作戦決行
「それだけか?」
「それだけだ」
「難しくねえ……じゃねえか」
「難しくないんだ」
シャルールの作戦を聞いた村人たちは、拍子抜けして顔を見合わせている。
困惑は、怒りに変質した。
「こんな簡単なこと、なぜもっと早く言わなかったんだ」
「そうだ。早く実行してれば、俺の嫁はアイツらに……」
「ジェランだって殺されなかった」
シャルールは、寂しそうに笑った。
「以前なら、みんな聞いてくれなかっただろう?」
「しかしな」
「この作戦は、一人でも怖じ気づいたり裏切ったりしたらお終いだ。難しくはないが、恐ろしい。それでも本当に実行した?」
「……」
シュリエが再び前に出た。
神官を戦慄させた、訴えかけるような神秘的な眼光を茶色の瞳にたたえて。神々しいまでの迫力と威厳をまとって。
「でも、今は違う。フェンディアナの加護がある。フェンディアナが王国を救えと命じてるの。そのためならば許される行為だよ。異国の兵士を殺すことはフェンディアナの意思なんだから!」
「……確かに、な」
以前にシャルールが単独でこの作戦を提案したとしても、村人たちは「無理だ」と言っただろう。
「そんな恐ろしいことはできない」
「失敗したらどうする」
「兵士に勝てるわけがねえ」
きっと、できない理由を探して尻込みする。
密告制度もある。裏切り者が出れば、異国の兵士に密告されて計画は潰される。
だが、今は違う。
彼らは、シャルールの提案に対して「難しくない」と言ったのだ。皆、難しくないと思えるようになったのだ。
「決行は今夜。それまでは平常通りに振る舞ってくれ」
シャルールは、静かに笑った。
◆
深夜――。
村のあちこちで、ほのかな灯火がともされていった。
油に浸した紐に点火した、室内用の照明具だ。ろうそくよりも安価なので、平民でも使える。
偵察役の村人が戻ってきた。
「二十二個。準備完了だ」
村の中央の広場で待機していたシャルールは、「ご苦労様」と言って偵察役の男を労った。
村人たちが、自分の計画通りに動いていることにシャルールは満足した。年上の村人たちを自在に動かしているという高揚感を隠すには、彼は若過ぎた。しかし、夜のとばりが彼の傲慢な表情を隠している。
松明の炎が作り出す影は、むしろシャルールの表情を陰鬱かつ厳粛に見せていた。
「シャル兄、私は何をすればいいの?」
「シュリエが、命じるんだ。みんなに。『討ち取れ』と」
シュリエは頷くと、大きくはないが力強く、言った。
「フェンディアナはおっしゃいました。『神は乗り越えられない試練を与えない』と。討ち取ってください。王のため、王国のため、そして村のために」
伝令役の男たちが、松明に点火して走り出した。
灯火がともされた家々の前を横切るように――。
松明を確認すると、三人の男が灯火がともされた家に入っていった。中には、その家の主人が居た。
四人の男たちは頷き合うと、寝室――という程ではない、夜具を敷いた一角に向かった。
その家の妻の横で、異国の兵士が熟睡している。たっぷりと酒を飲まされて高いびきを上げている。
主人は、声を押し殺して泣いている妻を夜具から引き出すと、そっと抱き締めてから「向こうへ行ってろ」とささやいた。これから起こることは、女に見せるものではない、と思った。
「ここで見てるよ。あの男が死ぬところを」
妻は憎悪の目を兵士に向けた。目を逸らすつもりはないと、表情が語っている。
主人は頷くと、皆のところに戻った。
「俺にやらせろ」
皆、頷いた。
ゆっくりなぶり殺しにしてえが、騒がれると皆に迷惑がかかるからな。眠ったまま死ねることを感謝するんだな。
家の主人は怒りで震える右手を左で押さえながら、右手につかんだ鉈を兵士の顔に振り下ろした。
ぐちょり、という音を立てて、鉈が兵士の顔に深々と突き刺さった。すぐさま、他の三人も手にした剣や農具で兵士の体をめった刺しにする。
