表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

第二話 奴が来た——前から居た

僕と真梨子は二年生でも同級になることができた。

既に僕たちは公認されており、新しいクラスでも席は隣り合わせになった。

新しいクラスに面白い奴が居た。

単純で空回りで騒々しい佐久間という男子だ。

広島弁と長州弁と関西弁の混じった不思議な言葉を喋る。

「一緒のクラスになれて嬉しいで。よろしゅう」

そう言って握手を求めてきた。

僕は他人に触ったり触られたりするのは苦手だ。

「ああ、よろしくな」

受け流すと強引に僕の手を取り、力任せに握りしめた。

佐久間はその後も妙に馴れ馴れしく絡んできた。

「次の体育は短距離じゃったな。木立は足速いんか?」

「まあまあだと思うよ」

「よっしゃ、勝負や。今日こそ決着つけたるで!」

佐久間は全然速くなかった。

「木立は英語得意やったな。勝負や!」

「木立は数学得意か、そうか、よっしゃ勝負や!」

「木立も芸術は美術とっとったんか。よっしゃ絵なら負けんで!」

事あるごとに一方的に勝負を挑んでは、一方的に負け続けた

「なんでじゃ、ちきしょう!同じ人間なのに!何で一個も勝てんのなら!」

「それは僕の得意な物でばかり勝負したがるからだろう」

そう教えてやろうか迷ったこともあったが、面白いので口には出さなかった。

僕は佐久間を割と気に入っている。

六年ぶりに出来た同性の友人だった。


佐久間は真梨子をマリちゃんと呼ぶ。

「マリちゃん、彼氏借りるで、後で返すけん勘弁な」

近頃の真梨子はあまり喋らない。こくっと頷いた。

「用?」

「しょんべん。連れションに決まっとろうが。いちいち言わすな」

「今、行きたくない」

「つべこべ言わんの。お前ん時にも付き合うたるから」

「必要ないし」

「ええから」

いつもこの調子だった。


修学旅行のディズニーランドでも僕を捜し回っていたらしい。

僕は夢の国は異性と廻るのが望ましいと思っていたので、真梨子と一緒に佐久間から隠れて過ごしていた。

集合時間になってバスの前で佐久間に捕まった。

「木立、やっと見つけたで」

「おつかれ。佐久間。何か用?」

「一緒に廻ろう言うたやないか」

「真梨子と廻るって言ったよ」

「マリちゃんも一緒で構わんって言ったやん」

「そうだっけ?」

「そうや」

「ごめん。でも楽しかったよ。な、真梨子」

「う、うん。ごめんね佐久間君」

真梨子がにっこり微笑むと何故か佐久間も笑顔になった。


佐久間は僕を面白い人物と思っていた。人から面白いと言われたのは初めてだった。真梨子に言わせると、佐久間と知り合ってから、僕は別人のように明るくなったらしい。自分でもそんな気がする。


