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 あいつが推薦を貰い、宮廷魔法使いとなって、1年が経過しようとしていた。あれから、あいつは姿を見せておらず、便り一つも寄越さなかった。城は閉鎖的な所なので、あいつがどうしているのか、元気にしているのか、何の情報も入ってこなかった。

 あいつが何故、私に何も言わずに姿を消したのだろうか?赤猫さんは何か事情を知っているみたいだが、寂しそうな表情をするだけで何も教えてはくれなかった。

 宮廷魔法使いは魔法使いなら誰でも憧れるものだ。その為、宮廷魔法使いの試験の難しさはライセンス試験の比ではない。ライセンス試験は一年に一人出ればいい方だが、宮廷魔法使いの試験は数年に一人出ればいい方だと言う。なのに、あいつは王の目に止まり、推薦を貰ったのだ。そんな凄いことはない。おめでたいことなのに、私には言ってくれなかっただけでなく、姿まで消した。それに、ライセンス試験の日、あいつの異常なほど怯えていたことも気になる。もしかしたら、宮廷魔法使いになることと関係があるのかもしれない。

 私はあいつの真意が知りたくて、宮廷魔法使いになろうと思った。いや、ただ、あの時の私はあいつと同じラインに立ちたかっただけだったのかもしれない。あいつが推薦を貰い、私は貰えなかった。いつも一緒にいたはずのあいつとの間に大きな溝が出来たような気がして。

 だからこそ、努力を重ねた。一日でも早くあいつに追いつけるように。その努力が実を結んだようで、あれから一年後、私は狭き門を突破し、宮廷魔法使いになることができた。ただ、赤猫さんは最後まで私が宮廷魔法使いになることに対して、渋っていた。

 ようやく、あいつと同じラインに立てる。それが何よりも嬉しかった。あの時のように、あいつと一緒にいることができる、その時は思った。

 だが、今だからこそ、断言できる。あの時の私の選択は間違えだった、と。いや、正確には違うのだろう。間違えだと分かっていても、修正はできなかっただろう。

 王に面会する為、城の門番に許可を取り、城の中を通り、中庭を通る時、私は信じられない光景に出くわすことになった。

『………ひぃ、助けて………』

 中庭の奥の方で、そんな声が聴こえて来た。その声を聞いて、赤猫さんの言葉が蘇る。

―城の中と言うものはいじめがはびこりやすい場所です。ちゃんと、適切な対応をしないと、どんなことが起きるか分かりませんよ―

 まさか、こんな早く、いじめの現場に出くわすことになろうとは思いもしなかった。このまま、見知らぬ振りして、素通りするべきなのかもしれない。下手に、私が構うと、標的が私になってしまうかもしれない。一応、赤猫さんの知り合いらしい貴族が私の後ろ盾になっているが、私の身勝手な理由で、その方に迷惑をかけるわけにはいかない。

 私は気付かないふりをして、王宮へ向かうとすると、

『………俺にあんな目に遭わせといて、よくそんなことが言えるよな?』

 聞き覚えのある声が聞こえてきて、私は反射的にその方向を見る。すると、そこには少し背が伸びていたが、間違いなくあいつだった。

『………どうして……』

 私はそれしか言うことが出来なかった。あいつが一方的にいじめられていたところなら、幾度も見たことがある。だけど、この光景はかなり異質だった。

 あいつが同じ宮廷魔法使いの少年を蹴り飛ばしている姿もさることながら、その周りには数人の少年少女達が倒れている。

 生きてはいるようだけど、言葉通り、半殺し。

 一対複数で、ここまで一方的に返り討ちにしたあいつに、恐怖を覚えた。

 あいつはどんな時でも、人を傷つけることはしなかった。あいつほど、誰にでも優しくする人間などいなかった。

 なのに、どうして、今、私の目の前に、こんな光景が広がっている?

『………   ちゃんが、どうして、ここに』

 一方、あいつは私に気付き、表情が凍りついた。

 その時になって、やっと理解できた。私達の関係は修復不可能であることを。

 もしかしたら、赤猫さんは気づいていたのかもしれない。あの時点で、私とあいつの道が交わることがないことを。


***

 あの後、青い鳥とは別行動となった。話によると、他の宮廷騎士と顔合わせがあるらしい。あいつのことを暖かい目で出迎えてくれる先輩たちであることを祈ろう。

 もしあいつのことを気にいらない輩が現れた場合、あいつは気に入られようとして、ストーカー紛いの行為に走るだろう。城まで来て、あいつの後始末に追われるのは御免被りたい。

 俺はと言うと、白フードの青年・黒龍さんに連れられ、最初に、俺が使う部屋を案内してもらってから、城の案内をしてもらっている。

 彼曰く、宮廷騎士は個人個人の能力の高さも必要ではあるけど、彼らは基本的軍の兵士達と同じようにチームワークを求められる場面もあるそうだ。宮廷騎士と言うのは少数精鋭だからこそ、互いのことを知ることが必要だそうだ。

 一方、宮廷魔法使いは魔法の性質や彼ら自身の性格からか、集団行動などに向かない。宮廷騎士と宮廷魔法使いが協力し合うことがあっても、宮廷魔法使い同士が協力するということなどあり得ないそうである。

 そもそも、魔法使いになる人のほとんどが貴族であることもあり、彼らのプライドからか、人に頼ったり、自分より他人が目立つことを嫌がる傾向がある。宮廷魔法使いはエリート中のエリートと言うことがその原因を作っているのかもしれない。

 その為、会った時には紹介を受けるが、宮廷騎士のように集められて、互いに紹介と言うことはないそうだ。

「そう言えば、お前は宮廷魔法使いがどういう仕事をするのか知っているのか?」

 彼はそんなことを訊いてくる。

「王の護衛や補佐をする役目にあるくらいなら、知っていますが………」

 俺がそう言うと、何故か、彼は溜息を吐く。何か馬鹿にされているような気がするのは気のせいだろうか?

