ガリャール城
ガリャール城は、川と街道を押さえる要衝である。二百人程度が詰めることを前提としており、規模は小さい。
ただし、川に接している東側からは攻めようがない。
ダルボーズは、攻撃が容易な南側から攻めよとシャルールに命じた。
「名誉ある先陣を聖女殿にお任せする。我々は長駆して北面に回り込む」
シャルールは、型通り「ありがたき幸せ」と言いつつ、内心で舌打ちした。
つまり我々は囮か……。
ダルボーズの意図は読めたが、拒否する権利はない。
シャルールは、すごすごと去っていった。
「あの者たち……よろしいので?」
「何か問題があるか?」
「女神フェンディアナの名を軽々しく騙る不逞の輩、処断すべきかと」
「それはいつでもできる。いいではないか。フェンディアナの啓示だか神託だかを受けた聖女。フェンディアナの加護。それで兵の士気が上がるなら利用価値があるというもの」
ダルボーズは、「ふん」と鼻を鳴らした。
「ダルボーズ卿は、聖痕とやらをどうご覧になったので?」
「分からん」
「お分かりにならなかった?」
「傷は確かにあった。それが聖痕かどうかなど、分かるはずがなかろう。傷など人間でも付けられる。それなりに深手には見えたな。自分で刺したとすれば、大した心意気だ」
「これから、あの者どもをどうないますか」
「この戦いの結果次第だな。死んだら、その辺りに埋葬くらいはしてやろう。生き残ったなら、フェンディアナの聖女としてますます利用価値が高まろう」
ダルボーズは、下がっていった家臣から目を背けて舌打ちした。
処断だのなんだのと、小さい男よ。
フェンディアナの啓示や聖痕など、些事に過ぎん。確かめようもないことを考えるなど時間の無駄ではないか。
あの娘を旗印に、実際に四つの村が解放された。あの娘には、人を動かす力がある。事実と結果だけ見ればよいのだ。
◆
ガリャール城の南面に回ったシュリエ一行。
シャルールの顔色は優れなかった。
「攻めよ」と言われても、シャルールに攻城戦の知識などない。何をすればいいのか、分からない。
彼が途方に暮れているのを知ってかしらでか、同行したダルボーズの家臣が
「辺りの木を使ってハシゴを作り、城壁の上に切り込むのだ」
と言った。おかげで、シャルールは農民たちに訳知り顔で指示することができた。
辛うじて、「知恵者」の面目を保った。
だが、早くも己の限界を悟らざるを得なかった。
僕は、何も知らない。
異国人が何者なのか、王国がどうなっているのかも知らない。
戦うと言いながら、戦い方も知らない。
無学な農民どもを見下していたが、実は彼らと大差などなかったのだ。
それでも、この地位にしがみつくしかない。
シュリエを利用してでも。
農民たちは無学だが、ハシゴ作り程度ならお手の物である。武器として持ってきた農具を使って木を切り倒し、五つのハシゴを完成させた。
「よし、ハシゴを城壁にかけて、上るんだ! 一番乗りには褒美が出るぞ!」
「みんな! 神は乗り越えられない試練を与えません! エルゲ……何だっけ、異国の兵士たちを皆殺しにするのです!」
シャルールとシュリエに鼓舞され、農民たちは城壁に殺到した。城壁の高さは約六メル。
農民たちは城壁に駆け寄ると、ハシゴをかけてやみくもに上ろうとする。だが、弓兵による援護射撃もない。普通は、弓兵が下から矢を射かけて城兵の行動を制約するものだ。
エルゲント兵にしてみれば、立てかけられたハシゴを蹴落とすだけで阻止できるのだから攻撃にすらなっていない。
だが、煩わしい。
「あの目障りな農民どもを射倒せ」
「矢もタダじゃないんですぜ?」
相手は雑兵どころか、みすぼらしい農民。殺したところで手柄にもならない。鹿や猪の方が、食える分だけましである。
農民など、動物以下の価値しかない。
エルゲント兵は、しかたなく何本か矢を放った。それらはことごとく農民たちに突き刺さった。
百メルほど離れた場所で戦いを見守っていたシュリエは、農民たちが次々に倒れるのを見て髪の毛をかきむしった。
「みんな! 今助けに行くから!」
シュリエは、悲鳴を上げて助けに行こうとする。だが、馬がいうことをきかない。
乗馬などしたことがないのだから、そもそも操れない。
さらにそもそも、この馬は荷馬車を引くためのもので、人を乗せたことなどない。鞍も鐙も付いていない。農民が乗馬用の馬具など持っているはずがない。
農民には、何もないのだ。
馬はシュリエの意思には従わなかったが、彼女の悲鳴には驚いた。驚いて、駆け出した。
城壁に向かって、まっしぐらに。
シャルールは、城壁に突進していくシュリエを見て仰天した。
彼女を失ったらただの農民に逆戻りしてしまう、と思った。
ラ・ペ村で、頭でっかちの青二才として扱われるのは退屈だ。
だが、シャルールには何もできない。
城壁を上ろうとしていた農民たちは、「聖女様が加護を与えに来てくれた」と大いに喜んだ。「フェンディアナの聖女がいれば勝てる!」と、大いに鼓舞された。
シュリエは、振り落とされないように馬の首にしがみつき、悲鳴を上げ続けた。が、彼女から離れたところにいる農民たちには、彼女が戦意を鼓舞する歌を歌っているように聞こえた。
農民たちはますます奮い立った。
城壁上のエルゲント兵は、混乱した。
騎馬で突っ込んでくる意味が分からない。
一騎駆けの意味が分からない。
矢が届く距離をうろつく意味が分からない。
乗っているのは小娘のようだ。ますます意味が分からない。
一瞬の空白――。
「何でもよい! あの目障りな小娘を射よ!」
最初に正気を取り戻した古参兵が命じた。
エルゲント兵は皆、シュリエに狙いを定めて射かけた。
だが、混乱した馬は右往左往して、矢が当たらない。
矢が、なぜか当たらない。
エルゲント兵は、ムキになってシュリエを狙った。
だが、なぜか当たらない。
だんだん気味が悪くなってきた。
なぜ当たらないのか、分からなかった。
エルゲント兵がシュリエに気を取られている間に、ハシゴを上り切る者が出てきた。
城壁に上がった農民たちは、「フェンディアナが望みたもう!」と叫んでエルゲント兵に斬りかかる。
彼らは、既に人殺しを経験している。
神が許していると思っている。
ろくな武具も持たず、歪んだ笑みを浮かべて突進してくる農民たちに、エルゲント兵は恐怖した。
◆
「南側に敵兵が集中しているようです」
「よし、この隙に北側を落とせ」
ダルボーズは、手薄になった北側への総攻撃を命じた。
北北西にあった影が東に長く伸びるころ、ガリャール城は落ちた。ダルボーズ軍は損害らしい損害もなく、ダルボーズはこの結果に満足した。
「フェンディアナの聖女、大いに結構。我が軍はフェンディアナの加護を与えられたのだ! 勝ちどきを上げよ! フェンディアナ万歳! 聖女万歳! 王国に栄光あれ!」




