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第四話 二番目

昭和が終わり平成になった。

冬休みの終わる日、久しぶりに僕と真梨子はデートに出掛けた。

プラネタリウムを見て、美術館を回った。共通一次を前にした最後の息抜きを、僕も真梨子も心から楽しんだ。

城跡のベンチで僕らは紙コップのコーヒーを飲んでいた。もうすぐ帰る時刻だった。


「あの人に比べて、わたし、そんなに魅力ない?」

「誰かと比べて、陽子さんを好きになったんじゃないよ」

「そうだよね。ごめんね」

「ごめん」

「わたしね、身代わりでも良いよ。いつか、好きになってくれるんなら身代わりで良いよ。何年でも待つよ。それでも駄目なん?」

「ごめん」「どうして、わたしじゃ駄目なん?」

「本当に言っていいの?」

「うん」

「真梨子は陽子さんじゃないから」

「……やっぱり、言われちゃった」

「ごめん」


僕らは手をつないで歩いていた。

沈黙が重かった。何か話さないといけないと思った。

先に口を開いたのは真梨子の方だった。

「わたしね。佐久間君と付き合おうかと思ってるの」

「そう」

「どうして?って訊いてくれないんだね」

「どうして?」

真梨子は返事をしなかった。

俯いた真梨子の長い睫毛が陽子さんを思い出させた。

僕はなんとなく陽子さんの思い出を辿り始めた。

不意に真梨子が言った。

「また、あの人の事考えてるんだ。冷たいよね」

「ごめん」

真梨子は淋しそうに笑っていた。


「わたし、あなたが好きよ。でも、もう嫌になっちゃった。

もうすぐ卒業だし。振り向いてくれないし。もう嫌になっちゃった。

あなたのこと、これからもずっと好きだと思う。でも、もう嫌になっちゃった。

佐久間君がね、言ったの。わたしがあなたを好きなままでも良いって。

自分はずっと二番目のままでも、絶対に怒ったりしないって。

その時、思ったの。わたしは、いつかこの人を好きになれるかも知れないって。

良い人だし、わたしのこと好きだって言ってるし。

だから、こんな言い方佐久間君には悪いけど、わたし佐久間君にしとく」


僕は黙って頷くしかなかった。

真梨子の目に涙が浮かんでいた。マラソンの練習の集団が僕らの横を追い越していった。僕は真梨子の手を取って、歩道の隅によけた。

「金メダルが取れないからって、走るのを止めなくていいもんね。

 銀でも銅でもメダルはメダルだし。だから佐久間君にしとくの」

真梨子の泣き笑いが切なかった。僕も苦笑した。そのうち本当に二人とも笑い出してしまった。何かが終わった瞬間だったのだろう。

「あいつは銀メダルか。しまらないね」

「せいぜい銅ってとこね」

僕と真梨子は手をつないだまま、歩き続けた。


三学期が始まっても、僕は学校に行かなかった。

部屋に閉じこもって、陽子さんを思い、真梨子を思い、陽子さんを思い、陽子さんを思った。

つまりは、電話を待ち続けていた。


三日目の朝、佐久間が訪ねてきた。

佐久間とは二十日以上逢っていなかった。僕の顔を見て、ぎょっとした。

「えらい痩せたな。飯食ってないじゃろ?」

「学校はいいのか?今、授業中だろ」

「お前みたいなサボりに言われたないわい」

「用?」

「用がなきゃ来るかい。ええけん、支度し。わしが飯おごっちゃるけん」

多分、真梨子の話だろう。そう思って僕は佐久間の誘いに応じた。


連れて行かれたのは佐久間の家だった。佐久間の家はお好み焼き屋をやっている。

「おごるって、お前ん家じゃないか」

「金はわしが出す、つべこべ言うな。ツケがきく店はここしか無いんじゃ」