「………あのクソ犬。テメエの弟子なら、説明責任をちゃんとしとくもんだろうが」

 彼は悪態をついてくる。赤犬さんをクソ犬と言える時点で、この人の凄さを窺える。この人の話し方は何処となく、赤犬さんに似ていることにも気付く。もしかしたら、赤犬さんと彼の間に何らかの関係があるのではないかと思えてくる。

「まあ、この場にいない奴のことを言っても、意味がねえから、簡単に説明すると、確かに、お前の解釈している宮廷魔法使いは間違ってはいないが、正しくもない。護衛は宮廷騎士の連中に任せておけばいいし、補佐は大臣共に任せておけ。そんなこともできない大臣は消えた方がいい」

 彼はそんなことを言ってくる。それなら、宮廷魔法使いは何をするのだろうか?俺が怪訝そうにしていると、

「なら、宮廷魔法使いは何をする仕事か?宮廷魔法使いと言う連中はいわゆるお飾りだ。宮廷魔法使いが強ければ強いほど、国民の王に対する好感度が上がる。こんな強い奴がいるのなら、この国は安泰だ、と錯覚をしてしまうわけだ。実際、先代の時だって、あんな無能で、しかも、馬鹿大将に全権をゆだねるなどと言った類稀に見る超がつくほどの大馬鹿行為を行ったと言うのに、国民はあまり不平を言うことはなかった。何故だと思うか?」

 彼はそんなことを尋ねてくる。

 確かに、彼の言う通り、先代の行動は愚の骨頂と言うしかなかった。心の中ではそう思っていた人たちもいたと思うのに、国民は勿論、城の内部から非難や反政府運動など起こらなかった。

「先代の王がそう言った人達を捕まえ、死刑にしていったとか、ですか?」

 理由が思いつかず、とりあえずそう答えると、

「………普通なら、そう考えるだろう。だが、実際、そんなことをしたら、反政府行動を激化させたりして、逆効果になってしまうだけだ。だから、先代はそんなことをしていない」

 そんな話があれば、国民の耳に入ってきてもおかしくはない。なら、どうして、そう言った行動に出なかったのか?

 俺は青い鳥のように、観察眼や洞察力には優れていない。だが、俺でも薄々気づいていた。

 彼が“黒龍”の他に呼ばれている二つ名・“眠れる龍”。

 彼の竜の眠りを妨げた者には凄惨な結末が待っているとされている。その噂がどう言うことを表しているのかが今なら理解できる。

 それは彼が十数年と言う歳月を宮廷魔法使いとして生き抜くことが出来たのは彼の人柄だとか、先代のお気に入りだったとかそう言うことではない。彼が何人足りとも追随することを許さない実力があったからに他ならない。

 先代がどうして、自分勝手な政治ができたのか?それは先代の傍らに眠れる龍がいたからだ。

 おそらく、先代の怒りを買った人々は龍の餌食となってしまったのだろう。

「宮廷魔法使いと言う連中は昔から、汚いものに蓋をかぶせる役を担っていた」

 彼は気付きたくはなかった、気付かない方が幸せだっただろうことを俺に突きつけてくる。

「俺だって、幾度もその役回りを果たしたし、お前の師匠もそうした。宮廷魔法使いになったからには避けては通れない道だ」

 もし彼の言っていることが正しいのなら、俺は近い将来、王の為に自ら泥をかぶらなくてはならない時が来るのかもしれない。

 赤犬さんが了承したのだから、断ることが出来なかったという背景があったわけだが、赤犬さんが何と言おうと、断るべきだったのかもしれない。

「………どうして」

 自然とその言葉が漏れる。俺は宮廷魔法使いがそんな仕事だと知らなかった。だが、赤犬さんは恐らくそれを知っていただろう。なのに、赤犬さんはそのことについて、何も言ってくれなかったことが信じられなかった。

「………自分の師匠を恨むなり、この国のシステムを憎むなり、好きにしろ。だが………」

 彼は俺を見て、

「ここから逃げようとは考えるな。このことを知ったからにはここから出す気はない。俺は何だかんだ言って、赤犬のことは気に入っている」

 原始的な恐怖を植え付けるような視線を向ける。

「俺にてめえを殺させるな」

 彼の言葉に、俺は頷くことも、反論することもできなかった。

 その後、彼は「てめえの部屋はもう教えたんだから、自分で戻れ」とだけ言って、背を向けた。

 赤犬さんは自分が嫌だと思うことを、他人に押し付けるような真似をする人ではない。

 なら、どうして、貴女は俺を宮廷魔法使いにしたのですか?教えて下さい、赤犬さん!!

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