Ⅱ
『 ちゃん、 ちゃん。聞いて。ビッグニュース!!』
私が本と睨めっこしていると、あいつが私に抱きついてそんなことを言ってきた。
『あんたも魔法使いなんだから、本名で呼ぶなって言っているでしょうが。魔法使いは本名で呼び合うことはいけないことだって、何回言えばいいの?』
私がそう言うと、あいつはシュンと小さくなる。あいつはそうやって、反省ポーズをするが、すぐ忘れてしまう。こいつの鶏並の頭をどうにかしてほしい。
『赤犬、蒼狐だって、反省しているんだから、これくらいにしてあげなさい』
師匠の赤猫さんは笑ってそう言う。
『そのことを忘れてしまうほど嬉しいことだったんでしょう。蒼狐にとっては』
『そうそう。だから、そんなに怒らない』
赤猫さんの援護があってか、こいつはそんなことを言ってくる。赤猫さんにそう言われては反論できない私は諦めた様子で、
『………で、そのビッグニュースって何?』
その時はこいつのビッグニュースとやらはどうせしょうもないことだろうと思った。だが、今回は違った。
『じゃじゃじゃん。俺なあ、今回、 ちゃんと一緒にライセンス受けていいって』
こいつはそんなことを言ってくる。その時、私は怪訝そうに、赤猫さんを見る。私がライセンス試験を受けることを認めて貰ったのはつい最近である。なのに、二つ下のこいつがライセンス試験を受けることを許されたのか納得できなかった。それはあいつより劣っていると言われているような気がして。
すると、赤猫さんは私の不満そうな様子に気づいたのか、苦笑し、
『本当は後一年見送ろうとしたんですが、蒼狐が落ちてもいいから、赤犬と一緒に受けたいと駄々を捏ねるものですから』
困りましたよ、と言うと、あいつはむすっとした表情をする。
『まあ、受かろうと、受からまいといい経験にはなると思いますが』
赤猫さんはそう言うと、あいつはにんまりと笑う。その時の私は仕方ないな、と思うくらいだった。
あの時、私はあんなことになるとは思わなかった。もしあんなことになると予想していたなら、私はあいつにやめろ、と言ったことだろう。そしたら、あいつは壊れることはなかったのかもしれない。
荒野にただ一人血まみれになったあいつの姿が鮮明に蘇る。
『 ちゃん、どうして、世界はこんなに汚いんだろ?』
きっと、あいつはあんな苦しい想いを抱かなかっただろう。
***
「なあ、青い鳥」
俺達の初お勤めの日、城に向かう途中、気になったことがあり、青い鳥を呼んだ。
「何ですか?初めて、城に行くから、緊張しているのですか?」
こいつはそんなことを言う。確かに、初めて、城へ行くのだから緊張している。だが、こいつも初めてなのだから、緊張していてもおかしくはないだろうに、そんな風には全然見えない。
「緊張はしているけど、そんなことじゃねえよ。その前に、お前は何で、そんな趣味の悪いものを付けて、王に謁見しようとしているところについて突っ込んでいいか?」
そう、こいつは何を思ったのか、仮面舞踏会の時、着用するようなアイマスクをしている。しかも、その悪趣味は逸脱している。宮廷騎士にも、一人、仮面を付けている奴がいたが、そいつより性質が悪い。お前は顔を隠さなければいけないほど、顔が悪い訳でも、事情もないだろ。
「格好いいですか?」
こいつは的外れなことを言ってくる。おそらく、こいつに何を言おうと、従う気はないだろう。こいつの変人奇人レベルはもはや神レベルだ。
「………お前のことはいつものことだって、諦める。それより聞きたいことがあるんだが、俺以外に王の推薦を受けた奴がいるって聞いたんだけど、知っているか?」
王の推薦を受けると言うのは凄いことである。恐らく、有名な魔法使いだろうと予測はできるが、俺は一度もそう言った話を聞いたことがない。
「確かに、知っています。彼は16歳の頃に推薦を貰ったそうです」
俺はそれを訊いて、ギョッとする。その人物、かなり凄い奴ではないだろうか?
「へえ、凄いな。そいつの名前は?」
そんなすごい奴なら、名前くらいは知っているだろうと思い、そう尋ねると、
「“蒼狐”です」
「ん?聞いたことないな」
16歳で、宮廷魔法使いになるのだから、今でも大活躍していると思ったのだが………。
「それは当たり前です。彼が16歳の頃、宮廷魔法使いになり、17歳の頃、隣国との紛争に駆り出され、死んだことになっています」
「………げ。本当か、それ」
もしかしたら、俺も“蒼狐”と呼ばれた魔法使いと同じ運命を辿ることになるとかはないだろうか?
