第5話 麻婆焼きそば
咳き込みと同時に目を覚ました。
「ミズナ、薬?」
息ができないので黙って頷く。すぐに、ニイヅマさんが吸引器を差し出してくれた。
薬が効いて来て、やっと一息つける。
「ニイヅマさん、助かった」
「その血、ちゃんと洗ってね」
「もちろん、分かってるって」
昨日は化け物と相当ドンパチした影響がまだ体に残ってるらしい。痛む関節を動かして起き上がり、カゴを持って裏にあるコインランドリーに向かう。
ランドリーには既にカマタの姿があった。
「おはよ、ミズナ」
「おはよう、カマタさん。ツチダさんは?」
「今日も啓蒙活動だって出かけて行った」
「そっか」
この一週間の汚れた服を乱暴に洗濯機に詰め込んで、コインを入れた。そして、近くにある椅子に座ってドラムが回る様をぼんやりと眺める。
「酷い顔色。私見てるから、寝直して来たら?」
「目が冴えて、眠れない」
「なら、顔を洗ってきなさい。口の端に血、ついたままよ」
「本当だ。じゃあ、カマタさん、よろしく」
水道で顔を洗っていると、知ってる無精ひげの男と出くわした。その手にはビール瓶。昼から既に出来上がってる様子だ。
「ミズナじゃん。元気?そうでもないか」
「またサボり?てか、酒臭いんだけど」
「まあ、これが無いと生きていけないからな。そうだ、今からタイジュと飯行くんだが、お前も来るか?いや、来るよな」
「いや、お金ないって。ちょっと、リツ!?」
流石は凄腕の傭兵。バッドモードの今の私が抗える訳も無く、腕を引かれるがままに連行された。
階段を降りて、細い路地を進み、看板だらけの通りに出る。そこに目立つ赤と黄色の看板の店の前でリツは立ち止まった。
店のドアの前にはフードを被って腕を組んで俯くタイジュの姿があった。
「リツ、遅い」
「悪い悪い、まあこれで許してくれって」
「これとは何だ、これとは」
「ツツミだ。リツ、わざわざ連れて来たのか?」
「俺の奢りだ。駄目か?」
「すまない、ツツミ。俺がリツを見張らなかったせいで」
「タイジュは悪くないって。あとで、リントに報告しておいて」
「勿論だ」
「お二人さん、さっさと中に入るぞー」
暖簾をくぐり、中に入ると熱気と油と香辛料の香りが三人を襲う。店内の人は誰もが顔を真っ赤にして、目の前の食べ物を夢中に口に運んでいるのが見えた。
「あれは、何だ?」
「初めて見る料理かも」
「大人3人、全員、『麻婆焼きそば』で」
「はーい。麻婆焼きそば3人前、了解でーす」
「お前ら、麻婆焼きそば食えな」
「まだ注文を見てない」
「勝手に決めないでよ。すいませーん!」
「いいから、食えって」
酔っ払いに強引に席に座らせられ、十分後。
机の上には茶色の山が三つ出現した。
パリパリに揚げられた茶色い硬麺。その上に、ドロリとかけられた真っ赤な麻婆豆腐。そこからは湯気が立っていて、香辛料の香りが漂う。
美味しそうではあるのだが、量がかなり多い。果たして、食べきれるのだろうか。
「これ、食べられる気がしない……」
「いただきます!」
「いただきます!」
男二人が躊躇なく割り箸を割り、豪快に麺を砕いてバリボリと噛み砕いて食べ始める。
「熱っ!でも旨い!おばちゃん!ビール!」
「これは……うまいな」
寡黙なタイジュが思わず呟くということは、それは相当美味いということだ。
本当に、元気な時に食べたかったものだ。
「ツツミは食べないのか?」
「いや、その……」
食欲が無いとは、この寂しそうなタイジュの顔を前にしては言えなかった。
「まあ、食べるよ」
味は案の定、美味しかった。パリパリの麺に絡まった旨辛の麻婆豆腐。複数の疑似香辛料が合わさり、安い油特有の風味を消していて美味しい。それに、合成肉とは違う豆腐の口触り。大豆からできてるのに、柔らかく口当たりがいい。それが辛味を中和し、味にコントラストを付ける。
だが、油が強すぎて胃がもたれた。四口目で箸が止まる。美味しいのだが、具合悪さが勝って来た。
「……」
「もういいのか?」
既に食べ終わったリツが爪楊枝を咥えながら聞いてくる。
「ごめん、朝食べすぎちゃってさ」
強がって笑っておく。残すのは申し訳ないが、悪いのは無理やり連れて来たリツだ。仕方あるまい。
その時、隣から太い腕が伸びてきて、そっと皿を引き寄せた。
「え、タイジュ?」
タイジュは何も言わずに、自分の空になった皿の上に、私の食べかけの皿を重ねる。そして、当たり前のように食べ始めた。
「人の食べかけ、食べるのは良くないんだけどな……」
「勿体ない」
タイジュはモグモグと口を動かしながら答える。
「いいかミズナ。タイジュは、食い意地は凄いんだ」
「まあ、見るからにそうだよね」
アキカが居たら間接キスだとか騒ぐのだろうか。まあ、ロマンチックな展開というより、後輩のガサツな一面が見える展開で、ときめきなんてないのだが。
「通りでいつもタイジュのカバンは缶詰ばかりな訳だわ」
「……ごちそうさま」
「美味しかったし、リント誘って行くか」
「そうだな」
店を出ると、外の空気は少しだけ冷たく感じた。その時、ふとタイジュが無言で上着をかける。
いつの間にかリツは千鳥足で随分先まで行っていた。
「顔色、悪いぞ」
「バレてた?」
「歩けるか?」
「流石にそれは大丈夫。ありがと、タイジュ」
「どういたしまして」
やっぱり、タイジュはいい奴だ。気遣いができるし、将来はきっといいアキカの旦那になるだろう。
だったら、私は深く関わらない方がよさそうだ。
「次は、あっさりしたのにしよう」
「いい所、教えてね」
「わかった」
偶にはこういうのも悪くない、そんなことを考えながら私は家路につくのだった。
登場人物
ツツミ=ミズナ:本作の主人公。死体運び屋。色々あって、昔より戦えない。
キハラ=タイジュ:死体運び屋の後輩。寡黙な性格なのだが、ミズナにはよく喋る。
カマタ=カヨ:ミズナの同居人。結婚詐欺師。シャンソン歌手。
カサイ=リツ:傭兵。酒飲みだが、凄腕のスナイパー。