僕と真梨子は学校では常に一緒だった。

一緒に通い、授業を受け、休憩時間を過ごした。

真梨子は日に日に陽子さんに似てきたような気がする。たまに真梨子の髪に触れさせてもらう。陽子さんの髪を思い出していた。

「真梨子の髪って、こんなに綺麗だったかな?」

「そうよ。どうして?」

「いや、前は栗色っぽかったような気がしたから」

「そうだっけ。日に焼けてたからかな」

言われてみれば肌も前より白くなった気がする。

僕と一緒に過ごすようになって、真梨子は日にあたらなくなったのだろう。僕は日差しが苦手だし、真梨子も日焼けを嫌うようになった。


真梨子の家に遊びに行くようにもなった。

彼女の淹れる珈琲は、意外に美味しかった。

いつも家にはお母さんがいて、監視付きと言うわけではないが、僕らはリビングで過ごした。

リビングにはピアノがあって、たまに真梨子の為に弾いてあげた。

真梨子はいつも目を閉じて聴いてくれる。機嫌が良いときの陽子さんみたいで僕はすこしだけ、どきどきした。

夕方帰ろうとすると、途端に悲しそうな様子になる。そんな時の真梨子は、顔立ちまで陽子さんに似てしまう。胸が痛む。僕が電話を待ち続けることが辛いのだろう。

でも、それだけは、僕にどうしてあげることも出来ないのだった。

つまりは、僕は電話を待ち続けていた。


学年末試験の終わった後、佐久間から呼び出しを受けた。

校舎裏の焼却炉の前だった。

「おう、やっと来たか」

「何?あらたまって」

いつになく佐久間は真剣な様子だった。

「わしな。マリちゃんが好きなんや」

別に意外でもなかった。真梨子はもてる。

「そうか」

「ずっと前からなんや。中二の時、前に同じ組になった時からずっとや」

「中学一緒だったのか。知らなかったよ」

「お前も同じ組やったろうが中二の時は!って、やっぱり憶えとらんかったんかい。まあ、ええわ。今日はその話とちゃう」

「ごめん。それで」

「告白しよ、思て」

「そうか」

「そうかって、良えんか?お前の彼女じゃろ」

「良いも何も、それは真梨子が決めることだから」

「やっぱ木立は凄いなあ。わしなら、そんなこと絶対言えん」

「そうか?」

「もしマリちゃんがオッケーしたら、お前振られるんやで。それで良えんか」

「良くはないけど、それは真梨子が決めることだろ」

「そうや。でも、ほら横からあれだ、ほら」

「横恋慕」

「そう、横恋慕じゃし友達のもん欲しがっちょる訳じゃし。お前に悪うて」

「そうか」

「そうや。ま、そういう事じゃけん、悪いな。お前はフェアな奴や」

立ち去り掛けた佐久間が振り向いていきなり叫んだ。

「お前、わしが絶対玉砕する思うて余裕かましとるな!」

思っていた。


佐久間はあっさり玉と砕けた。

真梨子は最初ジョークと受け取り、次に困った顔になったらしい。

「そういうの困る。ごめんね」

そう言って泣きそうになっていたと、幽霊のような顔で佐久間が伝えに来た。

「やっぱり、お前の言うとおりやった……フォロー頼むわ」

僕は何も言ってない。でもすぐに真梨子に逢いに行った。

真梨子は狼狽えていた。「酷い振り方をしたかも知れない」と心配していた。

僕は真梨子に優しい言葉をかけて安心させてやり、最後に付け加えた。

「佐久間の奴、新学期には開き直って猛烈に迫ってくるよ」

予想は見事に当たった。

三年生に進級した日から、佐久間は毎日真梨子に告白するようになった。

僕はそれを「定期便」とか「モグラ叩き」と呼んで、結構楽しんでいた。

決まって昼休み、僕と真梨子がコーヒーを飲んでる時に佐久間は来た。

「和彦、悪い、ちょっと外してくれ」

「またか。少しは遠慮しろよ」

「お前がいっつも金魚の糞みたいにマリちゃんにくっついとるのが悪いんじゃ。 いちいち遠慮なんか出来るか!」

「了解。早く済ませてくれ」

僕は一歩だけ真梨子から離れた。

