第6話 討伐賭祭
「ウゥゥゥゥウゥゥゥゥ――!!」
警報音がけたたましく鳴り響き、街が赤い光で染まる。しかし、道行く人は焦る様子もなく、却って歓声をあげ始めた。
幽玄城塞8区では警報音はヤバい時のサイレンではない。月に1度か2度訪れる『祭り』の始まりの合図だった。
「おー、来た来た!」
シェアハウスの屋上で洗濯物を干す手を止め、近くのビーチチェアに腰掛け、街を見下ろす。
砂埃を上げながら重厚な鉄の隔壁が天井から降ろされる音が町中から聞こえる。路地の屋台は手際よく畳まれ、遊んでいた子供たちが騒ぎながら屋上へ駆け上がっていく。
「今日は16階の『甲殻種』だ!オッズはなんと最大300倍だぞ!」
ツチダがトランジスタラジオを掲げながら駆け上って来た。そこから実況中継が流れているのが聞こえる。
「私も今から参加してくるか!」
「ツチダ、やめとけって。武器もまだ見つかってないのに、ステゴロは自殺行為だよ」
「仕方ない、単勝は癪だがアリエに賭けておくか」
「あいつ、オッズ5倍くらいで、勝率はまあまああるもんね」
ツチダは携帯端末から自治会に掛け金を入金する。
怪物のスタンピードが起こる時、掛け金システムを導入したのはリントだ。自治会主催の賭け事。怪物をどの傭兵が多く倒すかという簡単な賭けだ。
これにより、今まで嫌われていたスタンピードが却って人気になった。それどころか、自治会費も潤ってるそうだ。やはり、金に関してアイツは策士だな。
「今日も暑いったらありゃしないわ」
「そうね。ミズナ、洗濯物干し終わった?」
ニイヅマとカマタも瓶ビール片手に屋上に登って来た。しっかり、私とツチダの分もある。
「勿論。あれ?ニイヅマさん、その手に持ってる望遠鏡は?」
「これ?これリントちゃんが売ってた『観戦セット』よ。霧の向こうも見通せる凄い望遠鏡よ」
「それ、5000イェンで売ってたわね」
「フツーにいい値段じゃん、あの守銭奴……」
流石は遺物商、変なものをイベント限定と言って売りつけるのも得意って訳だ。
カマタからビールを受け取り、栓抜きで瓶のふたを開ける。小気味いいプシュッという音と共に開くなり、渇きに負けて直ぐに喉に流し込む。
苦みと炭酸が口を抜けていき、特有の後味とアルコールが爽快感をもたらす。やはり、喉が渇いたら、ビールに限る。
「そろそろ現れる頃合いね。ニイヅマさんは誰に賭けたんですか?」
「私はサカイ君ね」
「サカイのおやっさんのこと、サカイ君って言ってるのニイヅマ位だぞ」
「フウガと紛らわしいからニイヅマさんもサカイさんとかって言えばいいのに」
「でも、なんか彼はいつまでも若い気がしちゃうのよね」
「流石長命種」
ニイヅマさんは見た目は30かそこらの女性だが、我々と違って何千年も生きる種族の亜人だ。それ故に、私らと感覚がズレてる。
「それで、ミズナは誰に賭けたの?」
「フウガ。デビュー戦だからオッズ高いけど、アイツなら優勝するでしょ」
「身内情報ズルいぞ!」
その時、地響きと共に壁にあるシャッターが破壊され、地下の暗闇から無数の『それ』が姿を表す。
車ほどの大きさがある黒光りする胴体、鋭い八本の足、赤くぎょろっとした眼球。16階の甲殻種だ。蜘蛛みたいな見た目だが、その生体は蟹に近く、普通に美味い。
それが何百体もぞろぞろと現れると、圧巻だ。
その前に100人ほどの傭兵たちが現れ、辺りから「おおーっ!」と歓声が上がる。自治会の傭兵たちだ。
「今回のは大きくて、美味しそう」
「ミズナなら、どう倒すの?」
「足を斬って、倒れたところを斬る。その後に、細かくして茹でて食べる」
「元々は養殖用の蟹だったのに、変異でこうも大きくなるとはね。生命って不思議」
「唐突に明かされる古代都市の秘密!?ニイヅマさん、やはりアレは蟹であるのか!?」
「そうよ、ツチダちゃん」
ツチダとニイヅマが歴史談義に花を咲かせている間に、勝手にポテチの袋を開けて食べる。
「ねえ、ミズナ。あれ、フウガじゃない?」
