第7話 無口な弟弟子
死体運びからの帰り道、路地裏にぼろ雑巾のように人間が転がっていた。呼吸は浅く、泥だらけで、つついてもピクリとも動かない。
「ツツミ!人が、倒れてる!助けないと!」
「そーだねー」
私はその顔を見て深くため息をついた。なんて幸せそうな顔で寝てやがるんだか。
「呼吸はある!よかった……」
「まあ、そうだろうね」
「怪我をしているかもしれない、医者を呼べばいいのか!?」
「いや、大丈夫だよ」
タイジュをどけて、そのムニムニの頬をペチペチと叩く。すると、薄く目を開けた。
「……?……!!」
「そんな雑に起こして大丈夫なのか?!」
「寝てるだけだからね」
サカイ=フウガ。伝説の傭兵サカイ=ミンの弟子であり、私の弟みたいな奴だ。
こいつはタイジュ以上のお人よしで、それどころか組織の過剰な生体改造の影響でブレーキがぶっ壊れている。
それ故に、おばあさんの荷物運びから、怪物退治まで何でも頼まれたら引き受け、こうして限界を超えたらその場で寝る。
人呼んで人助けマシーンだ。
フウガは私を見るなり、瞳を輝かせ、首から下げたホワイトボードにペンを走らせた。
『ミズナ、あえて、うれしい』
「そうだな。フウガ、たてるか?」
フウガは黙って頷くと立ち上がり、私に抱きつく。自他の境界が薄いのか、なつき方が犬みたいだ。
「……」
タイジュが口を歪めてそれを見下ろす。その視線が痛い。きっと、いい年した大人同士、人前でこんなことするなってことだろう。
全く、フウガもガキじゃないんだから、弁えて欲しいものだ。
「おい、離れろ馬鹿フウガ」
フウガの頭を押し返して、引き剝がす。
「タイジュ、悪いけどこいつをどこか安全な場所に連れて行ってくれないか?」
「わかった。俺の家に連れていく」
「いやいや、リント怒るでしょ!」
「大丈夫だ、問題ない」
「それ、大丈夫じゃない奴……」
何を思ったのか、タイジュはまるで猫を拾ったかのようにフウガの襟首を掴んで持ち上げると、そのままひょいと背負った。
フウガはキョトンとし、ホワイトボードに『ありがとう、おおきいひと』と書く。
1区大通りの一角、キハラ幽玄遺物商店。4階建ての瓦屋根のビル一棟がタイジュの家であり、リントの根城だ。
その一階、遺物買取屋の暖簾をくぐり中に入ると、奥の畳の上でリントがそろばんを弾いて帳簿をつけていた。
客間のソファーの上ではリツが寝てるのが見える。
「あら、いらっしゃいませ……って、何ですか。その汚い荷物は」
リントが顔をしかめながら、鼻をつまむ。
「姉さん、行き倒れだ。何か食べ物はあるか?」
「昨日の残りならありますけど……」
「取ってくる」
タイジュはフウガをその場に降ろし、奥の部屋に入っていく。
「はぁ、優しい子に育ったのはいいんですが、タイジュはお人よしすぎですよ……」
「リントも大変そうだねー」
「全くです」
リントは着物を翻して立ち上がると、下駄をはいてソファーに近づく。そして、そのままタオルケットを引っ張った。
ガツンと音がしてリツが地面に転がる。
「ぐはっ!」
「リツ!起きなさい!」
「痛ってー……なんだよ、リント。折角いい夢を見てたってのに」
「客人にその汚れたソファを譲ってください」
「やれやれ、わかったよ」
フウガに目を遣ると、リツはため息をついて起き上がり、タオルケットを持って畳に上がり再び眠りだした。
「ミズナ、そこの彼、ソファにでも座らせてあげて」
「はいはい」
フウガを引っ張り、ソファに座るとフウガは私の元に寄ってきて、膝の上に頭を乗せて来た。
「知り合い?」
「まあ、弟みたいなもの」
「弟というより、さながら猫ね」
「いや、これは犬だよ」
引き剥がそうと四苦八苦してると、奥からお茶とオニギリを持ったタイジュが現れた。そして、こちらを見るや否や、やけに足音を響かせながら乱暴にフウガの前の机に盆を置いた。
「……仲がいいんだな」
タイジュがボソッと呟く。気のせいか、その声はいつもより硬い。
「こっちとしては懐かれすぎて面倒だよ」
「そうか」
その時だ。カランカランとけたたましく鈴が鳴り、店のドアが開いた。
「タイジュ君!最新鋭の反重量装置持ってきたよ!」
