第23話 ジャズバー
「……できることはした。後は、目覚めるのを祈るだけだ」
ドアの向こうで、カナタは厳しい声が聞こえた。
「……助かるんですか?」
震える声でリントが尋ねる。
「五分五分。怪我が酷すぎる。リツの到着が数秒でも遅れてたら、死んでいた所だった」
「……」
鉄の女と言われてたリントが、嗚咽を上げながら、その場で泣き出した。その声から耳を塞ぐように、布団を頭から被る。
最強と言われたくせに、人一人助けられない。それどころか、こうしてベッドの上から動けないでいる。
遠くで銃声が鳴り響き、怒号が飛び交う。
今、自治会の傭兵たちがリントの指示で掃討作戦をしているらしい。そのお陰か、翌朝には「純人真理教団」の影も形も街から消えた。
だが、3日経っても、タイジュは目覚めなかった。
――
1区の大通りの外れたところ、半地下になっている通路の脇にある「JZZ」と点灯しているネオン看板の下の階段を降りたところに、「ブルー・ホエール」はある。
カマタが歌うからと誘われて来たのだが、彼女の出番まで暇なのでカウンターの隅でカクテルをかき混ぜていると、隣に座る影があった。
「どうも、ミズナ」
「どーも、リツ。リントは最近どう?」
「タイジュがああなってから一週間、ずっとお百度参りしてる」
「オヒャクドマイリ?」
「ジンジャに百回祈ると、何でも願いが叶うんだとかいう奴だ。こうなったら、どこの神であろうと、祈りたい気分なんだろうよ」
「ふーん」
柑橘類風味の合成物質が巻き上がり、雪のようにカクテルの下に沈んでいく。
「ミズナ、知ってるか?この街ではな、銃はリントが取り締まってたはずなんだ。自治会の許可証が無ければ持てないようになってる」
「知ってる。『純人真理教団』はここらでは流通してない物理銃を持ってた」
「ああ、レーザー銃じゃなくて、お前さんの持ってる奴みたいなのとな」
「『ソシキ』か」
「イラガという奴を知ってるか」
「……知ってるし、この手で殺したよ」
イラガ=ダイキ。『ソシキ』の元No.1の殺し屋だ。
かつてはタッグを組んで、数々の任務を達成してきたが、あいつが『ソシキ』を裏切り、私が殺した。
あの時の斧で首を刎ねた感覚は今でも手の中に残っている。
「だから、生きてるはずが無い」
「生きてるって言ったら?」
「いやいや、ありえないって。死体を燃やすところまで見たし」
「それがどうやら、違うらしいんだ」
リツはそう言って懐から写真を取り出した。採掘屋に紛れて、上層からエレベーターで降りてくるイラガの姿が確かに映っている。
しかも、6年前の頃と全く同じ顔で。怪我の位置、入れ墨の位置まで全く同じだ。
「……」
「『純人真理教団』を使って、10階に混乱を与えて、自治会の座を奪って幽玄城塞の採掘物の販路の強奪を画策しているらしい」
「……そのために、タイジュを狙ったって訳ね」
「ああ。リントが強硬手段を取ったからな」
「……そっか」
テーブル席の方から拍手が沸き起こる。
振り返ると、スポットライトに照らされて、真っ赤なドレスをきたカマタが入って来た。
彼女がマイクの前に立つと拍手が鳴りやみ、すっとピアノやサックス、フルートの音が始まり、ゆったりとした音楽が始まる。
『その瞳に私は思わず目を伏せて 彼の口元にはかすかな微笑み』
そう始まる愛の歌だった。名前は知らない。だが古い有名な曲だ。
「結婚詐欺師が愛の歌を歌うとは」
「随分といいじゃねぇか」
「カマタがこんなに歌が上手いって知らなかった」
その声には、今まで重ねて来た偽りの愛の言葉とは違う、本物の想いが籠っているように思えた。
「今日はどこかにいる息子を思って歌ってるらしいよ。旦那と別れるときに、離れ離れになって、今は生きてるかも分からないらしい」
「そうか」
リツの横顔を見る。かつての恋人の事でも考えているのだろうか。その目の焦点は何処にもあってなかった。
『あなたの人生を私にくれないかしら そしたらいつも バラ色の人生なのに』
『ソシキ』の残党がまだ居たとは。タイジュがああなったのは、あの時、完全に殺し切らなかった私の責任だ。
イラガを何とかしないと、今度は10階のみんなが危ないかもしれない。
曲の終わりと共に、カクテルを一気に飲み干す。甘ったるくて、薬臭い。美味しいとはとても言えない。
だが、目は覚める。
「……リツ、イラガはどこにいる?」
「行くのか?その体で行ったところで、死ぬだけだぞ」
「私にイラガの話をするってことは、殺しの依頼でしょ?」
「違うな、依頼じゃなくて誘いだ」
リツも手元のバーボンを飲み干し、『促進剤』をカウンターの上に置いた。
そして、シャツを捲り上げる。筋肉質な腹筋の皮膚の一部が黒く石化していた。まるで、自分の胸と同じように。
「そっちも長くはないってことか」
「お互い、好きな奴の為に死にに行かないか?」
「リントなんかの為に、馬鹿な奴」
テーブルの『促進剤』を受け取り、ポケットに仕舞い込む。
結局、私たちは『殺し』でしか、生きてけないようだ。
「それで、決行は?」
「三日後だ。自治会の関わってない遺物の大規模な裏取引が12区の倉庫で行われる。そこで、殺す。雑魚は俺が引きつけておくから、お前はイラガをやれ」
「わかった。リツ、『促進剤』を使ったことは?」
「深階旅団に純粋な人間は居ないって、知らなかったか?」
「通りで、20階より下に行けるわけだ」
どうせ、長くもない命。せめて、好きな人の為に使えるのなら、悪いことは無い。私の人生をあげることで、タイジュが幸せに生きていけるのなら。
「死出の門出に」
「乾杯」
グラスの触れ合う音が、ジャズの音に溶けて消えていった。
登場人物
ツツミ=ミズナ:主人公。イラガの事は良く思ってないどころか、不穏分子として昔から嫌いだった。
カサイ=リツ:自治会の傭兵。シマダ=ユウヒの元に行きたいと思いつつ、リントを見捨てられないでいる。
カマタ=カヨ:ミズナの同居人。女優に憧れて8階まで上階したが、上手くいかず、妊娠したことで女優業を諦めた。




