。だが、胴元がリントだから仕方ない。
「ツツミ、寒くないか?」
「ダイジョーブ、ほら、タイジュも賭けようよ」
御汁粉の缶と選手名鑑をタイジュに渡す。地下11階はビル群が立ち並ぶのに何故か寒いフロアで、辺り一帯が氷で覆われている。
今も、焚き木を入れたドラム缶の周りをみんなで囲みながら、温かい飲み物をすする。
近くで露店がスープを売っていて、牛筋煮込みの香りが漂い、思わず買いたくなる。だが、祭り価格で一杯2千イェンもするのだ。手持ちは零イェン、買える訳も無かった。
「ツツミは誰に賭けたんだ?」
「大穴狙いでフウガ」
「前の祭りの時もそれで生活費失ってなかったか?」
「アハハ、キノセイダヨー」
思わず返事が棒読みになる。これは、ふざけても再び生活費を全てつぎ込んだとは一言も言えないな。
「フウガの事、お気に入りなんだな」
「いや別に、そうじゃなくて……」
突然外気同様に凍り付く空気。この前、タイジュとフウガで仲良くなったと思ったのだが、そうでもないらしく、タイジュはフウガの話をすると険しい顔になる。
「それで、ツツミは全財産賭けたのか?」
「……」
鬼の形相でタイジュが迫ってくる。フードを目深にかぶっているとはいえ、やはり本物。圧が凄い。
「賭けたのか?」
「アハハ、キノセイダヨー」
「はぁ……」
その後、しばらく無言の気まずい時間が続いたのは言うまでもない。
先にリングに背がついた方が負け、武器は近接武器なら問わずの過酷な戦い。毎年、医者集団が傍で控えていて、その場で緊急サイボーグ治療されるのは有名な話。
そんな過激で狂気的な大会の幕が、サカイ=ミンの号令と共に上がった。
会場の内外から響き渡る歓声と悲鳴。それをぼんやりと眺めながら、タイジュに目を遣ると、珍しくタイジュが携帯端末を弄っていた。
「タイジュも賭けたの?」
「ああ。知り合いにな」
「どれどれ?」
携帯を覗き込むと、そこにはカサイ=リツの名前が書いてあった。
「リツ!?一体、誰に脅されたんだ……?」
「姉さんが命令した」
「リツが来るなら、優勝はリツになるのか……よし、準優勝の30倍を狙うしかないか!」
地下11階層にしんしんと雪が降り積もる。モニターに映し出される会場内の熱気はこちらまで届かないようで、指先がかじかんでくる。こういう時は、アレに限る。
懐からそっとニイヅマさんから拝借したスキットルを取り出し、蓋を開けた。中からまさにアルコールという香りが漂い、飲む前から気のせいか温かくなってくる。
「ツツミ、それは?」
「タイジュも飲む?ウィスキー」
「そんな高級品、どこで手に入れたんだ」
「ニイヅマさんのコレクションから少しね。ほら、一口どうぞ」
風情は無いが、紙コップにウィスキーを注ぎ入れ、そのまま飲む。塩辛いとはまた違った刺激が舌を伝い、喉に流れ込んでいく。この喉を伝う時の、風味、そして胸の奥から広がる温かさが癖になって、二口、三口とつい飲んでしまった。
指先まで直ぐにあったまって、逆に熱いくらいだ。怠さも無く、気持ちがいい。このままその場に寝てしまいたいくらいだが、寒空でそれをすれば死ぬということ位は理解している。
「タイジュも、もっと飲む?」
「酔ってないか?」
「気のせいだって」
私と同じくらい飲んでいたのに、タイジュは一切赤くなっていない。それどころか全然しらふだ。流石は鬼、少しくらい肝臓を分けて欲しい。
ぐらつく視界でモニターを見ると、丁度、順当にフウガとリツが勝ち上がり、いよいよ準決勝が始まる所だった。
「東!幽玄城塞中の女性からも大人気!大剣の貴公子カイセイ!西!突如現れたチャンピオンサカイの新弟子!新進気鋭のダークホースのフウガ!」
準優勝1回戦、高いフェンスで囲まれたリング上には優雅に大剣を構える大人気なアリエ=カイセイと、ニコニコと観客に手をふるフウガの姿があった。ここで勝てば30倍、負ければ0。
別に神様を信じている訳ではないが、思わず両手を握りしめる。流石に、全財産がかかっていると、神でも仏でも祈りたくなる。
「はじめ!」
ゴングが鳴った瞬間、フウガが消えた。
「おっと!」
