第24話 お茶とシャンハイ焼きそば
幽玄城塞10階8区から、半階ほど上がった場所にある6区、通称「迷路」。
名前の通り、違法建築による増築を繰り返した結果できた、まさしく迷路のような街だ。無秩序に通路と階段があちらこちらに作られ、中にはすぐ行き止まりになる場所も多いし、手すりの無い外通路伝いでないと行けない場所も多い。
「リント、そっちは行き止まり。右から一旦外通路に出て階段を上る」
「べ、別に分かってます!今のは少し、その、確認事項があっただけです!」
リントは顔を真っ赤にして言い訳をして、後ろからついてくる。
「全く、どうしてここはこんなにも複雑なのかねー」
「タマエ婆さんに聞いた話ですが、昔、ここらを取り仕切っていたカジモドというガンスミスがいたらしいですよ。しかし、カジモドの作った銃によって命を落とした奴らが彼の一家を呪い、一族は皆、事故に遭って次々に死んだそうです」
「それと、これとで何の関係が?」
「その時、カジモド夫人が唯一生き残った一人息子を守るために霊媒師を頼った結果、屋敷の増築を行い続けないと全員死ぬと言われ、増築が始まったそうです。そうして、6区を巻き込んで増築され続け、そこに人々が勝手に住み着いて6区が生まれたそうです」
「へぇー。で、そのカジモド一家はどうなったの?」
「無事に家が続いて、今では銃を売るのではなく、工事請負をしてますよ」
「お家とか、大変そうだねー。あ、リント、そっちの階段じゃなくて、こっちの壁沿いの階段の方」
「……今のは景色を見ていただけです!」
若くして自治会会長になるだけあって、商才と金勘定においては完璧なリントだが、唯一の弱点が『方向感覚』だった。
自分の店がある1区で迷子になったのを前に助けたことがある。
「あー、ただ働き最悪ー」
「タダではないですよ。ちゃんと、借金を減額してますから。500イェン」
「時給5イェンじゃん!?時給がゴミ回収より低いじゃん」
明日の作戦の事もあるが、リントの依頼は引き受けた。面倒ではあるが暇だったし、タイジュの目が覚めない原因の一端は私にあるからだ。それに、方向感覚は徹底的に鍛えているから、道案内程度、難しいことは無い。
外階段から中通路に入り、上へ上へと登っていく。
するど、段々と特有の腐ったようなヘドロの匂いが減ってきて、ふっと高級な『植物』の香りが漂ってくる。
6区最上階、ガラス張りの温室の中に目的地はあった。
「着いたよ、リントのお気に入り」
錆びた鉄製の看板に、『ミウラ茶舗』という名前が書いてあった。
銃で武装したフルアーマーの人たちに通行証を見せて温室の中に入る。最近は何かと物騒らしく、高級店はこれがデフォルトらしい。
中に一歩踏み出した途端、すぐに一面の茶畑が見えてきて、茶葉の香りで肺が満たされる。通路の左右にある栽培されている茶葉は、どれも綺麗に青々と茂っている。
その向こうにある木小屋のドアがカランコロンと開き、初老の男が現れた。
「リントさん、いらっしゃい。今日もいつもの奴かい?」
「そうです。注文していた緑茶をお願いします」
「はいはい、ちょっと待っててくれな」
店主のミウラが奥から缶詰の入った紙袋を持ってきて、リントに渡す。
「これでいいかい?」
「はい、いつもありがとうございます」
「そうだ、時間があるなら今日も少し休んでいきなさい」
「それなら、お言葉に甘えて。ありがとうございます」
木小屋の隣にあるパラソル付きのテーブルにつき、ミウラさんの出してくれた緑茶と菓子をリントが食べるのを眺める。
どうやら、私の分は無いらしい。
「ねえ、リント。このイガイガしたお菓子は何?」
「これは金平糖です。砂糖で作る高級なお菓子ですね。一粒で1万イェンはしますよ」
「へぇー。私にも一個頂戴」
「断ります。ミズナみたいな馬鹿舌に食べさせるなんて、勿体ないですから」
「ケチ、貧乏性、心狭い奴」
