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名前のない灯り  作者: あめとおと


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第7話:誰も責めない地獄


 城を出た。




 誰にも、止められなかった。




 門をくぐるとき。


 衛兵は、何も言わなかった。


 ただ、静かに道を空けた。




(……あれ)




 少しだけ、期待していた。




 冷たい言葉。


 軽蔑の視線。


 あるいは――嘲笑。




 でも、何もなかった。




 ただ。




 何もなかった。




 そのことが。




 こんなにも、重いなんて。




 足が、前に進まない。


 でも、立ち止まる理由もない。




 だから。




 歩くしかない。




 行き先も、ないまま。




(……どこに行けばいいの)




 口に出せない問いが、胸の中で回る。




 神殿には戻れない。


 貴族街にも、もう居場所はない。




 名前を失うって、こういうことなんだ。




 “どこにも属していない”。




 それだけで。


 こんなにも、世界は遠い。




 ふらつく足で、街へ出た。




 人がいる。


 いつも通りの、賑わい。




 パンの匂い。


 笑い声。


 行き交う人々。




 全部。




 昨日までと、同じはずなのに。




 違う。




 決定的に。




 違う。




 視線が、合わない。




 誰も、見てこない。




 いや。




 見ている。


 でも――すぐに逸らされる。




 知らないふり。




 関わらないという、意思表示。




(……どうして)




 怒ってくれればいいのに。




 「最低だ」って言ってくれれば。


 「失敗したんだろ」って責めてくれれば。




 それなら、まだ。




 自分が“何者か”でいられるのに。




 でも、違う。




 誰も、何も言わない。




 それはつまり。




 “もう関係ない存在”ということ。




 胸の奥が、じわりと冷える。




 市場の端で、立ち止まる。




 見覚えのある場所だった。




 以前、ここで。


 泣いている子どもを見つけたことがある。




 熱を出していて。


 誰も手を出せずにいて。




 わたしが、癒やした。




 あのとき。


 周りの人は、拍手してくれた。




「さすが聖女様だ」


「ありがたい」


「この国は安泰だ」




 ――そう、言ってくれた。




(……あの子は)




 視線を巡らせる。




 少し離れたところに。


 母親と一緒に、元気に笑っている姿が見えた。




 胸が、少しだけ温かくなる。




(……よかった)




 それだけは、本心だった。




 でも。




 その母親が、こちらを見た瞬間。




 顔が、強張る。




 そして。




 子どもの手を引いて。


 さっと、距離を取った。




 まるで。




 触れてはいけないものを見るように。




 その仕草が。




 何よりも、はっきりと。




 今の自分を、示していた。




(……ああ)




 分かってしまう。




 わたしはもう。




 “感謝される存在”じゃない。




 “避けられる存在”なんだ。




 喉の奥が、きゅっと締まる。




 でも。




 涙は、出なかった。




 出てくれなかった。




 泣いたら。




 少しは、楽になれる気がしたのに。




 それすら、できない。




 ただ。




 空っぽのまま。




 立ち尽くす。




(……わたしは)




 何だったんだろう。




 聖女だから、価値があったのか。


 それとも。


 価値があるから、聖女だったのか。




 答えは、出ない。




 でも、ひとつだけ。




 はっきりしていることがある。




 “今の自分には、何もない”。




 その現実だけが。




 逃げずに、残っている。




 日が、少し傾いていた。




 影が、長く伸びる。




 その影を見て。




 思う。




(……軽い)




 何も持っていない影は。




 こんなにも、軽い。




 ――だから。




 どこまでも、落ちていける。




 そのとき。




 視界の端で。




 誰かが、倒れた。




「っ……!」




 反射的に、体が動く。




 駆け寄る。




 人が、集まる。




「大丈夫か?」


「熱があるんじゃ……」


「誰か医者を――」




 ざわめきの中心で。




 わたしは、立ち止まった。




 手が、伸びない。




 伸ばしていいのか、分からない。




(……わたしは、もう)




 聖女じゃない。




 だから。




 助ける資格なんて、ない。




 でも。




 目の前で、苦しんでいる人がいる。




 それでも。




 動けない。




 動けない自分が、いる。




 そのとき。




「……どうして、動かないの」




 静かな声が、背後から響いた。




 振り返る。




 そこにいたのは。




 シエラ・ノクシアだった。




 逃げ場が、消える。




 何も言えないまま。




 立ち尽くす。




 シエラは、倒れている人を一瞥してから。




 わたしを見る。




 まっすぐに。




 逸らさずに。




「資格がないから?」




 その一言で。




 胸の奥が、強く揺れた。




(……違う)




 違うはずなのに。




 言葉が、出てこない。




 シエラは、ため息をつくでもなく。


 怒るでもなく。




 ただ。




 静かに言った。




「なら、そのまま見ていればいい」




 突き放すようでいて。




 どこか、冷静な声。




「助けないという選択も、ひとつの結果だから」




 心臓が、大きく鳴る。




 選択。




 また、それだ。




 逃げられない言葉。




「……わたしは」




 震える声が、やっと出る。




「どうすれば、いいんですか」




 初めて。




 “教えてほしい”と思った。




 シエラは、少しだけ目を細めて。




 そして。




 答えた。




「自分で決めなさい」




 突き放すようでいて。




 でも。




 どこか、逃がさない言葉。




「その責任を、引き受ける覚悟があるなら」




 視線が、逸らせない。




 目の前の人。


 倒れている人。


 周りのざわめき。




 全部が、一度に押し寄せる。




(……わたしは)




 何もない。




 でも。




 だからこそ。




 選べる。




 初めて。




 本当に、自分で。




 手が、ゆっくりと伸びる。





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