カイセイが本能的に剣を構えた途端、フェンスまで飛んでいく。会場全体からどよめきが起こった。それもそうだ、フウガの本気の一撃を披露するのは今回が初めてのはずだ。
もし、相手がカイセイでなかったら即死だっただろう。カイセイも反撃しようと直ぐに歪んだフェンスから出てくるが、目にも止まらない速さの10連撃。
これはもはや、勝ったも同然だ。
「タイジュ、リントにー、つたえてくれない?倍でかえすって」
「言うのはいいが、やめた方がよさそうだぞ」
タイジュがモニターを指さすのでそちらを見ると、フウガが欠伸をして目をこすったかと思えば、そのまま地面に横になりだしたのだ。
「は?」
そして、満足げにそのまま眠りだす。
「おーっと!サカイ選手!まさかの、会場で眠りだした!?」
会場からブーイングの嵐が巻き起こるが、フウガが起きる様子は一切無い。あのカイセイもみっともない顔であんぐり口を開けてフリーズしていた。
「えー、肩がついたら負けですから……勝者、アリエ=カイセイ!!」
その瞬間、酔いは一瞬で冷めた。
「あのバカ、マイペースすぎるだろ!?ふっざけんなぁぁ!!全財産がぁー!!」
降り積もる雪が柔らかく私の絶叫を包み込み、心も体も芯まで冷やしていく。こんなにも絶望したのは先週以来だ。
「……もう帰る」
「ツツミ、次が決勝だ。見ないのか?」
「見たところで、リツが勝つでしょ」
「リツが勝ったら、半分ツツミにやる」
「は?タイジュがそこまでするメリットが無くない?」
「リツが勝ったら30倍だから」
電光掲示板にはオッズ30倍と確かに表示してある。
「はぁ!?だって、あの『深階調査団』の唯一の生き残りなのに!?」
「誰もリツがあのカサイ=リツ本人だと思ってないんだと思う」
「それもそうか」
昔のリツは今と違って酒なんて飲んでなかったし、髭も剃っていた。それに、いつも奥さんのユウヒさんと一緒のイメージが強いのだろう。
今は赤ら顔でヨレヨレの服をきて、随分老け込んだオッサンになったからな。
リングでカイセイが大剣を構えるのが見えた。
「さあ、決着をつけようか。と言っても、やる気がなさそうだね」
「あーあ、面倒くさ。リント、やっぱ棄権しちゃダメ?駄目だよね……」
リツは義足をコツコツと鳴らし、投げナイフを一本だけ取り出した。
「それだけでいいのかい?」
「人間相手なら、これで十分だ」
二人が定位置につくなり、戦いのゴングが鳴り響く。その瞬間、カイセイがその場に倒れた。会場中が一斉に静まりかえる。
「リツって、あんなに強かったんだな……」
「だって、本気のミンと同じくらい強いよ」
想定外のリツ優勝で荒れる会場。賞金交換場は大混乱の嵐となっていた。
「ところで、タイジュ。いくら賭けたの?」
「300イェン。ペイで払ったから、直ぐ振り込まれた」
「300イェンの30倍だから、9千イェンか。どうしてもっと賭けない!?」
「興味なかったから」
「……はぁ」
タイジュから仮に半分もらったとして、4千5百イェン。半月の食費で消える。そもそも、後輩から金を貰うほど、私だって落ちぶれては無い。
「タイジュ、賞金はいらないよ」
「だが、次の仕事は来週だろ?」
「まあ、その、だからさ……」
次の仕事が来るまで、私は0イェンで生活をしなくてはならなくなった。借金はおろか、食費すら払えない状態だ。
落ちぶれてはいないが、腹が減っては何とやら。生きるためにも、ここは先輩のプライドをかなぐり捨てる他あるまい。
「あのさ、今日の晩飯……」
「……」
「奢ってくれる?」
「はぁ、だと思った。ギョーザ定食でいいか?」
「もちろん!ありがと、タイジュ!」
祭りの後の地下11階は熱気は消え失せ、静かに雪が降り積もっていった。この場のように、懐は寒いがこの後は温かいギョーザとご飯が待っている。
それだけは、今日のラッキーと言えるかもしれない。
登場人物
ツツミ=ミズナ:主人公。借金が返済しても増えるのが悩み。
キハラ=タイジュ:ミズナの後輩。危ない橋は渡らず、貯金する派。
サカイ=フウガ:ミズナの弟弟子。その実力はかなりのもの。
アリエ=カイセイ:人気者の兄弟子。調子に乗る点が玉に瑕。
カサイ=リツ:キハラ遺物商店の護衛兼鑑定士。しかし、仕事はあまりしない。




