無邪気な聖女
ガリャール城を攻める。
味方を得るため、周辺の村も解放する。
村の解放で発言力を高めたシャルールの主張を、ラ・ペ村の皆はすぐに受け入れた。
各村に使いを出して、代表者をラ・ペ村に派遣してもらうことになった。
シュリエは、生まれたばかりの子牛のために寝わらを用意し、水汲みをし、隣家の姉が作った甘い焼き菓子に飛び上がって喜んだ。
農作業の合間に、村の年少者たちを集めて追いかけっこをしたり、歌を歌ったりしていた。
十三歳という年齢に相応しい、瑞々しく華やかな笑顔を振りまいている。
「こうしていると、年相応の娘にしか見えないな」
神官は、子供たちと駆け回る彼女を眺めながら、胸のわだかまりを捨て切れずにいる。
彼女が見せるのは、奇跡なのか。誰かに操られているのか、彼女の意思から生まれ出ずるものなのか。
彼女の救国の意思は、王国を、王を、そしてこの村を、正しい方向に導くのだろうか。何より、あの娘はそれで救われるのか。
「シュリエ姉~、花冠作って~」
「いいよー。じゃ、放牧地に行こっか!」
子供たちを引き連れて歩くシュリエに、神官は目を細めた。
「敵を殺せ」と扇動するよりも、今の姿の方が正しいことに思えてならない。
正しいのか? フェンディアナの啓示よりも?
フェンディアナに仕える神官は、自らの神を否定してしまったことに気付き、足元が崩れるような錯覚に恐怖した。
◆
周辺の村からやって来た代表者は、ラ・ペ村に異国の兵が居ないこと、彼らを皆殺しにしたことに驚愕した。
「フェンディアナの啓示を受けた聖女に従うことです。異国の兵士を打ち払いましょう」
シャルールは、各村の代表者たちにそう語り、静かに笑った。
だが、村に居る異国の兵士たちを皆殺しにしてガリャール城攻めに協力しろという提案に、代表者たちは難色を示した。
「ラ・ペ村は成功したかもしれない。だが、次もうまくいくとは限らない。そんな危険な賭に乗るわけにはいかない」
「ご懸念はもっともです。しかし、既に他の村も無関係ではありません。我々は既に二十二人の兵士を皆殺しにした。城の軍勢が異変に気づくのは時間の問題です」
「ラ・ペ村は報復されるだろうな」
「ええ。そして、彼らはラ・ペ村だけでなく周辺の村もまとめて焼き払うことでしょう」
「なっ……」
代表者たちは、反論しようとして失敗した。
異国の兵士の報復は徹底している。自分たちの村が無事で済むという保証はない。
「みなさんに残された道は、我々と共に城を落とすか、無抵抗のまま一緒に焼かれるか。どちらかしかありません。さあ、選んでください」
シャルールが突きつけた現実に、代表者たちは青ざめた。
異国の兵士たちは、そこまではやらないかもしれない。
だが、やるかもしれない。
続いて登場したシュリエは、神秘的な眼光をたたえた瞳で彼らを見つめて語った。
「フェンディアナは王国を救いなさいとおっしゃいました。そのためにも、まず周辺の村を異国の兵士たちから解放して、ガリャール城を王国の手に取り戻さねばなりません。正義は我らにあります。手を携えて、異国の兵士を討ち滅ぼしましょう。これはフェンディアナのご意志なのです」
シャルールが、代表者たちに静かに語りかける。
「このままでは、滅びるのみです。ラ・ペ村は成功した。この聖女に従うことで」
シュリエの神秘性に打たれた代表者たちは、この聖女に賭けるしかないことを悟った。そして、異国の兵士を討ち滅ぼし、ガリャール城攻めに協力することを誓った。
「上出来だったよ、シュリエ」
「聖痕を見せしなくてよかったの?」
シュリエは、新たに仕立てた前開きの服を見下ろしながら首をかしげた。
「これなら、聖痕を見せるために裾をまくり上げて上半身を露出させたり、胸の部分を切り裂く必要はないだろう?」
「裾をまくり上げた方が早いけど?」
「いや、それは……」
彼女の羞恥心が十分に発達していないことに、シャルールは初めて気付いた。そういえば、彼女は他の子供たちと裸で川遊びをしていた。
やれやれ、そんな子供が王国を救う、か。
それはともかく。
「今後は、安易に聖痕を見せるのはやめよう。ごく一部の、選ばれた人にだけ見せるんだ」
村の者に見せたのは、まあいい。村人の意思をまとめるための演出として、機能してくれた。彼らは目撃者として、彼女の神秘を語る存在になる。
「聖痕を見せてみんなが納得してくれるなら、私は見せてもいいけど」
「隠すことも必要だ。秘すからこその神秘性なんだ」
無邪気に笑うシュリエに、シャルールは苦笑した。
「さあ、ラ・メール村を解放する。フェンディアナのご意思を村人たちに伝えるんだ。異国の兵士を殺せ、と」
「はい! がんばります!」
シュリエは無邪気に笑う。
シュリエらしい、農民らしい、学のない口調。
だったら、代表者たちの前でした演説は何だ? 僕が教えたのは、もっと簡単な言葉だった。「やっつけましょう」と教えたんだ。「討ち滅ぼしましょう」だって? そんな言葉をいつ覚えたんだ?
◆
シュリエ、シャルール、ラ・ペ村の男たちは、ラ・メール村、シニョン村、ポンソーズ村を順番に解放していった。
百人ほどの敵を血祭りに上げたことになる。
各村の次男、三男らを中心に編制された「フェンディアナの使い」は、異国の兵士たちの拠点になっているガリャール城に向かって進軍した。
事は、シャルールの思い通りに進展している。
「愚かな農民たちを導けるのは僕だけだ」
僕だけの、はずだ……。