そう言って、奥の席に座らせた。

「マリちゃんがな、わしと付き合うてくれる、言うとる」

「聞いてるよ。良かったな」

「良かったなじゃないやろ。お前はええんか?」

「うん。真梨子が決めたことだ」

「違うじゃろ。振ったんはお前じゃ」

「そうなのかな」

「はあ。気のないやっちゃ。まあ、ええわ。

 お前マリちゃんの他に好きな女おるじゃろ?」

「いるよ」

「その人とは見込みあるんか?」

「佐久間には関係ないだろ」

「ある。じゃけん正直に答えてくれ。見込みはあるんか?」

「無いよ」

「マリちゃんの事も好きやろ?」

「別に」

「正直に答ええ言うてるやろ。マリちゃん好きか?」

「好きだよ」

「なら何でマリちゃんじゃいかんのや?マリちゃんはお前の事が好きいうてるぞ」

「佐久間にとって一番大切なのは真梨子の気持ちだろ」

「そや」

「僕にとってはそうじゃない。でも真梨子を軽んじてるわけでもないんだ。わかってくれ」

「じゃあ、ほんまにわしがマリちゃんと付き合ってもええんやな?」

「いいよ」

「ほんまにええんやな?」

「いいよ」

「解った。ほんまはよう解らんが解った」

「なあ、佐久間」

「なんや?」

「佐久間こそ良いのか?真梨子が僕を好きなままでも平気か?」

「平気に決まっとる。当たり前や」

「なんで?」

「わしだって、お前が好きや。マリちゃんがお前を好きでも文句いえん」

「それは好きの意味が違うだろ」

「何処が違うんや?好きいうのは、そいつの為なら死んでもええいうこっちゃ。

 わしゃ、マリちゃんのためなら死ねるで。

 お前んためでもなんぼでも死んじゃるわい。

 おんなじこっちゃろ」

「そうか」

「おう」

「佐久間は良い奴だな。今度それ、真梨子にも言ってやれよ。お前のこと見直すと思うよ」

「お前はアホか?こんなくっさい事、男同士やけん言えるこっちゃろーが」

「それもそうだね。僕も佐久間が好きだよ」

「んなこと解っとるわ。いちいち言うな。アホか。」

佐久間は照れたのか焼き上がったお好み焼きを自分で取りに行った。

「それより飯や、飯。お前も喰わんかい」

わかりきってるから言えることだってあるのだと、僕はこの時まで気付かなかった。

陽子さんは答えが解っている質問には返事をしない人だった。

それでも僕は、もっと色んな事を訊くべきだった。

そう思った。


「和彦、なんや、泣いとんのか?」

「ちょっとな」

「すまんな」

「佐久間には関係ないよ、ちょっと思い出しただけだ」

焼き立てのお好み焼きは美味しかった。僕は泣きながら食べ続けた。

何かを美味しいと思って食べたのは何年ぶりだったろうか。

佐久間がいてくれて良かったと思った。


次の日から、僕は学校に行くようになった。

幸いにといっていいのか、僕は相当にやつれ果てていたので、誰もずる休みとは思わなかった。

昼休みになると、真梨子は変わらず僕と一緒にコーヒーを飲んだ。

佐久間も初日だけついてきたが「わしゃ昼飯食わんと持てんわ」そういって教室に残るようになった。本当は僕らに気を遣ってくれていた。

真梨子は佐久間の影響か、よく喋るようになった。

もともとの真梨子は快活な女の子だったから僕の毒が抜けてきただけかも知れない。


学年末試験が済むと、その直後には共通一次だった。

二月に入ると三年生は自由登校になった。

二次試験の追い込みのために僕と真梨子は学習室に来ていたが、他の学年は授業中のため貸切状態だった。佐久間も合流して長いお喋りを楽しんだ。僕も随分と話をするようになり、週一回の登校日にしか会わない級友達は皆驚いていた。真梨子の髪も日に日に元の栗色に戻りつつあった。


