ダルボーズ
フェンディアナの使いは約六十人。皆まともな武具もなく、剣だけでなく農具を手にしている。
シュリエだけが馬に乗っている。「集団の象徴でもある彼女は特別な存在として見えなければならない」とシャルールが主張した結果だった。
シュリエは、初めての乗馬に「高ーい」「揺れる~」などと言ってはしゃいでいる。村から出ることは滅多にないので、村の外の景色も新鮮だった。
シャルールはくつわを取って歩きながら、「あまり騒がないように」とたしなめた。聖女としての神秘性が損なわれたら、彼女の価値が下がってしまう。
村を出て十キメル近く進んだ頃、彼らの前に二百五十人ほどの軍勢が現れた。
皆、甲冑を身に着け、剣や槍を携えている。貴族の封建軍だ。
「シャル兄、どうするの?」
シュリエは無邪気に問いかける。当のシャルールの顔からは血の気が引いていた。
数も装備も練度も比較にならない。間違いなく、全員殺される。
だが、異国の軍勢ではないらしい。
王国の軍勢であれば、大過なくやりすごせるかもしれない。
そんなことをシャルールが考えているうちに、一騎の騎兵が近づいてきた。
「お前たちは何者か」
フェンエルス語だ。
シャルールは気を取り直して答えた。
「我ら、ラ・ペ村他の農民でございます。異国の兵士を討ち滅ぼし、彼らの本拠地に向かっております」
「ほう。やはりお前たちが噂の者どもか。ダルボーズ卿のお召しである。聖女とやら、付いてまいれ!」
「ダルボーズ卿!? ご領主様でございますか!」
「左様。早く致せ!」
ダルボーズとは、ラ・ペ村をはじめとする一帯を領する貴族である。
シュリエは、不安そうにシャルールを見る。シャルールも不安だが、行かないわけにもいかない。
「私も同行してもよろしいでしょうか」
「一人くらい、好きに致せ。さ、早う」
「シュリエ、僕が付いているよ。みんなはここで待っていてくれ」
こうして、シュリエとシャルールはダルボーズの前に引き出された。
道の脇の草原に簡易的な本陣を構え、ダルボーズは椅子に座っている。ダルボーズの家臣は彼の後ろに起立して並んでいる。
シュリエとシャルールは、敷き布の上でひざまずいた。
「その娘が聖女とやらか」
「は、はい!」
「何をもって聖女と称するか」
「あ、あの……」
シュリエは、貴族の前に突然引き出されて舞い上がっている。
代わりにシャルールが答えた。
「彼女は村の礼拝堂に籠もり三日三晩フェンディアナに祈りを捧げ、『王国を救え』との啓示を賜りました。その際に、フェンディアナの聖痕を体に刻まれました。彼女を擁した我々四つの村は、異国の兵士を全て討ち滅ぼすことに成功致しました」
「異国? ああ、エルゲントの兵のことか」
「エルゲント、でございますか」
「知らんのか。フェンエルス王国の北西にある島を支配する王国よ」
シャルールは、やっと敵の正体を知った。
言い換えると、敵の正体すら知らない農民に過ぎなかった。
「フェンディアナの啓示、か。して、聖痕とは?」
「フェンディアナが邪神ヴォールに心臓を刺し貫かれた際にできた傷と同じ位置に、突然傷が出現したのです」
「傷が出現しただと? にわかには首肯しかねるな。見せてみよ」
「シャル兄……」
シュリエが、見せるべきか否かと顔で問いかけている。「安易に見せるな」という言いつけを気にしているらしい。
「ご領主様に、聖痕をお見せするんだ」
「分かった!」
シュリエは上着を脱ぐと、肌着の留め具を外して聖痕を露出させた。
「よく見えん。近う」
「シュリエ、ご領主様の近くに行って」
「分かった!」
シュリエは立ち上がると、スタスタと進んでダルボーズの眼前に聖痕を突き付けた。
「なるほど。心臓の位置に傷がある。治りかけているが、両刃の……槍の穂か短剣のようなもので刺されたような傷だな」
ダルボーズは、顔をしかめて「もうよい」と言ってシュリエを下がらせた。「服をはだけている年端もいかぬ少女の胸元を凝視している」という状態であったことに気付いたらしい。
「で、異国の兵の本拠地――つまりガリャール城に攻め寄せようとしていた、と? あの農民どもでか?」
「り、領主様が助けてくれなかったからだ!」
シュリエが叫び、シャルールは文字通り飛び上がった。
「シュリエ! ご領主様に対して無礼じゃないか! 下がりなさい!」
「だって、だって、領主様が助けに来てくれれば、村のみんなは、ジェランは……。こんなに兵士がいるなら、勝てたじゃない!」
「シュリエ、黙りなさい!」
シャルールは彼女の腕をつかんで下がらせると、彼女を床に押しつけた。
「作法も知らぬ子供にて、無礼はお許しを!」
シャルールは冷や汗と脂汗を同時に吹き出しながら、ブルブルと震えた。
「全て終わった」と思った。
「よい。領民たちには詫びねばならぬと思っていたところだ」
「わ、詫び……? ご領主様が?」
「王の命で、西に兵を出していた。その隙をエルゲントに衝かれた。自領に戻ってみればこのザマよ。お前たちにも苦労をかけたようだな」
「それだけですか?」
「うん?」
「それだけですか? 私の弟はエルゲ……とかに殺されました。村人も何人も殺されて、女たちは酷い目に! それなのに、『詫びる』の一言ですか?」
シュリエはシャルールの手を振りほどき、泣きながらダルボーズに詰め寄ろうとする。
「シュリエ、やめなさい! 黙りなさい!」
「だって!」
「よい。その娘の不満はもっともである。言わせてやれ」
「ご領主様……」
「だが、結果は変わらぬ。領地の守備に割く兵はなかった。お前たちを守ることはできなかった。死んだ者を生き返らせることもできぬ。今できることは、詫びることだけだ」
「……」
「不満のようだな。私がひざまずけば気が済むか? だが、領主として、平民にひざまずくことはできん。私の身分が、それを許さない」
シュリエは、ダルボーズをひざまずかせたかったわけではない。ではどうしたいのか、も分からない。
再びシャルールに押さえ込まれたシュリエを、ダルボーズはしばらく無言で眺めていた。その表情からは、何を考えているのか全くうかがい知れない。
「我らはこれからガリャール城を攻める。本来なら、お前たち農民は邪魔ゆえ追い返すところだが、特別に参陣を許す。村の仇であるエルゲント人をお前たちも討ち取るがいい」
ダルボーズは、つまらなそうに語りかけた。
早速ブクマしていただき、ありがとうございます。
しばらくは、話の端々に混入している違和感をお楽しみください。




