↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
男の服を着た女――女に戻るたび、自由がなくなった  作者: 八雲 海


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/9

第九話 西インド諸島

暑い。

甲板の板は素足では歩けないほど焼けていた。汗が止まらず、塩を吹いた服が肌に張りついた。

臭い。

船倉には腐った水と、干からびた食料の匂いが染みついていた。ネズミが夜通し走り回った。

うるさい。

嵐が来れば怒号が飛び、凪《な》げば凪いだで、退屈した男たちが喧嘩《けんか》を始めた。

想像していた新世界とは違った。自由の匂いなど、どこにもしなかった。あるのは、慣れない暑さと、慣れない虫と、変わらない罵声《ばせい》だけだった。

メアリーは甲板を磨きながら、ふとそのことに気づいた。

服を変えても、名前を変えても、世界は簡単には変わらない。変わるのは、自分がどちらの側から扱われるか、それだけだった。

*

その航海の途中、船が襲われた。

見張りが叫んだときには、もう遅かった。黒い旗を掲げた船が、風上から迫っていた。

抵抗する間もなく、乗り込まれた。

甲板に並ばされた乗組員たちの前を、海賊たちが歩いた。品定めするような目つきだった。殺される者、船に残される者、連れていかれる者。その場で選別が始まった。

メアリーの前で、一人の男が足を止めた。

殺されると思った。

けれど男が聞いたのは、別のことだった。

「働けるか」

メアリーは一瞬、意味を測りかねた。

「何を」

「何でもだ」

短い沈黙のあと、メアリーは答えた。

「働ける」

男は頷き、次へ進んだ。それだけだった。合否のようなものは、それきり告げられなかった。

*

その夜、メアリーは新しい船の甲板に立っていた。

陸の商船とは違う空気があった。規律はあるが、階級のための階級ではない。使えるかどうか、それだけで扱いが決まる場所だった。

軍隊にいた頃を思い出した。あそこも似たようなものだった。ただ、あそこには国という建前があった。ここにはそれすらなかった。

働けるか。それだけを問われる世界。

メアリーには、その率直さが、むしろ息をしやすかった。

第九話 完



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。