「貧乏人が何言っても聞こえませーん」
リントはそのまま金平糖を一斉に頬張る。
「あ!」
「おうあいあえーん」
「酷い!この守銭奴!」
リントは優雅にお茶を飲んで、聞こえないふりをした。
久々に、彼女が笑っていて、それはそれでいいかと一瞬思いかけるが、やはりそれでは腹の虫はおさまらない。
仕返しに飲んでいたお茶を奪って飲み干す。
ほんのりとした苦みがありつつも、すっきりとした味わい。鼻腔に抜けていく茶ばの香り。茶葉以外に混ぜているようで、後味はやや甘め。
だが、とても美味しかった。
「あー!私のお茶!この泥棒!」
「美味しかったわー。ありがとさん」
その後、しばらく言い合いになったが、ミウラが来て気まずくなったのは言うまでもない。
そそくさと退散し、帰りの迷路街。お茶のやり取りのせいで、お互い無口のまま進む。しょっちゅうリントが道を間違えるので、そのたびに引き戻す必要性はあったが。
外階段を歩いていると、上から換気用の風が吹きつける。夕方だからか、その冷たさに思わず身震いした。
「寒いですし、何か食べていきますか?」
「奢ってくれるならいいよ」
「借金として、後で徴収しますから」
「ちぇっ、ガメツイ奴。そんなんだから、まだ独身なんだよ」
「余計なお世話です。というか、ミズナも人の事、言えないですよね?」
「私はいいんだよ。どーせ、長くないし」
「……少しは、残される人間の事も考えてあげてください」
「……」
帰り道から少し逸れて、6区の下層よりの路地裏に赤い暖簾の店がある。看板は無いが、家に帰る途中の人が何人もその店に入っていた。
無論、私たちもその人たちに含まれる。
カウンター席の丸椅子に腰かけ、頼むのは一択。『シャンハイ焼きそば』だ。
ソース焼きそばと違い、シャンハイ焼きそばは魚ベースの合成肉、モヤシ、謎の黒いビラビラした食材、そして貝風味のソースで炒められた焼きそばだ。合成蛋白質と違い、魚ペーストを用いているからこその香ばしさが病みつきになる。
しかも、この店はこの一品しか売らないから故に、来るのが早い。注文して10分もしない内にすぐに皿に乗った焼きそばが出された。
硬めに茹でられた太麺を啜る。太麵にしっかりと甘辛く、コクの深いソースが絡みついていて、塩味が歩き疲れた体に染み渡る。
セルフサービスの水を一気飲みする頃には、皿は空になっていた。
「あーあ、食べた食べた」
「その程度で足りてますか?お金が無いのなら、多少はおかわりしてもいいですよ」
「少な盛のハーフくらいで十分なんだって。逆に、リントは大盛食べれんの?」
「別に普通ですよ」
「ジャンクフード大盛ばかりで、よく太んないね」
「消費カロリーが摂取カロリーを上回ってればいいんですよ」
「はいはい、物知りは違うねー」
リントに全部支払ってもらって外に出る。食後の火照った体に、冷たい風が逆に心地よく感じた。
「借金がまた増えたー」
「別に、さっきの分は払わなくていいです」
「え、おごり?」
「道案内の手間賃です」
リントはそう言い残すと、そそくさと歩き出す。勿論、道は完全に間違っているが。
「……借金、踏み倒すのが申し訳なくなってきた」
「何か言いました?」
「道間違ってるって言ったの!ほら、こっちだって」
「わかってますよ!少し食後の散歩をしていただけです!」
明日、全てが終わる。
最後の思い出がリントとの飯なのは納得いかないが、まあ人生なんて上手くいかないものか。
リントがこうしてまた笑ってくれてる方が、タイジュも目覚めた時、嬉しいだろうし。
遠くで町内放送が流れる。今日も平和に幽玄城塞の一日が終わっていった。
登場人物:
ツツミ=ミズナ:この物語の主人公。一度通った道は全て暗記できる特技がある。
キハラ=リント:キハラ遺物商店の店主であり自治会会長。絶望的な方向音痴。リツが居ないと何処にも行けないほど。