家の主人は鉈を強引に引き抜くと、再び振り下ろした。引き抜いてまた振り下ろした。引き抜いてまた……。
ぐちょり、ばきり、ぐちゃり。
四人が凶器を振り下ろすたびに嫌な音がする。
かつて人間だったモノは、生臭い血をまき散らした。
家の主人は泣いていた。妻も泣いていた。
他の三人も泣いていた。
これまでに受けた苦しみが癒えることはない。
激情が去り、麻痺していた五感が戻ってくる。
一面、血の海だ。
むせかえるような臭い。
動物を解体することもある。血の臭いには慣れている。
だが、無性に気持ちが悪い。
男たちは、その場に嘔吐した。
指が硬直していて、鉈を放せない。
左手で右手の指を強引に開いて、鉈を放り出した。
人間の肉体を破壊する感触が手に残っている。
骨を砕き、肉に食い込む不快な感触。
不快? 不快だっただろうか――。
「フェンディアナの意思なのです」
シュリエの言葉が甦ってきた。
そう、そうだ。何も悪いことはしてねえ。
これは復讐。正当な復讐。
食料を奪い、暴力を振るい、妻を犯した男は死すべき存在。
この男を殺すのは正しい行い。
神が許し、望んだ行為。
フェンディアナに……栄光あれ。
家の主人は、自分に言い聞かせるようにフェンディアナの名を唱え、歪んだ笑顔を浮かべた。
そして、全てが終わった――。
◆
灯火がともされた家には、異国の兵士が分宿していた。
兵士は二十二人。
兵士が眠ると、家の前に灯火をつけてそれを知らせた。
全員が眠ったのを確認したら、作戦決行を知らせる松明が村を駆け巡る。
松明を見た男たちは、それぞれ複数人で兵士を襲う。
兵士の死体が広場に集められた。
二十二体。
村は、解放された。
村は歓喜に沸いた。
皆、フェンディアナの御心に応えたという興奮に酔いしれている。互いの健闘をたたえて、抱き合っている。
血まみれで、喜び叫んでいる。
シュリエだけは笑っていない。
兵士たちの死体を睨み続けている。
ジェランの頭をかち割った男の死体があった。
「ジェラン、仇はとったよ」
シュリエの頬を涙が伝った。
彼女の隣にシャルールがやって来た。
「シュリエ、戦いは始まったばかりだよ」
「シャル兄……」
「いずれ、兵士の仲間が様子を見に来る。兵士が皆殺しにされたと知られたら、この村は攻め滅ぼされる」
「そんな!」
「異国の軍勢は、東の方にある城を拠点にしているそうだ。その城の連中を殺せば、当面の危機は避けられるだろう」
「お城を襲うなんて、そんなことできるの?」
「我々だけでは無理だ。だから、仲間を増やそう。異国の兵士に占領されている近隣の村も解放すんだ。彼らと力を合わせれば、城も落とせる」
「できるのかな……」
「神は乗り越えられない試練を与えない。そうだろう?」
「シャル兄の言う通り。フェンディアナの加護があれば、乗り越えられない試練なんかない。王国を救うために、戦い続けなければ!」
シャルールは、静かに笑った。
「僕は十年前、街の商家に奉公に出されたんだ。口減らしのために」
「お父さんとお兄さんが死んじゃったから戻ってきたんでしょ?」
「そう。商家の旦那はいい人でね、いろんなことを教えてくれた。悪くない十年だった」
「うん」
「村の大人たちは、村の外がどうなっているのか、全然分かっていない。だから、僕が教えてあげるんだ。村の大人たちに。僕とシュリエが力を合わせれば、村を、王国を、救うことができるよ」
「そうか! シャル兄がいれば安心だね!」
シャルールはシュリエにほほ笑んで、そっとつぶやいた。
「ラ・ペ村は、僕には狭過ぎる」
それにしても――農民とは思えない言葉をシュリエが時々使うのは一体……。
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