第2話 チャーシュー丼
昨日まで泊りの仕事だったからか、目が覚めたら昼過ぎだった。
まあ、幽玄城砦において朝昼晩の違いなんて時計の針くらいなものだが。
「腹減ったな……」
所狭しとならぶベッドに目を遣るが、全員仕事で出かけているみたいだった。誘う相手もいないし、一人でどこかに食べに行くとするか。
昨日もらった封筒を取り出して中を見る。報酬分から、今月の借金の支払い額を差し引いて、僅かに残ったのは数枚の千イェン札。
それを乱暴にポケットに突っ込み、封筒をベッドの下の金庫に隠す。
「チャーシュー丼、食べに行こうっと」
12畳の狭小住宅から外に出て、大通りに向かう。
今日も地下10階の8区はエネルギー結晶工場の排ガスの霧に包まれて、数メートル先も見えない状態だった。いつものようにスリのガキを返り討ちにし、先を急ぐ。
ここ幽玄城塞8区で飯を食べると言えば、定番の店がある。
『アダチ食堂』だ。名前の通り、アダチさんが営んでる飯屋で、名物はチャーシュー丼。
ホカホカのコメの上に、タレに漬け込んだチャーシューを乗せた料理だ。
本物じゃない肉を如何に美味しく食べるか研究した末にできた料理とも、地上に古代からある料理とも言われているが、真実のほどは知らない。正直、そこは私としてもどーでもいいことだし。
アダチ食堂はいつ来ても満員とはいえ、流石に午後14時は空いていた。
「まだやってる?」
「その、これから休憩時間なんですが。店長!どうしますか?」
「入れてやれ!」
「はいはい、わかりましたよ。全く店長さんはツツミさんに甘いんですから」
「都合が悪いなら帰るけど」
「店長が良いって言ったから、いいんです。入ってください」
「なら、遠慮なくどうも」
少し古いビルの一階にあるこの店は、かれこれ20年以上やっていて、年季が入っていて壁は油で薄汚れていて、床もくすんでる。それに、煙草臭いし、テレビは古いし、お世辞にも綺麗とは言えない。だが、この雰囲気がどういう訳か落ち着くのだ。
カウンター席に座ると、いつものようにルミが水とおしぼりを持ってくる。
「いらっしゃい、ツツミさん。今日は何にします?」
「チャーシュー丼で」
「はいはい、アダチさん!チャーシュー丼一つ!」
運ばれてきた水をチビチビと飲みながら、ぼんやりと料理を待った。
テレビでは今日もしょうもない昼のワイドニュースが流れてる。今日は上層の連中の不倫問題について。知らないやつが知らないやつと不倫したそうだ。地下1階の連中のインタビューでは、誰もが驚いてるが、こちらには関係ない。
「今日も平和だなー」
「そうですね。どうして、いつも金持ちは不倫するんでしょうね」
私の他に客もいないので、ルミがいつの間にか隣でテレビを見てた。
「なんでだろ。暇なんじゃない?」
「だったら、暇を少しでも分け与えて欲しいですね。あー、楽してお金持ちになりたい!」
「この前買った鳥券、当たってるといいなー」
「競鳥、ツツミさんもやってるんですか?」
「やってるよ。残念ながら、当たった試は無いけど」
「私もですー。はあ、世の中楽じゃないですね」
「そうだな」
厨房の向こうで声がする。
「おいルミ!できたぞ!」
「はーい。チャーシュー丼、持ってきますね」
「水のお代わりもついでに頂戴」
「はーい」
すぐにルミが湯気の立ったどんぶりを持ってくる。
「おまちどうさまー」
運ばれてきたのは、丼からはみ出さんばかりの肉の塊。いつも見慣れてる肉塊とは違い、タレで茶色に輝いていて、焦げ醤油とニンニクの香りがする。
チャーシュー丼、まさしく贅沢中の贅沢。すき焼き、焼肉に次いで三大贅沢にも数えられる逸品。
吊り下げ照明の灯りに照らされて、文字通りキラキラ輝いている。
