第21話 映画
ガタン、ゴトン、ギシギシ。
いまにも崩れそうな、錆びついた線路を電車が進む。
窓の外からは、街の中央のリフトや、1区が遠く下に見える。
「ミズナ!生きてる?」
「……」
狭い二段ベッドの下段で、布団に包まり、カーテンから離れる。頭の奥に重くのしかかる怠さと、吐き気を紛らわそうと、飴を口に放り込んだ。
「全く、釣りから帰って来てから、こんな調子。ニイヅマさん、何か知ってる?」
「ううん、知らないわ。でも、これで喜んでくれるといいのだけど」
「それにしても、ニイヅマさん、よくこんなプラチナチケット手に入れたわね」
「ああ、8階『グランド・シネマ』の特別上映券、しかもテント内だ!これは、あれか?上層階の人間から奪ったのか?」
「別に、そんなんじゃないわ。昔馴染みのツテよ。ミズナがこれで元気になってくれるといいのだけど」
「これが、ブルジョワってやつか。おい、ミズナ!少しは顔を出したらどうだ?」
「……」
別に、喋れない訳ではないし、タイジュの事が気になるとかそういうのではない。多分。
ただ、何をする気も起きないだけだ。いや、一日中、怠いのもある。
昨日、カナタに言われたのだが、薬を使ってないのに、何故かまた進行してるらしい。
しかも、割と早めに。
定期的な手術をしないと、今度は数カ月で寝たきりだとか。
手術代なんて、払える訳も無く、いよいよもって前以上に終活を考えないと駄目そうだ。
寝たきりになったら、家賃だって払えないし、どこか路地裏で野垂死ぬのだろうか。なら、いっそのこと黙って深階に行くのも悪くは無いか。
寝ているのだか、起きているのだか曖昧な最悪な気分のまま、夜が明け、列車がようやく停止した。
列車を降りると、10階8区とは全く違う空気がした。
8階7区、『退廃的芸術の都』。
誰が名付けたんだか知らないが、そんな変な名前をしている。ここは、かつて存在したらしい遊園地の跡地を利用して作られた町だ。
錆びついた観覧車の骨組みに、無計画に建物やら通路やらが増築され、メリーゴーランドはもはや屋台。
いたるところで、ギラギラと極彩色のネオンサインが輝き、古いジャズの音楽がスピーカーから鳴り響いている。
まるで、昔の夢物語の残骸を寄せ集めた、ハリボテの夢の街だ。
「……相変わらず、目がチカチカする街」
「ほらほら、ぼーっとしてないで、急ぐわよ!上映に遅れちゃう!」
カマタが先陣を切って、人ごみの中をズンズン進んでいく。それを慌てて三人で追いかけて行った。
目的地の『グランド・シネマ』は街の中心にあった。大きなサーカステントを改築した映画館で、入る前からポップコーンの焦げたキャラメルの匂いが漂っている。外の巨大モニターでも映画がやっていて、そこには人だかりが既にできていた。
それを横目に、適当に飲み物とポップコーンを買い、ニイヅマさんに続いて、入り口の人にチケットを切ってもらい、中に入る。
映写機の回る音と共に、知らない商品の広告が流れていく。大体は、上階で販売されている商品だ。多分、この先、一生買うことは無いだろう。
広告にも飽きて、ウトウトしていたころ、明かりが消えていった。
映画が始まる合図だ。
画面に灰色の空と、白い雪景色が映された。11階の雪とは違う、本物の雪だ。
映画の内容は、ありふれたラブロマンスでしかなく、警察の男と殺し屋の女が出会って、恋に落ちるだけ。
警察の男は、女を捕まえないといけないのに、好きになってしまい、最後は二人で逃げようとするも、女の雇い主に二人そろって殺される。
「私は人を殺しすぎたの。だから、いいの。でも、あなただけは、逃げて……!」
「駄目だ!俺も一緒に死のう!」
ふと、警察の男とタイジュが重なって見えた。
もし、私が似たような状況だったら、タイジュは果たして一緒に死ぬだろうか。
映画館を出ると、最終上映が終わったからかすっかり人気が無くなっていた。
「あー、面白かった!私、明日からあの女優の流し目を練習しよ!」
カマタがふざけて、流し目をこちらに向けて、投げキッスをする。色気のある殺し屋というより、完全に路上で誘ってる女にしか見えない。
「どう、ミズナ?」
「全然、似てない」
「なら、本物がやってみてよー」
「えー」
例に映画みたいに流し目を向けると、カマタが青ざめて一歩下がる。
「こわっ!シャレになってない!今、死ぬって思った!」
「別に殺意はないんだけどなー」
「それ、タイジュに向けて絶対にやらないでね」
「何でタイジュにそんなことしなきゃ……」
「そういえば」
ニイヅマが突然立ち止まった。
「どうした?ニイヅマさん」
「ミズナはタイジュの事、好きなのかしら?」
突然の一言に、思わず飲んでいたジュースを吐き出す。
「っ……!はぁ!?」
「タイジュはミズナの事好きでしょ。ミズナはどうなのかなって」
「それは、まあ、大事な仲間だと思ってるよ」
「てっきり、二人は付き合ってるのかなとか思ってたけど、違うの!?」
「だって、ミズナが自分から告白するタチじゃないでしょう?それで、どうなの?」
「別に、そんなんじゃないしー」
早足で先に行こうとしたが、ツチダに手を掴まれた。
「ほら、列車来ちゃうから早く行こうよー」
「ミズナ、好きな人には好きと伝えておけ。失ってからじゃ、全てが手遅れだ」
「ツチダがそれを言うと、本当っぽくなっちゃうじゃん」
「好きなんだろ?本当は。どうして、最近、落ち込んでる」
「別に、具合悪いだけだし」
「タイジュが運び屋辞めたからだろ?」
「それは……」
私が何かを言い出す前にツチダは言葉を続ける。
「私は、アイツに何も言えないままだった。ミズナは今、お互いに生きてる。何を躊躇うことがある」
「……だって……」
「だって、何だ?」
「……恥ずかしい……じゃん……」
「ん?」
自分の中ではそういう感情はすっかり冷めていると思っていた。だからこそ、今、自覚して困ってる。
「……何でもない」
「ねえ、ニイヅマさん。今、ミズナ、『恥ずかしい』って言ったよね?」
「そうねぇ」
「可愛い所があるもんだな」
「うっさい!ほら!列車来ちゃうって!本当に!」
その後、同居人達による尋問が延々と続いたのは、言うまでもない。
登場人物
ツツミ=ミズナ:本作の主人公。映画はニホンエイガが好き。いつか本物のカタナを見てみたい。
カマタ=カヨ:ツツミの同居人。女優を目指していた過去がある。
ツチダ=ケイ:ツツミの同居人。元プロアスリートだった。
ニイヅマ=トミ:ツツミの大家。ラブロマンスが大好き。




