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名前のない灯り  作者: あめとおと


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第5話:裁きの前夜


 噂は、静かに広がっていた。




「聖女様は、選ぶらしい」


「助ける命と、見捨てる命を」




 最初は、ただの囁きだった。


 神殿の外で、誰かがこぼした一言。


 それが、次第に形を持ち。


 意味を持ち。


 ――わたしに向けられるようになる。




「……最近、視線が気になるの」


 ぽつりと零すと、ユラは一瞬だけ言葉に詰まった。


「……お気のせいかと」


 そう言う声は、どこか硬い。


(また、その顔)


 困ったような。


 何かを隠しているような。


 その表情が、ひどく癇に障る。


「言いたいことがあるなら、はっきり言えばいいでしょう?」


 少しだけ強く言うと、ユラはすぐに頭を下げた。


「申し訳ありません」


「謝ってほしいわけじゃないわ」


 ため息が漏れる。


 どうして、誰もはっきり言わないの。


 どうして、遠回しにばかりなるの。


(……面倒くさい)


 そう思ってしまう自分に、ほんの少しだけ苛立つ。




「聖女様」


 その時、神官の一人が足早に近づいてきた。


「本日、王城よりお呼び出しがございます」


「王城から?」


 思わず、眉をひそめる。


「はい。ノクト・エルディ殿下より」


 胸が、わずかに高鳴る。


 殿下から、直接の呼び出し。


 それはつまり――


(評価されているってことよね)


 自然と、背筋が伸びる。


 最近の噂のこともある。


 きっと、きちんと説明すれば分かってもらえる。


 わたしは間違っていないと。


 正しいことをしていると。


「分かったわ。すぐに向かう」



 王城の空気は、神殿とは違う静けさを持っている。


 整えられすぎた空間。


 余計な音のない廊下。


 すべてが、どこか張り詰めている。


(……こんなに静かだったかしら)


 以前来た時とは、少し違う気がした。


 でも、それが何なのかは分からない。




「お待ちしておりました、聖女殿」


 案内された部屋の中で、ノクト殿下が静かに立っていた。


 その表情は、いつもと変わらない。


 穏やかで、落ち着いていて。


 ――感情が読めない。


「お呼びと聞いて参りました」


 形式通りに頭を下げる。


 視線を上げた瞬間。


 もう一人の存在に気づいた。




 シエラ・ノクシア。




 部屋の奥で、静かに立っている。


 相変わらず、無駄のない姿勢。


 何も語らないのに、そこにいるだけで空気が変わる。


(どうして、この人が)


 胸の奥が、ざわりと波立つ。




「本日は、いくつか確認したいことがある」


 ノクト殿下の声が、静かに響く。


「最近の神殿での対応についてだ」


 その一言で。


 空気が、はっきりと変わった。




(……やっぱり、その話)


 でも、問題ない。


 説明すればいいだけだ。


 わたしは間違っていないのだから。




「まず、確認させてほしい」


 ノクト殿下の視線が、まっすぐに向けられる。


「神殿の裏門にて、対応を断った者がいたと聞いている」


「はい」


 迷わず、答える。


「順番を守らせただけです」


 はっきりと。


 揺らぐことなく。




「その結果、その者は命を落とした」




 その言葉が。


 重く、落ちる。




「……はい」


 ほんの一瞬だけ、言葉が詰まる。


 でも、すぐに続けた。


「ですが、それは私の責任ではありません」


 自分でも驚くほど、はっきりとした声だった。




「理由を聞こう」




「特定の誰かを優先すれば、秩序は崩れます」


 言葉が、すらすらと出てくる。


「全員を平等に扱うためには、例外を作るべきではありません」


 正しいことを言っている。


 そう、分かっている。


「私は、その原則に従っただけです」




 沈黙が落ちる。




 誰も、すぐには何も言わなかった。




 ふと。


 視線を感じて、顔を上げる。


 シエラと目が合った。


 その瞳は、相変わらず静かで。


 何も語らないのに。


 なぜか――


 すべてを見透かされているような気がした。




「……そうか」


 ノクト殿下が、静かに言う。


 その声には、肯定も否定もなかった。


 ただ、事実を受け取っただけの響き。




(ほら)


 問題ない。


 わたしは、ちゃんと説明できた。


 これで――




「では、もう一点」


 ノクト殿下が続ける。


 その声音が、わずかに低くなる。




「“聖女”とは、何だと思う?」




 予想外の問いに、思考が止まる。




「……人々を救う存在、です」


 少し考えてから、そう答える。


 間違ってはいないはずだ。




「誰を救う?」




「すべての人を」




「ならば」


 ノクト殿下の瞳が、わずかに細められる。




「救われなかった者は、何になる?」




 言葉が、出なかった。




(……何、それ)


 そんなの、考えたこともない。


 救えなかった人?


 仕方がなかった人?


 ――運が悪かった人?




 沈黙が、部屋を満たす。




 その時。


 初めて。


 シエラが、口を開いた。




「聖女様」




 静かな声。


 けれど、逃げ場のない響き。




「あなたは、“選んでいない”つもりで」


 わずかに間を置いて。




「すでに、選んでいます」




 その言葉が。


 胸の奥に、突き刺さる。




(……違う)


 違う。


 わたしは選んでなんかいない。


 ただ、順番を守らせただけ。


 ただ、平等にしただけ。




 なのに。




 どうして。


 何も言い返せないの。




 その日の会話は。


 それ以上、続かなかった。




 けれど。




 この“問い”が。


 この“沈黙”が。




 やがて、はっきりとした形で。


 わたしに返ってくることになる。




 ――裁きとして。





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