第6話:剥がされた名前
王城に、再び呼び出された。
前回と同じ部屋。
けれど、空気はまったく違っていた。
重い。
逃げ場がない。
何かが、決定される前の――静けさ。
(……大丈夫)
自分に言い聞かせる。
わたしは、間違っていない。
あれは正しい判断だった。
ちゃんと説明もした。
だから――
「聖女殿」
ノクト・エルディ殿下の声が、静かに響く。
その一言で、思考が止まる。
「本日、結論を伝える」
心臓が、ひとつ大きく鳴った。
(……結論)
つまり。
処分。
評価。
――裁き。
でも。
ここで終わるわけがない。
だってわたしは――
「まず、事実を確認する」
淡々とした口調。
感情の揺れは、ひとつもない。
「神殿における対応により、一名の命が失われた」
「……はい」
喉が、乾く。
「聖女殿は、その判断を“正当”であると主張している」
「はい」
繰り返す。
何度でも。
揺らがないように。
短い沈黙。
「……理解した」
(ほら)
その一言で、少しだけ息が軽くなる。
分かってもらえた。
ちゃんと、理解された。
そう思った。
――次の言葉を、聞くまでは。
「よって、本日をもって」
空気が、凍る。
「聖女としての資格を、剥奪する」
音が、消えた。
「……え?」
声にならない声が、漏れる。
今、何て言ったの。
剥奪?
聖女を?
わたしが?
「本日付で、神殿からの権限、地位、すべてを失う」
淡々と。
事務的に。
それは、告げられた。
(……違う)
そんなはずない。
だって。
わたしは。
わたしは――
「お待ちください!」
思わず、声が上がる。
自分でも驚くくらい大きな声だった。
「どうしてですか! 私は、正しいことを――」
「正しいかどうかは、問題ではない」
その一言で、言葉が止まる。
ノクト殿下の瞳は、静かだった。
冷たいわけじゃない。
怒っているわけでもない。
ただ。
決められたことを、伝えているだけの目。
「“聖女”とは、結果で評価される」
ゆっくりと。
一つ一つ、区切るように。
「一人を救えなかった者に、その資格はない」
胸の奥に、何かが落ちる。
(……そんな)
そんなの、理不尽だ。
全部を救えるわけじゃない。
そんなの、無理に決まってる。
「それは……あまりにも……」
言葉が、震える。
「理不尽です……」
「そうだな」
あっさりと、肯定された。
思考が、止まる。
「だが、それが“聖女”だ」
逃げ道は、なかった。
そこで、初めて。
隣に立つ存在に気づく。
シエラ・ノクシア。
ずっと、そこにいた。
何も言わずに。
ただ、見ていた。
「……あなたは」
思わず、言葉がこぼれる。
「これで、満足なの?」
問いかける。
責めるように。
縋るように。
シエラは、ほんの一瞬だけ目を伏せた。
そして。
「いいえ」
静かに、答えた。
「満足など、していません」
その言葉は。
驚くほど、淡々としていて。
「これは、当然の結果です」
逃げ場を、完全に塞いだ。
(……何、それ)
責めてほしかった。
怒ってほしかった。
そうすれば、まだ。
“悪者”にできたのに。
でも、この人は違う。
正しいことを、正しいまま突きつける。
だから。
何も、言い返せない。
「処罰は、それだけだ」
ノクト殿下が、告げる。
「追放も、拘束もない」
――軽い。
一瞬、そう思った。
でも、違う。
すぐに分かる。
これは。
何もかも奪われた状態で、外に出されるだけだ。
守るものも。
立場も。
名前も。
――全部、ない。
「……以上だ」
それで、終わりだった。
誰も、責めなかった。
誰も、怒らなかった。
誰も、声を荒げなかった。
ただ。
静かに。
すべてを、失った。
その場に立ったまま。
動けなかった。
(……終わった)
そう思った。
でも。
本当の“終わり”は。
ここから始まる。




