Ⅲ
私はライセンス試験を合格することが出来た。そして、あいつも文句なしの点数をとり、合格した。点数順では1点差で、私の方が勝っていたが、それでも悔しかった。
あいつは私より年下ではあるが、赤猫さんから教わったのは同じ時期なのだから、そんな悔しがる必要はないのかもしれない。それでも、私はあいつを守る立場でいたかったのかもしれない。
私は結果を赤猫さんに報告したくて、控え室へ向かうと、控え室から白フードの男が出て来た。控え室は受験者や関係者なら立ち入れるので、彼もそうなのだろう。私は彼とすれ違った瞬間、ボワッと鳥肌が立った。彼が何かしたわけではない。なのに、彼から言い知れぬ恐怖を感じてしまった。
一方、彼はこちらに気づき、一瞥してくるが、興味を無くしたかのように視線を逸らし、そのままいなくなってしまった。
暫くその場で、立ちすくむことしかできなかったが、やっと我を取り戻し、控え室に入ると、何故か震えているあいつと複雑な表情を浮かべた赤猫さんがいた。それを見て、何かがあったことは分かる。
私があいつに尋ねると、何でもない、と笑って見せるが、無理に作っているのが分かった。赤猫さんにも尋ねて見たが、彼も何も答えてくれなかった。
翌日、あいつは私の前から姿を消した。あいつが王から推薦を貰い、宮廷魔法使いになったことを後で知った。
***
案の定、門番は青い鳥の奇抜としか言いようがない恰好を見て、怪訝そうな表情を浮かべていたが、許可証を見せると、すんなり通してもらえた。城の中の光景は圧巻としか言いようがなかった。
今まで一般人でしかなかった俺がこう言うところに出入りすることになろうとは今でも信じがたい。
大きなシャンデリアに、通路に沿って赤絨毯がひかれている。
ひどく恐縮してしまい、本当に俺如きの人間がそこを通っていいのか疑問に思ってしまう。一方、あいつはもともと感情を出すような人間ではなかったが、当たり前と言わんばかりの態度で歩いていく。今ほど、お前を凄いと思ったことはないぞ、本当に。
俺がおろおろとしていると、案内役の侍女が現れ(やはり、青い鳥の恰好を見て、怪訝そうに見ていたが、不幸中の幸い、敢えてその恰好を問われることはなかった)、俺達を王宮まで案内してくれた。その途中で中庭も通り、そこはたくさんの花で彩られていた。
それを見た青い鳥は「ここでお昼寝をしたら、ぐっすり眠れそうです」などと言っていたが、訓練を抜け出して、そのようなことをしないことを切に願う。
「ここが王宮です」
俺達(特に俺)がキョロキョロとしながら、歩いていると、大きな扉に突き当たり、前にいた侍女がそんなことを言ってきた。どうやら、ここに王がいるらしい。
侍女は扉の前にいる兵士(恐らく、宮廷騎士。そして、同時に、青い鳥の先輩)に話をした後、彼女は「私はこれで失礼します」、と頭をペコリと下げてきたので、俺もペコリとお辞儀をする。青い鳥に関しては「ありがとうございました」と、呑気なことを言っている。
はっきり言って、こいつに、マナーと言うものを教えずに、ここへ投入することになったことについては失敗と言うしかない。こいつに礼儀やマナーを教えようとしても、逃げられてしまうわけではあるが。
宮廷騎士は苦笑いを浮かべながら、大きな扉を開け、「王に粗相のないように」と釘を刺されたが、それをが守れるかは謎だ。この後、死刑台に直行と言うことがないことを祈るしかない。
俺達は門番をしている宮廷騎士に促されるまま、王宮に入ると、奥の椅子に座っているハニーブロンドの髪に、琥珀色の瞳をした美青年が視界に入る。
彼が現国王であり、先代の国王・ディスト前国王の息子であるエイル三世国王陛下。彼には異母兄弟がたくさんおり、しかも、彼は庶子でありながら、城に上がってきたということもあり、一時期話題となった。とは言え、まさか、彼が国王になるとは誰も予想もしなかっただろう。国民としては希望がもてる話だが、教会が先代の暗殺に関与している時点で、彼の即位に、何か裏があるのは間違いないだろう。
彼には“深淵の姫”と呼ばれる実の双子の妹がいることも有名な話である。彼女は神秘的な魅力を持った女性で、彼はそんな妹を溺愛しているそうだ。
