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勝利の乙女シュリエ  作者: 中里勇史
ラ・ペ村

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2/21

聖痕

 シュリエは、寝台に寝かされていた。


「気が付いたか」

「し、神官様……」

「礼拝堂に倒れていた。死んでいるのかと思って肝を冷やしたぞ」


 礼拝堂の神官が、渋面を作ってシュリエを見つめている。

 神官の部屋の寝台に寝かされていたらしい。


「ごめん……なさい」

「一体いつから居たのだ。ずいぶんと衰弱しているようだが」

「ジェランが……殺された日、から……」

「三日も前からだと!? 馬鹿な」


 神官は、シュリエを睨んだ。

 だが、彼女が嘘を言っているようには見えない。

 だが、そんなはずがない。


 神官は、礼拝堂でフェンディアナへの祈りを毎日捧げていた。

 礼拝堂にシュリエなど「居なかった」のだ。


 私が気付かなかったのか?


 三日目に礼拝堂に入ったのだとしても、おかしいのである。

 二日目の夜、礼拝堂から去る際に、扉に鍵を掛けた。

 そして三日目の夕刻、鍵を開けて礼拝堂に入ったら、シュリエが倒れていたのだ。


 入れるはずがない。ならばやはり彼女を見落としていたのか?

 そんなことがあり得るのか?


「まあいい。今、小麦粥を持ってきてやる」


 神官は、立ち上がって彼女に背を向けた。


「そんな、迷惑は……」

「いいから、横になっていろ」


 そのとき、背後に妙な気配を感じた。

 気配ではなく、予感、かもしれない。

 胸騒ぎを覚えて振り返った神官は、目を見開いた。


「シュリエ! その胸、どうしたのだ!?」


 シュリエの麻の服が、左胸の辺りから赤黒く染まっていく。

 シュリエは、赤く染まった服をぼんやりと見下ろしている。

 人ごとのような、恍惚としたような表情を浮かべて、自分の体を見下ろしている。


「それは……血なのか!? 止血しなければ。服を脱ぎなさい」


 血は、まだ未熟な左乳房の、右側からにじみ出ている。切り傷ではない。鋭利な刃物に突き刺されたような傷が穿たれている。

 神官は、手当を忘れて後ずさった。


 あり得ない。

 礼拝堂から寝室に運んだ際、このような出血はなかった。

 これほどの傷があれば、出血していたはずだ。

 傷が突然できたとしか思えない。

 自傷か?

 だが、この部屋に刃物などない。

 それに、これほどの傷を自分で付けられるものだろうか?

 私にはできない。ましてや、十三歳の少女にそのような……。


 あることに気付いて、神官の顔から血の気が引いた。

 同じだ――。


 恐怖と驚愕。

 困惑と躊躇。


「これは……まさか……」


 邪神ヴォールとの戦いにおいて、女神フェンディアナは心臓を邪矛で突かれながらヴォールの首を切り落としたという。

 シュリエの傷は、まさに心臓の辺りにあった。


「聖痕……!?」


 神官は、自分が口にした言葉に再び戦慄した。

 いや、そんな……馬鹿な。


 血は、止まりかけていた。

 神官は青ざめた顔を背けると、寝台の掛け布でシュリエの体を包んだ。


「と、とにかく傷の手当てだ。薬草を持ってくる」


 神官は、顔を左右に振りながら部屋から出て行った。


 シュリエは朦朧とする意識の中で、自分の胸からにじみ出る血が流れ落ちるのを感じ、女神の声が耳の奥に甦った。


「神は乗り越えられない試練を与えません」


 ――王を、王国を、救う……。私が……。


 彼女の右手には、短剣が握られていた。

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