第20話 釣り
登場人物
ツツミ=ミズナ:本作の主人公。待って殺すことは普通に得意。
キハラ=タイジュ:死体運び屋の鬼の青年。釣りが趣味で捌いて、煮魚や焼き魚で食べるのが好き。
10区の壁際にあるフェンスを抜け、蛍光灯に照らされた円形の通路の階段を下りていくと、地下水路に出る。
上層の排水を下層に流す通路だったらしいのだが、長い間手入れがされておらず、天然の水路と繋がったり、変な生物が住み着いており、今ではコンクリートジャングル、ではなくジャングルの様相を示している。
とはいえ、本物のジャングルなんて見たことは無いが。
そんなことはどうでもいい。
問題なのは。
「……で、どうして私がこんなことをしないといけないわけ?」
かれこれ二時間くらいだろうか。
こうして、クーラーボックスを椅子代わりにして、竿を立てかけ、糸が揺れるのを待っていた。
辺りを見れば、似たような形で釣り糸を垂らしている連中がちらほら。
誰もが無言で水面をにらみつけている。
「ツツミが暇だと言ったからだろ」
タイジュが浮きに目を向けたまま答えた。
「確かに暇だとは言ったけど、まさか『幽玄城塞釣り大会』に連れてこられるとは思わないじゃん」
「優勝すれば賞金300万エン。死体運びより稼げる」
「それはそうかもだけどさ……」
不満げに口を尖らしてみたりするが、タイジュは微動だにせずにそのまま釣りを続ける。
退院してからという物、深階に行くことを禁止されたせいで、稼ぎが少ないどころか、タイジュが低層階しか行きたがらないので、暇で暇で仕方がない。
怪物が出てきても、すぐに「逃げるぞ」と無理やり手を引っ張られ。抵抗できなくもないのだが、まあ、いいやと思ってしまう自分もいるのだ。
だが、そのせいで残りの借金の返済が進まないどころか、生活費やら医療費やらで余計に借金が膨らむばかり
「パーッと、他に稼げることしようよー。競鳥とかさ。ギャンブル性なら、今と何も変わらないでしょ」
「釣りは、食料にもなる。しかも、無料だ」
「エサ代と道具代かかってんじゃん」
その時、タイジュのウキが沈んだ。
タイジュは静かに、しかし力強く糸を巻き上げる。
「網を準備してくれ!」
「はいはい」
さっと網で掬うと、想像以上の重さで思わずよろける。だが、すぐにタイジュに掴まれて、魚ごと地上に引きずり出された。
「大丈夫か!?」
「あはは、まさかこんなに大きいとは思ってなくてさ」
コンクリートの上に投げ出されたのは、丸々と太った大きな白魚だった。
そういえば聞こえはいいが、正直、これを見て食欲が湧くなら、ソイツは発狂してるに違いない。
目は退化していて、紅い点しかなく、鱗も無く、大きな桃色の口があった。魚というよりは、クリーチャーだ。
「これ、食べれるの?」
「美味しいぞ。合成肉の成分の一つだ」
「へ、へぇー」
聴かなければよかった。いつも美味しいと食べていた奴がこんな見た目だったとは。
「これなら、優勝間違いなしだな」
「う、うん」
そんな私の反応なんて気づかずに、タイジュは魚をクーラーボックスの放り込み、針にエサを付けて竿を放り投げる、
「……」
手持ち無沙汰さから、何となく自分のウキを見る。タイジュと違って、一切動く気配はない。
ふと、このまま釣れないままだったらと思った。
こうして、タイジュの事を眺めて、何でも無い時間がずっと続く。
いつか、そんな日が来るのだろうか。
でも、きっとその未来に私は似合わない。来年、こうしてタイジュと釣りに行ってるのはアキカなんだろうな。
地下水路に、発光性のコケがぼんやりと青緑の光を落している。雑踏の音も、換気ファンの音も、全てが遠く、あるのは水音だけ。あと、時折、誰かが魚を釣り上げる水しぶき。
ふと、自分のウキが沈んだ。
「ねえ、タイジュ。これ、どうすれば……」
その瞬間、竿が強い力で引っ張られる。慌てて立ち上がって引くが、腕が持ってかれた。
この程度、前だったら普通に釣れたはずだ。私は、随分と、弱くなったようだ。
指から竿が離れそうになった瞬間、タイジュの手が触れる。
「このまま、引っ張るぞ」
「う、うん……」
タイジュの動きについていくままに、魚を釣り上げる。タイジュの釣った奴より一回り小さかった。
「これじゃあ、優勝はできないかー」
「……」
タイジュは黙って魚を私のクーラーボックスに入れた。
「タイジュ、何?言いたいことがあるの?」
タイジュがこうして、黙ってるときは何か言いたいときだ。こちらから聞かない限り、何も答えない。
「……ツツミは死体運び屋を辞めるべきだ」
「いきなり、何?そんなこと言われてもさ、借金だってあるし、辞められないって」
「今のツツミが行っても、死ぬだけだ。魚一つ、釣り上げられてない」
「それは……別に、義手の調子が悪いだけだし……。てか、タイジュが一人で行っても、怪物に殺されるだけじゃん」
「……俺、死体運び屋を辞める」
「……ああ、そう」
ここで驚いたり、動揺したりすればいいんだろうか。結局、口をついで出できた言葉はそれだけだった。
別に、タイジュを死体運び屋に引き留める理由は無いし、逆にこんな危険な仕事、辞めてもらった方がアイツの為だ。
タイジュが居ないと、稼ぎが減るってだけだし。それなら、また鍛え直せば多分、大丈夫。
「それじゃあ、これでコンビ解消か-」
「……」
水面に映る影が、波でかき消されていった。