「貴方が彼と同じ運命を辿るかどうかは王次第です。現国王が先代国王と同じ無能だったら、あり得ます」
「冗談はやめてくれ。本当にそうなったら、俺はどうするんだよ?」
まだ人生の四分の一も到達していないのに、死んでいくのは嫌だ。
「その時は安心して下さい。私も一緒に逃げてあげます」
こいつはそんなことを言ってくる。こいつは逃亡の達人だ。かくれんぼをしたら、こいつを見つけることなどほぼ不可能であるし、どんなに凄腕の魔法使いでも、こいつを見つけるのは難しい。
確かに、一緒に逃げてくれるなら、これ以上の心強い仲間はいないだろう。
「………そうだな。その時はよろしく頼むな」
こいつは「分かりました」と、返してくれる。はっきり言って、そう言う事態にならないことが一番ではあるが。
すると、教会から出てくる人影が見え、その人物と目が合う。その瞬間、俺は嫌な顔をする。
「おや?黒犬君と青い鳥ちゃんですか?こんなところで会うなんて奇遇ですね。これから、デートですか?お兄さんは羨ましいです」
彼は青い鳥の恰好に目を見開いていたが、こいつの変人気質を知ってか知らずか、あまり気にはなっていないようだ。
今回は紫の髪を肩まで伸ばし、中性的な雰囲気を漂わす男になっている。前回あった時とは容姿がかなり違っているが、この男は鏡の中の支配者。銀色狼の件の元凶である。
「何で、こいつとデートをしなければならないんだよ。これから、俺達は仕事しに行くんだ。貴方こそ、何しているんだよ?と行動をしていると思ったんだが?」
俺はそう言って、周りを見るが、断罪天使の姿はどこにも見当たらない。
「まあ、執行者の中ではエクちゃんと組むことが多いことは否定しませんが、普段は一人ですよ。お兄さんは裏仕事が多いですから。エクちゃんは今頃、キューちゃんとカニスくんの三人でバトルロヤイアルをしていると思います」
鏡の中の支配者はそんなことを言ってくる。
カニスとは娼婦館で出会った銀髪の青年のことである。あの事件の後、教会に保護されている。話によると、まだ外には出ることができないらしいが、敷地内なら出歩いてもいいことになっているらしい。
「キューちゃんって誰だよ」
キューちゃんなる人物は執行者の一人だろう。話によると、執行者はNO.1~NO.7までいるそうだ。俺達が会ったことがないのはNO.1、2、4、5、7なので、その中の誰かだろう(そのうち、NO.5は空席となっているので、除外)。
「キューちゃんなる人物はNO.4で間違いないです。剣術においては執行者の中では彼が一番です」
「じゃあ、断罪天使はどうなんだよ。あいつの剣の腕前は凄かったと思うが?」
あの男の剣術もかなりの腕前だったと思うが………。
「確かに、並みの剣士より断罪天使は強いです。ですが、考えても見て下さい。剣術は我流で、特に訓練も受けていない小娘と同等です。言ってはいけないとは思いますが、剣術だけなら、私の方が勝っていたはずです。その三人で剣術だけのバトルロヤイアルだったら、確実に彼が最初に脱落します」
こいつはの師匠であるがいると言うのに、そんなことを平気で言ってくる。弟子がぼろくそに言われたら、流石に怒るのではないだろうか、と思って、鏡の中の支配者の方を見ると、
「それは当たり前でしょう。エクちゃんはバリバリの魔法使いタイプです。そんな彼があそこまでの実力を付けているだけでも驚きと言うものです」
彼までそんなことを言ってくる。俺は無意識的に肩にかけている大剣をちらっと見る。魔法使いタイプのに剣を折られた俺は剣士にかなり向いてないとおっしゃりたいのですね。
「まあ、魔法ありなし関わらず、バトルロヤイアルをしたら、断罪天使がまず最初に脱落するはずです。カニスの勝つ条件は長期戦に持ち込むことです。彼も剣術では達人級ですが、あと一歩帝王に及びません。逆に、帝王は短期決戦にしなくてはなりません。おそらく、カニスと長期で戦うことは自殺行為としか言いようがありません」
断罪天使やカニスはとにかく、一度も会ったことがない帝王のことをそこまで言えるとはこいつのことは馬鹿に出来ない。
「………普通に戦えば、の話ですが」
こいつはそう付け加えると、鏡の中の支配者は目を見開き、驚愕の表情を見せ、
「ブラボーとしか言いようがありませんね。いやはや、青い鳥ちゃん、本当に執行者になる気ありませんか?」
「嫌です。あんな化け物集団と同じカテゴリーに入れられるのは心外です」
こいつは憤慨しているような様子でそんなことを言う。
「確かに、化け物集団であることは認めますが、青い鳥ちゃん、貴女は執行者になる条件を揃えているのですから、いつでも化け物集団のお仲間入りできますよ。ソフィアちゃんの席が空いたら、無理矢理就かせるかもしれないので、ご注意を」