「マリちゃん、次の日曜、二人っきりで映画に行きませんか?」

「ごめんね。うち彼氏がいるから行けないの」

「んじゃ、木立も連れて三人でもええよ」

「ごめんね、おでかけは木立君と二人っきりがいいの」

「俺の話聞いてる?」

「聞こえませーん」

毎回こんな感じだった。

佐久間の告白は僕にとって幾つかの切っ掛けになった。

以前より佐久間に対して親近感を持つようになり、真梨子に対しても前より気を遣えるようになった。

「今、何考えてた?」

そう訊いた時、真梨子は僕の質問には答えずに微笑んだ。

「そういうこと訊いてくれたの、初めてだよ」

「そうだっけ?」

「うん」

僕は気付かないうちにも随分と真梨子を傷つけていたのだろう。

その日、真梨子と僕は初めて手をつないで歩いた。


進路相談会の最終日、僕は真梨子が戻ってくるのを教室で待っていた。

佐久間も僕に付き合って残っていた。

「ああ、もうすぐゴールデンウイークか、憂鬱や。和彦、憂鬱って漢字で書けるか?」

「書けるよ」

「憂鬱の憂じゃないで、鬱の方やで」

「こうだろ」

僕は席を立ち黒板に大きめに「鬱」と書いた。

「たぶん合うてる気がする……って違う!」

「合ってるだろ」

「違うって、そういう問題やない。『なんで連休が憂鬱なんだ?』ってこういう場合訊くもんじゃろうが」

「なんで連休が憂鬱なんだ?」

「はあ。まあ、ええわ。教えちゃる。日曜日のたんびに、ああ、和彦は今頃マリちゃんと仲良うしとんのやなあ思うたら辛うて辛うて。わしゃいつも血ぃの涙流しとんのやで。それが連休中ずーと続くんや。わかるか?」

「ごめんな」

「謝まんな。アホ。半分冗談じゃ」

「そうか。取り消す」

「何で取り消すんや。血ぃの涙流しとる言うてるじゃろうが!」

「ごめんなさい」

「何で謝るんやーってこの繰り返しかい。付き合いきれんわ」

会話が途切れた。佐久間は沈黙に耐えられない体質だ。

「な、不公平やと思わんか?」

「何が?」

「何がって、俺とお前や」

「そうか?」

「そうや。お前はいっつもマリちゃんと一緒やのに、わしは学校でちょこっと話するだけじゃ。これじゃ、わしの良さなんてちっとも解ってもらわれへん。あまりにも不公平や。和彦ばっかり得しとるみたいや。何でや?」

「彼氏だからだろ」

「そういう問題やない!いや、それが問題なんやな。マジで切ないわ。ああ、わしもマリちゃんと遊びにいきたい。お前には解らんじゃろな、この切なーい気持ち…」

「そうか」

「おう」

「三人でどっか行くか?」

「…ええのか?」

「ああ。五日に基地祭行くから、佐久間も来るといいよ」

「よし。解った。お前がそこまで言うなら付き合うちゃる。ほんまにええな?」

「うん」

「よし。これはわしとお前だけの秘密や。マリちゃんには言うなよ」

「何で?」

「来ちゃ駄目言うかも知れんやろ。そないなったら、どないせいっちゅうんや?」

「来るな」

「それが友達に言うことか。とにかく秘密や、秘密。決定」

「そうか」

「そうや。恩に着るけん」

そう言って、佐久間は慌ただしく帰ってしまった。

真梨子が入れ替わりに教室に戻ってきた。

「何のお話?」

「秘密にしろって言われた」

「そう」


待ち合わせた駅に現れた佐久間に、真梨子は不快を隠さなかった。

僕は真梨子がこれほど怒るとは予想していなかったので、目配せで懐柔を求める佐久間を見捨てることに決めた。

佐久間は目を泳がせたままで本人としてはさりげなく流そうとした。

「おはようマリちゃん。ちょっと早いけど全員揃うたし行こか!」

それはかえって真梨子の怒りを強くした。

「どうして佐久間君がいるの?」

「えぇとほら今日はブルーインパルスも来るし折角だから三人で楽しみたいと思ったんじゃ。うん。ナイスアイディア……それに君らだけじゃ折角の休日が盛り上がらん思うてちょこっと気遣うてみたんやけど……」