香水の匂いと共に飛んできたのはいつものアキカだった。キハラ幽玄遺物商店御用達の修理屋という側面もあるので、よく来るのだ。
嵐のように現れ、去っていく。そんな彼女が、今日は凍り付いていた。
「……は?」
視線は明らかに私の元に注がれている。まあ、それもそうか。
フウガは世間一般で言うと、イケメンらしい。そして、それを複雑な顔で見つめる最愛の人。ショックで脳がショートしたに違いない。
「ちょっとミズナ!タイジュだけじゃ飽き足らず、今度は年下の男の子にも手を出す気!?この前もカイセイと一緒にいたし!ミズナのハレンチ!」
「いや、違うって」
「何が違うのよ!そんなにいちゃいちゃして!」
膝枕でウトウトしてるフウガを指さし、アキカは激昂する。どかそうとしてるのだが、異常な力で押し返されて迷惑なのに、さらに面倒な事態になっていく。
当人はキョトンとして、ホワイトボードに『このひと、おもしろい』と書いて嬉しそうだし。
助けを求めるようにタイジュに視線を向けるが、タイジュは顔を逸らす。
「タイジュからも何か言ってよ」
「俺は別に二人がどんな関係か知らない」
「ちょっと、誤解しかない言い方はやめてくれよ」
「やっぱり、二人は……!!」
アキカの止まらない勘違い、何故か不機嫌なタイジュ、楽しそうなフウガ。収拾がつきそうもないこの事態に頭を抱える。
「……はぁ、それで何です?」
この惨状を切り裂くように、リントの冷徹な声が響く。
「騒がしくて邪魔です。やることやったら出て行ってください。出ていかないようなら、場所代を請求しますよ。勿論、タイジュ、あなたにもです」
リントは長いレシートを振って見せる。そこには、達筆でソファ占有代、お茶代、飯代、慰謝料で5千イェンと書いてあった。
その文字を見た瞬間、全員の息が合う。
「「「はあ!?」」」
フウガだけは、ニコニコしながら『はらおうか?』と書いている。
「巻き込まれた側からも金取る気!?」
「姉さん、俺は悪くない!」
「どうしてお金貰いに来たのに払わないとなのよ!?」
「払えないなら、とっとと出ていく。タイジュはフウガ連れてチバ銭湯にでも行ってきなさい」
「……わかった」
「鬼!悪魔!」
「金の亡者!」
私とアキカが罵倒する中、フウガはリントにホワイトボードで
『あいさつ、わすれてすいません。ぼくはフウガです。ごはんのおれいに、おんがえし、したいです』
と書いている。
「それなら、フウガは帰ってきたらタイジュと倉庫掃除してください」
フウガは嬉しそうに首を振ってる。元凶のあいつは、図体ばかり大きくなったが、心は子供のままで、どこまでも善意しかなく、却って呆れるほどだ。
「全く、困った奴だ」
「それで、ミズナ。フウガ君とはどんな関係なの!?」
「別に、弟みたいなモノだって」
「ほら出ていく!」
「「はーい」」
アキカと共に店の外に追い出される。既に外に出ていたタイジュとフウガが並んで歩く姿が見えた。
こう見ると、二人はまるで兄弟みたいだ。フウガには私以外、年の近い知り合いが少ないから、このままタイジュと仲良くなるといいな。
「あ!今日の遺物、売りそびれた!タイジュ!後でお金頂戴!」
「わかった。先払いでいいな」
「いや、後ででって……」
「これを持っていけ」
「ありがと!タイジュ!」
「ああ」
タイジュはお金の入った袋を私に押し付けると、フウガをがっちり抱えて去っていった。封筒の中には10万もの大金。
これは、増やすしかあるまい。
「ミズナ、タイジュ君からのお金、賭け事に使わないんだよ」
「安心して、倍にするから」
「はぁ、これだからこの駄目人間は……」
そのまま私は夜の幽玄城塞の歓楽街に消えていく。そのお金が最終的に0になったのはまた別の話。
登場人物
ツツミ=ミズナ:本作の主人公。三度の飯より賭けが好き。
キハラ=タイジュ:死体運び屋の後輩。いかつい見た目と異なり、温厚な性格。
サカイ=フウガ:ミズナの弟弟子。過去の怪我のせいで喋ることができない。
キハラ=リント:タイジュの姉。キハラ遺物商店の店主で、金にがめつい。
ヤマガタ=アキカ:キハラ遺物商店御用達の修理屋兼ジャンク屋。口うるさい。
カサイ=リツ:老けてるように見えるがまだ20代の傭兵。寝てばかりでやる気が無い。




