第八話 喪服
数日が経った。
店はもう開けていなかった。することのない時間が、メアリーには不慣れだった。座っていることにも、立っていることにも、意味がなかった。
メアリーは木箱を開けた。
底に、男物の服が残っていた。結婚の日に畳んで入れたまま、一度も出していなかった。
シャツを持ち上げる。古い汗と、長く閉じ込められていた布の匂いがした。
「また、お前か」
しばらく、それを手に持ったまま座っていた。
鋏の音を思い出した。一房ずつ床に落ちていく髪。目を合わせずにボタンを留めていた、母の指。
母がその後どうなったのか、メアリーは知らなかった。家を出てから、一度も便りを出さなかった。出す先も、もう分からなかった。
今、「着なさい」と言う者はいなかった。
メアリーは、自分で袖に手を通した。
ボタンを一つずつ留めた。胸元を整えた。髪をまとめ、鋏を入れた。
「食べていくためよ」
口に出してから、それが母の言葉だったことに気づいた。
鏡を見た。
鏡の中に、昔の自分がいた。そう思った。
けれど、よく見ると違った。あの頃より、ずっと年を取っていた。
あの日は、着せられた。
今日は、自分で着た。
違いは、それだけだった。
*
西インド諸島へ向かう船が、人手を探していた。
募集の男がメアリーを見た。
「船に乗ったことは?」
「ある」
「銃は?」
少し間があった。
「使える」
「名前は?」
一瞬、口が動きかけた。メアリー、と。
言わなかった。その名前は、トムと一緒に置いてきた。
いつもの男の名を名乗った。
「よし。明日の朝、出る」
採用された。
*
翌朝、空は晴れていた。
今日は晴れる、と言う者はいなかった。
船が港を離れた。
陸が少しずつ遠ざかっていく。トムと暮らした街が、だんだん小さくなっていった。
メアリーは振り返った。
見えなくなるまで、ずっと見ていた。
やがて陸が見えなくなった。
メアリーは袖を引いた。
昔と同じ、硬い布だった。
第八話 完