バレンタインに、真梨子はコンビニで買った板チョコを佐久間にあげた。

「まだ好きにはなってない」意思表示だそうだ。

「ま、しゃあないな。和彦は貰えんかったみたいじゃし、佳しとしときましょ」

僕はちょっとだけ悔しかった。

「くさるな、くさるな。去年と立場が逆になっただけや。半分やるけん辛抱せい。 ま、小ちゃい方の半分やけどな。一人もんはつらいなあ?」

「和彦くん」

真梨子は不適に微笑むと、鞄からラッピングした瓶詰めを取り出して僕にくれた。栗の甘露煮だった。

「手作りだけどチョコじゃないから、佐久間君に文句を言う権利はないからね、……でも、ほら、チョコより甘いし、金色だしね」

後半は小声だった。

「なあ、木立くん。半分、ちょーだい」

「だめだ」

「じゃ、一個だけ」

「だめだ」

「なんや、このケチ勝手にせえ!」

「そんなことより、佐久間、ほい」

「なんや、その手は」

「半分くれるんだろ、チョコ」

「なんやと、この強突張(ごうつくば)り!」

文句も言いながらも「小さい方の半分」をくれた。友情の味だ。少し苦かった。

栗の甘露煮を一粒その場で食べた。

僕が「美味しいよ」と言ったとき、真梨子は咲き誇るような笑顔を浮かべた。真梨子は本当に明るくなった。甘さが胸に染みた。

「なんや、和彦。また泣いとんかい」

「ちょっとな」

「お前が昼飯食わんのは泣き癖があるせいじゃったんかい」

「そうかもな」

「なあ、泣き癖の事は秘密にしたるけん、一粒だけちょーだい?」

「だめだ」

「わしのチョコ半分食ったやないか!」

「しつこいぞ、この銅メダル!」

真梨子も泣き笑いを浮かべていた。



佐久間は地元私立に補欠で合格した。

真梨子と僕は予定どおり地元の国立に無事合格した。

卒業式の日、朝早く佐久間から呼び出された。またしても焼却炉の前だった。

「なあ、佐久間。なんでいつも此処なんだ?」

「うるさい。大事な話は昔から此処に決まっとんじゃ。つべこべ言うな」

「で、何よ?」

「マリちゃんの事や」

「ああ」

「わしがマリちゃんに告白したい言うたとき、和彦は言うたよな?」

「それは真梨子が決めることだ」

「そや、そう言うた。じゃが、わしにはとても真似できへん。

もしもお前が、あんときのわしみたいにマリちゃんにちょっかい出し続けたらわしには我慢できん。おかしなってしまうかも知れん」

「うん」

「なのにお前はずーっと笑って許してくれたし、デートにまで何度も誘ってくれた」「それは別に、」

「黙って聞いとれ、先忘れてまうやんけ。じゃけんな、一回だけじゃ」

「もし、お前がどうしてもマリちゃん返して欲しゅうなったら、返せ言うてもええで。一回だけなら、それはマリちゃんの決める事や、ってわしも言うから」

「ああ」

「いつでん、お前が返せ言うたら、一回だけはマリちゃんに決めさすけん。約束や」

「いいのか?」

「あたりまえや、男と男の約束や。言うた以上絶対守る。でも一回だけやからな」

唐突だが佐久間らしい提案。僕は嬉しかった。

「わかった約束しよう。後悔するなよ」

「後悔なんかするかい。なんなら一筆(いっぴつ)入れよか?」

「紳士協定で良いよ」

「紳士協定?」

「書類や判子に頼らず、互いの名誉と誇りにかけて守る誓いのこと」

「はあ、かっこええなあ。よっしゃ、この約束はわしらの紳士協定や」

「ああ、いいよ」

「話はそれだけや」

二人で教室に戻ると真梨子が待っていた。

「何のお話?」

僕に訊いた。佐久間は必死に言うなと目で訴えていた。先に秘密だと言わなかった事を後悔しているのが解った。

「ちょっと約束してただけだよ」

「そや、ちょっとした約束や」

「どんな?」

「秘密だよ」

「そや秘密や」

「何よ、嫌らしい」

そして、僕ら三人は高校を卒業した。

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