「いただきます」
手を合わせ、割り箸を割った。そっと箸を肉に通すと、ホロホロと崩れて、すぐにタレのしみ込んだコメの層が見える。
それをそっとすくい取り、口に運ぶ。
すぐさま口に広がるコメの甘みと肉の旨味。そこにニンニク醤油の風味がのってきて、さながら天国気分だ。
しかも、その奥に香辛料ベースの辛味があり、それが食欲を刺激する。
美味しい。それ以上の言葉は無粋ともいえよう、この味わい。
「やっぱり、ここのチャーシュー丼が一番おいしいや」
「店長自慢の秘伝のタレですから。味変に紅しょうがや七味は乗せないんですか?」
「私はタレ本来の味で楽しみたい派だからね」
「それなら、裏メニュー試してみます?」
「裏メニュー?」
「仕入れ日しか味わえない、特別なメニューです」
「そ、それは……?」
「こちらです」
ルミは厨房から器を持ってくる。そこにあったのは卵だった。生卵なんて、生まれて初めて見る。
基本的に動物ですら高級品だっていうのに、それの卵だという。しかも生だ。保存が大変な割に、直ぐに腐る。前に見た卵も腐った卵か加工された後のものだった。
「追加料金は、取らないよね?」
「はい。店長がこの前のお礼だそうです」
「あれ?この前、私何かしたっけ?」
「ほら、チンピラを店から追い出してくれたじゃないですか」
「あー、そういえばそうだったっけ」
確か、1週間以上前のこと。店にいつものように言ったら、最近ここらに来たばかりのチンピラ集団に二人が困っていたので、全員のしただけの話だ。
「噂に聞いたんだけど、これ一個一万イェンって本当?」
「さあ。私も知らないです。でも、店長が渡せって」
「今から現金にしてもいい?」
「無しです。出しちゃいましたし、返品不可です」
「マジかー。なら、仕方無い。店長!ありがたくいただきます!」
「うだうだ言わず早く食え!」
ルミが卵をチャーシュー丼の上に割って乗せる。透明のジェルみたいな上に黄色い塊が乗っている。箸でつついてみると、そこから黄色が溢れだして、広がった。
「ルミ、これどうやって食べるの?」
「混ぜればいいらしいですよ」
「そ、そう」
いわれた通り、コメと卵を混ぜてみる。見た目は悪くはない。匂いも別に変ではない。恐る恐る口にしてみる。
「……!!」
卵のコクとでも言えばいいのだろうか。それがタレの棘を覆い隠して、まろやかな味わいにしつつ、旨味を増長させている。まさか、粘液みたいな食材が、ここまでチャーシュー丼を美味しくするとは。
「これは、高いわけも頷ける!」
「ツツミさん、私にも一口……!」
ルミがどこからともなく箸を伸ばしてきたので、慌てて持ち上げる。
「いや、あげないって!」
「だって、ツツミさんが本当に美味しそうに食べるんですもの。私も食べたい!」
「これは私の物だ!」
ルミが食べる前に、慌ててかきこんで思わずむせ、すぐに水で流す。
「ほら!もう空だから!」
「あー、勿体ないー」
「金貯めて自分で食べるんだな」
「いいですもん。私だって、今週末のレース当てて、食べて見せるんですから!」
「ルミ!サボってないで洗い物しろ!」
「ヤバ、店長!今行きまーす!」
空になったどんぶりを冷静に眺めてため息をついた。
今、世界で一番勿体ない食べ方をしたと思う。まあ、また今度、食べる機会があればその時に味わえばいいか。
昨日は結局断られたが、今度、ちゃんとお祝いとしてタイジュを誘おう。
全ては、今週のレースが当たればの話なんだが。
登場人物
ツツミ=ミズナ:本作の主人公。借金が沢山あり貧乏。
キタヤマ=ルミ:アダチ食堂の看板娘。明るい性格で可愛い娘。
アダチ=ケン:アダチ食堂のオーナー。頑固な爺さん。元傭兵。