カマタが指さす方向に、黒いマントをたなびかせ、刀を振るうフウガの姿があった。周りが苦戦している中、フウガは居合で次々と蜘蛛を一刀両断にしていく。
「さっすが、ミズナの弟弟子」
「でも、怪物相手に戦い慣れてないから、トドメを刺し切れてないね。それに、討伐証明の砂袋も取ってない。あー、私、金をドブに捨てたかもしれないー……」
「ドンマイ、ミズナ」
フウガの隣では1位常連のサカイが大剣で次々に蜘蛛を一刀両断にしていき、着実に砂袋を集めているのが見えた。流石は伝説の傭兵、50過ぎても衰えを知らない。
「ミンさーん!」
「私と結婚してー!」
黄色い歓声が辺りから沸き起こる。サカイはイケオジとしても人気なのだ。弟子としてはどうしてあのクソジジイがどうして人気なのか、よくわからない。
「ジジイに負けてらんないな!」
屋根から赤い影が飛び出し黄色い悲鳴が沸き起こった。赤いマントに褐色肌のイケメン、ショクだ。こう見えて、女吸血鬼なのだが、何故か女にモテる。
ショクは直ぐに死骸の体液を操って爪を作るなり、蜘蛛の足を斬って回る。
「カイセイ!とっとと倒せ!」
「全く、主人使いが荒いな」
同じく屋根から青いマントが飛び出し、悲鳴が湧き上がる。
「カイセイきゅんだー!きゃー!!」
隣からも悲鳴があがり、思わず耳を塞ぐ。アイドル的立ち位置の傭兵、アリエ=カイセイ。性格が終わってる兄弟子なのだが、ショク同様イケメン故に一般人の人気が高い。
カイセイは次々とショクが動けなくした怪物を倒して回った。
カイセイとショクのコンビ実力は申し分なく、もう一人の1位常連だ。
「カイセイも頑張ってるが、今回はサカイだろうな」
「ミズナ!カイセイきゅんが勝つんだから!いい!?」
「はいはい」
その騒ぎの中、ランキングにいつも入らない影の実力者がいた。彼は自治会の傭兵ではない、自治会会長の傭兵のため、ランキングには居ない。
いつも酔って仕事をしないのだが、戦いの腕だけで言うなら恐らく私と同等位はあるはずだ。
「ミズナ、眠っていい?」
「リツ、仕事しろ。姉さんに言いつけるぞ。ミズナからも何か言ってくれ」
「82番、援護狙撃」
「あいよ」
無線で合図すると、すぐに遠くのビルの給水塔から乾いた音が聞こえ、蜘蛛の甲殻が弾け飛ぶ。
「次は?」
「27番と46番」
「りょうかーい」
つい一昨年まではあの現場に居たのだが、今はこうして高みの見物を許されている。その分、会長のリントからリツを手伝うように言われていた。
リツが倒すことでオッズ調整をしているのではない。新人の傭兵が無駄死にすることを防止するためだ。傭兵だって安くない。
「まあ、見る側も悪くないか」
ピークが過ぎたのか、サイレンが鳴りやみ、シャッターが上がり始める。蜘蛛の亡骸はすぐに解体されて、合成肉にされて売られるだろう。
「あ!ミズナ!いつの間に私のポテチを食べたな!許さんぞ!」
「塩バター味、また買ってきてくれ」
「私はコンソメ派」
「かくなる上は、決闘だ!!」
蜘蛛の全てが倒され、警報解除の『遠き山に日は落ちて』のサイレンが静かに響く。祭りの終わりの寂しさを含み、地下都市はこうして日常がもどっていくのだった。
登場人物
ツツミ=ミズナ:賭け事でいつも負ける主人公。果たして今回は如何に。
ニイヅマ=トミ:30代ほどの見た目だが実は数百年生きてる長命種の女性。同居人で大家。
カマタ=カヨ:同居人。女優に憧れた結婚詐欺師。ツツミの前では禁煙を心掛けている。
ツチダ=ケイ:同居人。革命家の女性。本人曰く、いつかこの階層で区切られた社会を壊すらしい。
サカイ=ミン:50代のイケオジ。伝説の傭兵だがまだ現役。ツツミの師匠の一人。
サカイ=フウガ:ミンの養子であり弟子。新米傭兵だが戦闘力は最強クラス。
アリエ=カイセイ:貴族出身の傭兵。イケメンで、人気者でモテる。ツツミの兄弟子。
ショク:イケメンの女吸血鬼傭兵。カイセイと主従契約をしている。