「その時は全力で逃げるので、大丈夫です」
こいつは全拒否する。俺だって、あんなところにご招待を受けたら、全力で逃げる。
「なあ、執行者になる為の条件って、単なる強さだけじゃないのか?」
俺は鏡の中の支配者に尋ねると、
「確かに、強さも関係ありますよ。ただ、強くなるだけなら、努力さえあればどうにかなるもんです。例えば、エクちゃんの剣術みたいにですね。ですが、それだけでは駄目です。軍などは実力さえあれば入れます。ですが、お兄さん達のような執行者は強さだけでは入れるものじゃないのです。執行者に必要なのは才能。“選ばれた者”のみが上がることが許される聖域というべきでしょうか?人形工場はその才能を見つける為のところと言ってもいいでしょう」
それを聞くと、俺は何とも言えない恐怖を感じてしまう。それではまるで、選ばれなかった人間は死んでもいいと言っているようなものだ。
「貴方の言いたいことは分かります。確かに、あそこは選ばれた人間以外は死んでも仕方がないと言った場所です。前に、お兄さんは言いませんでしたか?弱い奴は死んでも仕方がない、と。世界と言うものはそんなものです。選ばれなかったから、死んで行く人々がいるんです。我ながら歪んだ思考だと思いますが、仕方ありません。選ばれた人間だって、選ばれなかった人間を助ける余裕などあるはずがないんです」
とは言え、選ばれた人間は選ばれなかった人間達に殺されると言うこともあるのですけどね、と彼はそんなことを呟いていた。
「あんたの言いたいことはよく分からない。つまり、その才能って何なんだ?」
俺はまどろっこしく言われて分かるような賢い人間ではないので、簡潔にお願いしたい。
「才能と言っても一概には言えませんが、簡単に言ってしまうと、特異能力です。普通なら、人間が使うことが出来ない能力です。魔法でない魔法と言えます。例えば、そうですね。私の手のように魔法陣の波長を変えたり、波長を視ることのできる目もその部類に入ってしまうのでしょうか?」
遠まわしにしか話すことが出来ない鏡の中の支配者の代わりに、青い鳥が親切にも説明してくれる。
「そんなところで合っています。それより、黒犬君達、どんな仕事をしに行くか知りませんが、時間は大丈夫ですか?」
彼にそう言われて、懐中時計を見ると、十時まであと十分と迫っていた。
「やばい。早く城に行かないと間に合わないぞ」
俺がそう言うと、彼は眉間に皺を寄せ、
「城へ?城でアルバイトですか?」
お皿洗いでもするんですか?と彼は尋ねてくる。
「アルバイトではない。仕事だよ。成り行き上、こいつは宮廷騎士で、俺は宮廷魔法使いになってしまったんだよ」
俺がそう答えると、彼の皺がもっと深く寄せられる。
「………黒犬君は宮廷魔法使いの試験を受けたのですか?」
お兄さんの記憶が正しければ、貴方にはそんな時間はなかったと思いますが、と彼は不思議そうに尋ねてくる。
「俺もそんなもの受けた記憶はない。いつの間にか、王の推薦を戴いてしまって、宮廷魔法使いになる羽目になっちゃったんだよ」
俺がそう言うと、彼は信じられないと言う表情を浮かべ、
「王の推薦……ですか………。まだあんな制度が残っていたとは思いませんでした」
そう呟いていた。彼がどうして、そんなことを言うのだろうか?そう言えば、赤犬さんの知り合い、おそらく蒼狐さんと言う魔法使いが王の推薦を受けたそうだ。もしかしたら、彼もその蒼狐のことを知っているのかもしれないと思い、
「そう言えば、“蒼狐”と言う魔法使いが王の推薦を受けたそうだが、あんたはそのことを知っているのか?」
俺がそう尋ねると、彼は複雑そうな表情を浮かべ、
「………知っていると言えば、知っているし、知らないと言えば、知りません。話によると、かなりの甘ちゃんだったらしいですよ。そして、人を疑うと言うことを知らない大馬鹿野郎です。彼には才能があったらしく、1年はどうにか乗り越えられたそうですが、とある戦争に投入された時、自分の能力では処理出来ない事態に陥り、死んでしまった愚かな人間です」
彼はそれだけ言うと、お兄さんも仕事がありますので、この辺で失礼させてもらいます、と城下町の方へと歩いていく。そして、帰り際に、俺の耳にこう囁いていった。
「貴方が彼のような人生を歩むことがないことを切に祈っています」
と。俺はただ、彼の言うことが分からず、ただその場で彼の後姿を見ることしかできなかった。
感想、誤字・脱字などがありましたら、よろしくお願いします。
次回投稿予定は8月25日となります。




