第三話 同じ部屋
同じ部屋に、やたらと話しかけてくる男がいた。
トムという名だった。年はメアリーより少し上で、口数が多く、静かにしていられない性分らしかった。行軍の合間にも、寝る前にも、何かしら喋っていた。
「お前、あんまり喋らないよな」
メアリーは黙って装備の手入れを続けた。
「別にいいんだ。俺が喋るから」
トムはそう言って、勝手に笑った。
メアリーはこの男から距離を取っていた。理由は説明できなかったし、する気もなかった。ただ、近づかれると、体のどこかが緊張した。
*
戦場で、メアリーは足を滑らせた。
銃が手から離れ、泥の中に落ちた。拾おうとした瞬間、頭上を弾が抜けた。動けずにいたところへ、トムが銃を拾って戻ってきた。
「持ってけ」
それだけ言って、また前へ出て行った。
戦いが終わった後、メアリーは肩に傷を負っていた。深くはなかったが、血が出ていた。トムがそれを見つけた。
「脱げ。見てやる」
「触るな」
声が思っていたより鋭く出た。トムが一瞬驚いた顔をした。それから何も追及せず、布だけを差し出した。
「分かった。じゃあ自分で巻け」
それだけだった。理由になっていないような態度だった。しかしメアリーには、それ以上を聞かれなかったことが、何よりありがたかった。
*
その夜、メアリーは焚火の脇で、傷に巻かれた布を見ていた。
男として扱われることには、もう慣れていた。兵士として、労働力として、数のひとつとして扱われることには。
けれど、ただ隣にいたという理由だけで助けられたことは、これまでの人生でほとんどなかった。
トムは何かを見返りに求めなかった。メアリーの正体も、過去も、知らなかった。ただ隣にいた者を助けた。それだけだった。
メアリーは布に触れた。
自分でもよく分からない感情が、胸のどこかにあった。それに名前をつけることは、まだできなかった。
第三話 完