「余計なお世話です。お引き取り下さい」

「遠慮せんで良えけん」

「してません!」

「君らが二人っきりになりたい時は、遠慮せずに言うてくれ。わし、すぐに消えるけん」

「なりたい。ただちに消えてください」

「うわっきつ。和彦なんか言うてくれよ。このままじゃ、わし一人が悪者みたいや」

僕は二人のやりとりを聞きながら、思わず笑ってしまった。

真梨子は肩を竦めて僕に苦笑して見せた。

僕が佐久間を指差して「悪者だ」と、言うと二人とも声を上げて笑い出した。

それで決まりだった。

「今日の木立君冴えてる!最高。ほな行くで」

結局佐久間に押し切られる形で、その日は三人で基地祭を見に行くことになった。真梨子は、僕の耳元で小さく「悪者」と言った。

佐久間は飛行機や武器にあきれるほど詳しかった。

展示してある飛行機の用途や性能、航続距離や乗員数まで丁寧に解説してくれた。

僕と真梨子は手をつないで佐久間の先導で歩いた。

「なあマリちゃん、手は二本あるんやで、片っぽ貸して」

真梨子は聞こえない振りをした。

「マリちゃーん」

佐久間はまた助けを求めるように僕を見た。

「淋しいのか?」

「当たり前や!」

「そうか」

僕が余った右手を差し出すと、佐久間は不適に笑って見せた。

「あんまり、わしをなめんなよ」そう言って本当に手をつないでしまった。

「どやマリちゃん、彼氏が嫌がってるで。僕かて気持ち悪いんや木立なんか顔が引きつってんで 離してほしかったら、僕と手を…」

真梨子は意地悪く笑うと、腕を絡めて僕の肩に頭を乗せた。

佐久間は目を見開いて僕をみた。真梨子の挑発に乗りかねない雰囲気だ。

「さくまくん、おちつこう。そんなことだれものぞんでないよ」

僕がいうと佐久間は手を離して、ぶつぶつ言いながら前を歩き始めた。真梨子の勝ち誇った笑い声が快かった。佐久間を誘って正解だったな、と思った。真梨子と僕は腕を組んだままで歩き続けた。


「なあ、やっぱりどっか寄ってこうや」

駅で別れるとき佐久間が言った。

僕は「電話を待たないといけないから」と言いたくなかった。

真梨子は言わせたくなかった。

他に何か言い訳を考えれば良さそうなものだが、僕は陽子さんに関することで嘘はつかない。都合が悪ければ黙っているしかないのだ。

「ちょっと、用があるから」

としか言えなかった。理由はわからないままに佐久間は雰囲気を察してくれた。

「お邪魔虫は消えますわ。今日は楽しかったで」

そう言うと、手を振って帰った。


「佐久間君が一緒だとよく笑うんだね」

「真梨子も楽しそうだった」

「うん」

まだ日暮れまでには、少しだけ時間があった。

僕は真梨子を家まで送ると言った。真梨子は淋しそうに笑って頷いた。

「まだ、待ってるんだ」

「ごめん」

「わたしも待ってるよ」

「僕は気が長い方だよ」

「知ってる。わたしも気が長い方よ」

「知ってる」

僕と真梨子は、また腕を組んで歩いた。

真梨子の黒いロングスカートが歩くたびにひらひら揺れた。

真梨子の黒いサマーセーターが寂しかった。

つまりは、僕は電話を待ち続けていた。


真梨子が僕と同じ大学を受験するには、少し無理をしなければならなかった。

僕自身は地元の国立を受験するのに、さしたる不安はなかった。

僕は真梨子の勉強を手伝うようになった。

夏休みになると、ほとんど毎日真梨子の家に行くようになった。

一緒に勉強し、週に二日は遊びに出掛けた。たまに佐久間も誘った。

「見せつけられんのは、もうこりごりや」

そう言っていたくせに、誘うと必ずついてきた。

「お前ら、それペアルックのつもりか?カラスにしか見えんで」

真夏でも黒ずくめの僕と真梨子をいつもからかった。

「黒着てるとね、和彦が優しいの」

真梨子の答えは、切なかった。

「のろけんでええわ。和彦の趣味かいな。辛気くさい」

佐久間は妙に察しがいいので、それ以来そのことは言わなくなった。

「淋しいから優しくするのって、自然だと思うよ」

真梨子は佐久間が帰ってから、そう言ってくれた。罪悪感が少しだけ薄れた気がした。


真梨子の勉強は順調に進んだ。

苦手の数学と物理も克服した。

「木立君のおかげよ」

真梨子も真梨子のお母さんもそう言ってくれたが、真梨子は努力家だった。

夏休みの終わる二日前、真梨子のお母さんがお小遣いをくれた。

「家庭教師のお駄賃としては安すぎるわね」

そう言ったが三万円も入っていた。

「明日くらいパアッと遊んでらっしゃい。遅くなっても構わないから」

僕らは朝早くから出掛け、夕方には戻った。

許可を貰っても僕と真梨子のデートは夜に届かない。

「ほんと、律儀ね」

真梨子のお母さんは少し呆れていた。

夏が終わろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