確か、彼は断罪天使やカニスと同年代に見えるが、確か歳は赤犬さんと同年代だったはずである。
白髪変人の話によれば、先代とは違い、隣国との戦争をしても意味がないと分かっているくらいには先代よりは聡いところはあるが、まだまだ未熟のところがあるようだ。まあ、国王になるまで、王政に関わったことがなかったらしい。それなのに、先代が亡くなったからと言って、全て任されては何をしていいか分からないはずである。
とは言え、彼の右隣にいる白いフードを被った青年、エイル国王陛下の側近である彼が王政を補助、いや、王政をほとんど仕切っている為、王の負担はそこまでないとのことらしい。
彼は“黒龍”と言われる凄腕の魔法使いであり、“眠れる龍”と言った方が通りはいいかもしれない。彼は15歳と言う若さでライセンスを取り、同じ年に宮廷魔法使いとなり、それ以来、先代から王の側近として仕えている。彼はいつもフードを被っており、同じ宮廷魔法使いだろうと、彼の姿を見たことがないらしい。俺が14歳でライセンスを取るまで、彼が最年少魔法使いだったそうだ。
はっきり言って、俺が最年少記録を塗り替えたからと言って、俺が彼より強いわけではない。魔法使いとして、俺はまだ赤犬さんの足元にも及ばないひよっこ魔法使いである。
巷では、彼は空間魔法に長けた魔法使いだと言われているが、それすら、疑わしい。赤犬さん曰く、魔法使いは自分の手札を見せてはいけないそうだ。見せた時点で、その魔法使いは終わりらしい。
赤犬さん説が正しいのなら、彼は空間魔法より凄い奥の手を持っているそうだが、それが何なのかは分からない。むしろ、分からないままの方が幸せかもしれない。
どちらにしろ、彼が有能であることは変わらない。実際、彼のお陰で、この国が安定を保っていると言ってもいいかもしれない。
そして、左隣には顔を仮面で覆った男が立っている。腰には剣が刺さっており、筋肉がしまっているので、彼の方は宮廷騎士側の側近である。
彼が宮廷騎士になって以来、王都開催の武道大会の覇者に君臨し続けている猛者である。“剣聖”と言う称号を持つこの国随一の剣士と言ってもいい。だが、彼の本名は不明で、“翡翠の騎士”と呼ばれている。話によると、彼の素性はエイル三世陛下しか知らず、彼はエイル三世陛下にだけは忠誠を誓っていると言う話だ。
これらのほとんどの情報は、昨日、青い鳥から教わったものである。俺が世間のことを知らなすぎなのか、こいつが知りすぎなのかは判断が困るところである。
俺達が王の前へやってくると、国王が俺の方を見て、
「………お前が“黒犬”か?」
そうおっしゃる。その時、俺は初めて聞くはずの声なのに、聞いたことあるような気がした。とは言え、相手は王だ。一般人である俺が彼と会うことなどあるはずがない。
「………その通りです」
しどろもどろになりながらそう答え、片脚だけ膝をついて、お辞儀をする。ほどではないとは言え、礼儀やマナーと言うものに慣れていない。そう言った世界で生きてきたわけではないので、仕方ないと言えば、仕方がない。
そして、国王が俺の横にいる青い鳥に視線を移すと、
「私は青い鳥と申します。以後、お見知り置きを」
あいつはそう言って、お辞儀をする。こいつが何事にも動じないことは前から知っていたが、王を目の前にして、この態度でいられるとはこいつの心臓はどうなっていると問いたい。
「………“青い鳥”か。お前は魔法使いなのか?」
王はそんなことを尋ねてくる。まあ、“青い鳥”などと言う偽名丸分かりの名前を紹介されては魔法使いだと疑ってもおかしくはない。
「魔法の知識は少し齧っておりますし、赤犬様に魔法のことを教わったこともあります。ただ、私は魔法を使うことができませんので、魔法使いと言うのは語弊があるかもしれません」
一方、こいつはペラペラとそんなことを言う。こいつの言うことに間違いはない。ただ、王が聞きたかったことは魔法使いでもないのに、偽名を名乗っているのかと言うことだろう。おそらく、こいつはそう言うことを知っていて、はぐらかしているとは思うが。
「では、何故、“青い鳥”などと名乗っているのだ?」
ほら、来た。俺相手なら、適当に流すことも可能だが、王相手にはそうはいかない。どうやって、言い訳をするつもりだ?
