シャルール
小麦粥を食べ、水を飲み、眠って、シュリエは少し動けるようになった。
神官はまだ寝ていろと言うが、彼女にはどうしても行かなければならないところがあった。
村はずれ。ジェランが埋葬された場所。
墓石すらない。ただの土饅頭。
彼女はそこに花を手向け、泣いた。
なぜジェランが殺されねばならなかったのか。
涙があふれて止まらない。
そう。異国の兵士が居るからだ。
あんな人たちがいるから、ジェランは死んだ。
まず、この村を救うのだ。異国の兵を追い出すのだ。
目の前で苦しんでいるこの村を解放するのだ。
そして、王国から異国の兵を追い出すのだ。
シュリエは、自宅ではなく、礼拝堂に戻った。
「神官様、村の人たちを礼拝堂に集めてください」
「村の者を? 一体……なぜ?」
「村を、異国人から解放するのです」
「何? そのようなこと、できるはずが……」
「私にはフェンディアナの加護があります。王国を、救わねばなりません」
「王国を……シュリエ、何を言って……」
シュリエの顔を見た神官は、全身に冷水を浴びせられたような錯覚に戦慄した。
神官の目は、シュリエの茶色の瞳に捕らえられた。訴えかけるような神秘的な眼光には、有無を言わせない何かがある。
フェンディアナの神話を愛する純粋な信仰心と無邪気さが同居した、以前の彼女の目とは明らかに違う。
神々しいまでの迫力と威厳を感じて、神官はひざまずいた。
「わ、分かった」
◆
礼拝堂に、村の主立った者が集められた。
全員を集めるわけにはいかない。
目立ったことをすれば、異国の兵の疑念を呼んでしまう。
村人たちは、祭壇に立ったシュリエを見て騒めいた。
「静粛に」
神官がよく通る声で呼びかけると、潮が引くように騒めきが収まっていった。
十分に静まってから、シュリエは村人たちに語りかけた。
「皆さん。私は女神フェンディアナから啓示を授かりました。王を救いなさい。王国を救いなさい、と」
再び騒めきが起こった。
「まず、村に居る異国の兵を排除せねばなりません。彼らは王国に居るべき人ではありません」
「……」
予想外の話に、皆言葉を失った。
そして、徐々に、シュリエの言葉の意味を理解し始めた。
「そんなことができるわけないだろう!」
「相手は武装してるんだぞ!」
「皆殺しにされるぞ!」
男たちが反論の声を上げる。
「無理だと思い込んでいるだけではありませんか? 敵はたったの二十人程度ではありませんか」
「何だと!?」
村人よりもやや事態を把握している神官も、シュリエの変貌に絶句した。
これが、あの無邪気な、十三歳になったばかりの少女なのか?
神官の戸惑いとは裏腹に、これまでとは異なる騒めきが礼拝堂に広がっていった。
「そういえば、アイツら二、三人組でうろついてることが多い」
「二人組なら、勝てるんじゃねえか?」
「だが、うまくいくのか?」
「何人か殺したところで、ヤツらに報復されるだけだ」
「皆殺しにされる」
弱気な意見に、村人たちは意気消沈した。
シュリエは、一同を祭壇から見下ろして叫んだ。
「これからもあの兵士たちに奪われて生きるのですか? 食料を、酒を、妻子を。あのような者たちの慈悲にすがって、奴隷のように生かしてもらうのですか? 妻子を差し出してまで、生きたいのですか? 今立ち上がらなければ、フェンディアナはあなたたちを見捨てるでしょう。選んでください。人として死ぬか、奴隷として生きるか」
一瞬の静寂――。
神官は、皆に悟られぬように注意しながら、シュリエを睨んでいた。
これが、無学な娘の演説だというのか。まるで将軍のようではないか。誰かに入れ知恵されたのか、それとも……。
「ヤツらは、毎晩俺の妻を……」
「奴隷よりもひでえぜ」
「だが、俺は怖えよ……」
いまだに揺れている村人たちに、シュリエは静かに語りかけた。
「皆さん、私にはフェンディアナの加護があります。異国人を撃退する我らの勝利は疑いありません」
シュリエはそう言うと、短剣で自分の服の胸元を切り裂いた。
左手で、服の裂け目ををずらす。
聖痕。
「そ、それは……」
「フェンディアナと同じ場所に、突然傷が現れました。フェンディアナの加護の証しです。皆さん、私と一緒に戦ってください!」
皆、困惑して神官に視線を移した。村人たちの意図を察した神官は、一瞬逡巡の色を浮かべた。
「シュリエの胸の傷は本物だ。誰も彼女を傷つけていない。突然傷ができて、血を流し始めた。聖痕……フェンディアナの聖痕だ」
神官は、聖痕だと断定してしまったことに気付いて右手で口を押さえた。だが、もう遅かった。
あの傷は「聖痕になってしまった」。
「聖痕……」
「聖痕、なのか?」
「フェンディアナの加護……」
「やろう」
「今なら加護がある」
「俺もやる」
「……勝てる、のか?」
「聖痕だ。フェンディアナの聖痕だ」
「シュリエが居れば勝てるかもしれん」
礼拝堂に興奮の波が広がった。
「皆、待ってくれ。騒ぐと怪しまれる」
神官にたしなめられて、皆の声が小さくなった。
だが、興奮まで消えたわけではない。
「異国の兵士を倒して村を解放する」
共通の目標を胸に、皆の心が一つになった。
「それで、ヤツらとどうやって戦う?」
「村をうろついてる連中を少しずつ殺してくか」
「いや、それでは途中で気付かれる」
一人の青年が静かに立ち上がって祭壇に向かった。
シャルール。
シュリエの家の近くに住んでいる、村の子供たちから「シャル兄」と呼ばれて慕われている青年。
彼はシュリエを自分の上着で覆うと、村人たちに語りかけた。
「みんなが協力してくれるなら、勝てる。しかも一晩で」
「シャル兄……」
「シュリエ、君がいれば勝てる。みんな、シュリエがいれば勝てるんだ。僕が考えた方法を聞いてくれ」
シャルールは、シュリエと村人に静かにほほ笑んだ。
「シュリエとフェンディアナを信じて、敵を恐れず、みんなが協力してくれるなら、この方法で必ず勝てるよ」
皆、シャルールの扇動に引きつけられた。シュリエとシャルール。この二人がいれば勝てる、という雰囲気が醸成されていった。
その一方で、神官は一人、浮かない顔をしていた。
シュリエが服を切り裂いた短剣は、祭壇にあったもの。一体、いつの間に……。




