第22話 雨の日
石油ストーブの匂いと、コトコトというヤカンのお湯が煮える音。じきに、高い笛のような音を出して、この部屋の主人を呼び出すことだろう。
外を見れば、窓を打つ排水の雨垂れ。今日は一際酷いのは、多分、地上でも雨が降ってるからだ。
いつもより、気温が低いはずなのに、熱さから寝返りと同時に、布団をはぐ。
すると、タイミング悪く部屋の主が帰って来た。
「ほら、そんなことしてるから悪化するのよ。ちゃんと、布団に入ってなきゃ」
「……暑いんだよ。ストーブはやりすぎ。11階じゃないんだから……」
「知ってる?早く治すには暑い方がいいらしいわよ」
「……それ、誰情報?」
「経験則。ほら、氷枕」
アキカが乱暴に水を入れた袋を投げ渡す。油で汚れているどころか、氷なんて一つも入ってない。
とてもじゃないが、使う気にはなれなかった。
「ただの汚れた水袋じゃん。はぁ、帰る」
そうは言ったものの、既に視界がグルグルしている今の状態で、歩けるとは思えなかった。
物は試しにと、起き上がろうとするが、すぐに布団に倒れこむ。
「……最悪」
「はっはっは、ミズナのそんな所、初めて見た。そんな顔するんだ。いっつも、人を馬鹿にしたような間抜け顔ばっかりだからね」
「……うっさい。あー、なんで、助けてくれたのがアキカなんだか……」
久々に、「殺し」をしていたら、この様だ。しかも、路地裏で血を吐いて倒れているところを、アキカに拾われた。
なんとも、情けない限りである。
「それにしても、あそこまでの怪我でも、生きてるとは流石『ウットカッター』」
「……そのクソダサイ名前で呼ばないでよー。ほんと、名付けた奴、誰?」
「ソシキの誰かでしょ。木なんてどこにも無いのに、斧を持ってたらそうなるわよ。だって、普通に変人じゃん」
「……最近は、斧持った採掘屋も増えたじゃん」
「最近の話でしょ。てか、大体の連中はミズナに憧れてるだけでしょ」
「殺し屋のどこがいいんだか……」
ふと、ドアの向こうでベルの音がした。
「今のミズナなら私でも倒せそ」
「アキカ、電話」
「はいはい、わかってるわよー」
部屋を出てしばらくして、アキカはコーヒー片手に戻って来た。
「……何だって?」
「カナタちゃん、急患で来れないから、連れて来いってさ」
「……はぁ、仕方ないなー。アキカー、連れてって」
「えー、無理。この細腕で、重いミズナを持ってけると思う?」
「大型バイクに乗ってるくせに……」
「私、か弱い乙女なのよー。ということで、依頼しておいたから。不服だけど」
「……依頼?誰に?まさか、フウガとか?」
「ほんと、どうしてこんな女の方がいいのかしら」
アキカはコーヒーを飲み干すと、乱暴に机に机に置くと、ヤカンを持って部屋の外に出て行った。
この反応、来る奴は大体一人。
「タイジュか……」
釣り大会以来、何かと気まずくて会ってない。
好きなのを認識したとか、そういうのではなく、普通に罪悪感だ。
まず、私はタイジュと釣り合う人間ではない。
先は短いし、金遣いは荒いし、趣味はギャンブル位しかない。それに、元殺し屋かつ現死体運び屋という常人なら嫌煙する仕事の人間。追加オプションとして、借金もある。
顔が良いかと言われれば、別に良くはないし、肉付きは悪いし、愛想も無ければ、気も効かない。
もはや、事故物件だ。
絶対、まっとうな仕事をしている奴の方がいいに決まってるんだが、どういう訳か、かつてアイツの命を救ってから、こんな事態になった。
そして、自分も満更でもないのが、なおの事質が悪い。
本当は、身を引くべきなのに。何もせず、曖昧なままにしているのは良くないことだとわかってはいるのだが。
唐突に、乱暴にドアが開けられる。そして、想定通りの人物が雨に濡れたままの状態でズカズカと部屋に入ってくる。
余程急いで来たのか、フードをしてないせいで、髪まで濡れてる。
「ミズナ!!」
「……ノックぐらい、しなよ」
「大丈夫か!?アキカから聞いたぞ!!酷い熱じゃないか!」
遠慮なく額に手を当てるなり、そのまま抱きかかえられる。
「ちょっ!流石に、それは恥ずかしいって!!」
「急いで連れてかないと!」
「タイジュ!落ち着け!大丈夫だから!てか、せめて背負って!あと、フード忘れてるって!」
「お、俺は、どうすれば……!?」
私を抱えたままタイジュは固まり、情けなく視線をアキカに向ける。アキカは、腕組を辞めてため息をつくと、タイジュのフードを掛け直した。
「落ち着いたらいいんじゃないかな?ミズナも困ってるよ」
「そ、そうだな」
「はぁ、本当、私って損な役回り」
「そ、それで、次は?」
「ミズナをカナタの元に連れていく。OK?」
「わ、わかった」
「……ついでに、御姫様抱っこを辞めてくんないかなー?」
「準備ができたら、さっさと行く。私も仕事があるから、ね?」
「ああ、そうだな」
タイジュに抱え直されるなり、そのまま走り出した。
雨の中、一つ傘の下。
「……何で来たの?」
「ツツミが心配だった」
「……別に、仕事仲間でも何でもないのに?」
「……」
傘が雨粒をはじく音と、タイジュの呼吸音だけが聞こえる。背中に頭を預けながら、目を閉じた。
「……俺、店を開こうと思うんだ」
「……だから、死体運び屋、辞めたんだ」
「丁度、店舗を貸してもいいって人がいたんだ」
「……ふーん……」
「俺みたいな奴らがさ、働ける場所を作るのが、俺の夢だったんだ」
「……よかったじゃん」
「それでさ、もし、よかったらなんだが」
一呼吸置く。
「俺の店で働かないか?」
「……何屋かもわかんないのに?」
「飯屋の予定。半年後には開店する予定だ」
「……そっか」
今までの有耶無耶な関係のままではもう、駄目なようだ。タイジュが未来に進むなら、こちらも決断しなくてはいけない。
「……タイジュ、私さ、もう長くはないからさ。だから……」
パーン。 地下中に響き渡る乾いた音。まるで、誰かが大きなクラッカーを鳴らしたような。
「いたぞ!!鬼だ!殺せ!殺せ!」
「……は?」
地面に投げ出される。辺りには赤と白の頭が尖った形の服装の連中。その手には、拳銃やらナイフやらが握られていた。
彼らは倒れたタイジュを取り囲み、再び引き金を引こうとしている。
雨の中に滲む、真っ赤な色。
「……!」
地面を這ってタイジュの元に向かおうとするが、体が上手く動かなかった。
これが、因果応報という奴だろうか。私が今まで多く人を殺しすぎたから、だから私は大切だと思った人は、殺される。
神様がいるなら、どうか、タイジュを見逃してほしい。死なせるなら、私を死なせてくれ。
目の前で、無数のナイフが振り下ろされる。だが、私には何もできなかった。
登場人物
ツツミ=ミズナ:『ウッドカッター』の異名で知られる殺し屋。本人はもっとカッコイイ名前を望んでる。
キハラ=タイジュ:最近、姉の紹介で知り合ったおじさんから店舗を借りれて嬉しい。
ヤマガタ=アキカ:タイジュが自分の事なんて一切見てないことを気づいてはいるが、想いをまだ持ってる。