「………非常に言いにくいことなのですが、実は、私は俗に言う記憶喪失者というもので、八年以前の記憶がないのです。八年前、森の中にいた私を黒犬さんの両親が拾ってくださりました。その時、彼が私に、その名前をくれました。本当の名前は知りませんが、この名前を誇りに思っています」
こいつは堂々とそう言いやがった。青い鳥さん、俺はあんたが記憶喪失だって、初めて聞きましたよ。と言うか、二か月前くらいに、俺達は貴女の故郷に行きましたよね?そんでもって、貴女の逝かれた両親も見ましたよね?八年間一緒に暮らしていたおじさんは一体誰なんですか?そもそも、俺の記憶が正しければ、“青い鳥”などと言っためでたい名前を名乗ったのは他ならぬ貴女だったと思いますが?
そんな嘘に塗り固められた話なんて、すぐにばれてしまう。そんなことも分からないあいつではない。あいつはどんな意図を持って、そんなことを言ったのだろうか?
「………名前なんてどうでもいいことでしょう」
驚いたことに、口を出してきたのは王ではなく、今まで沈黙を保ってきた白フードの青年・“黒龍”だった。
「こいつは赤犬の推薦で宮廷騎士になりました。そして、こいつは宮廷騎士として十分の実力があったから、ここにいます。違いますか?もしこいつがここにいるべきでないのなら、その時はここから消えることでしょう」
彼は微笑を浮かべながら、青い鳥を見る。台詞だけを聞いていると、青い鳥を庇っているように見えるが、そうではない。流石に、彼の真意は分からないが、俺達に好意的と言うわけではなさそうだ。
「………それもそうだな。ただ、興味本位で尋ねただけだ。そもそも、追い出す気などない。黒犬が宮廷魔法使いになる代わりに、赤犬がこの少女を宮廷騎士の試験を受けさせるよう条件を出し、見事、合格を出したのに、すぐに追い出すような馬鹿な真似を誰がするか」
国王はそんなことを言ってくる。
どうやら、俺を宮廷魔法使いにする条件として、赤犬さんは青い鳥に宮廷騎士の試験資格を与えるように言ったらしい。そして、青い鳥はその試験を受けて、見事合格して、宮廷騎士になることを認められた。
もしこいつの意志ではなく、辞めることになったら、その時は俺も宮廷魔法使いを辞めてもいいということになる。どうして、王がそこまで俺を手元に置いておきたいと思うのか分からないが、青い鳥が余程のヘマをしでかさない限りは宮廷騎士から除籍されることはない。
「とにかく、黒犬、そして、青い鳥、私はお前たちをこの城の仲間として歓迎しよう。お前たちのこれからの活躍に期待している」
こうして、俺達はもう後戻りが出来なくなった。その時、青い鳥や鏡の中の支配者が言っていた“蒼狐”のことを思い出す。
果たして、俺は彼と同じ道を歩まずに済むことが出来るのだろうか?
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次回投稿予定は9月1日となっています。