聖痕
シュリエは、寝台に寝かされていた。
「気が付いたか」
「し、神官様……」
「礼拝堂に倒れていた。死んでいるのかと思って肝を冷やしたぞ」
礼拝堂の神官が、渋面を作ってシュリエを見つめている。
神官の部屋の寝台に寝かされていたらしい。
「ごめん……なさい」
「一体いつから居たのだ。ずいぶんと衰弱しているようだが」
「ジェランが……殺された日、から……」
「三日も前からだと!? 馬鹿な」
神官は、シュリエを睨んだ。
だが、彼女が嘘を言っているようには見えない。
だが、そんなはずがない。
神官は、礼拝堂でフェンディアナへの祈りを毎日捧げていた。
礼拝堂にシュリエなど「居なかった」のだ。
私が気付かなかったのか?
三日目に礼拝堂に入ったのだとしても、おかしいのである。
二日目の夜、礼拝堂から去る際に、扉に鍵を掛けた。
そして三日目の夕刻、鍵を開けて礼拝堂に入ったら、シュリエが倒れていたのだ。
入れるはずがない。ならばやはり彼女を見落としていたのか?
そんなことがあり得るのか?
「まあいい。今、小麦粥を持ってきてやる」
神官は、立ち上がって彼女に背を向けた。
「そんな、迷惑は……」
「いいから、横になっていろ」
そのとき、背後に妙な気配を感じた。
気配ではなく、予感、かもしれない。
胸騒ぎを覚えて振り返った神官は、目を見開いた。
「シュリエ! その胸、どうしたのだ!?」
シュリエの麻の服が、左胸の辺りから赤黒く染まっていく。
シュリエは、赤く染まった服をぼんやりと見下ろしている。
人ごとのような、恍惚としたような表情を浮かべて、自分の体を見下ろしている。
「それは……血なのか!? 止血しなければ。服を脱ぎなさい」
血は、まだ未熟な左乳房の、右側からにじみ出ている。切り傷ではない。鋭利な刃物に突き刺されたような傷が穿たれている。
神官は、手当を忘れて後ずさった。
あり得ない。
礼拝堂から寝室に運んだ際、このような出血はなかった。
これほどの傷があれば、出血していたはずだ。
傷が突然できたとしか思えない。
自傷か?
だが、この部屋に刃物などない。
それに、これほどの傷を自分で付けられるものだろうか?
私にはできない。ましてや、十三歳の少女にそのような……。
あることに気付いて、神官の顔から血の気が引いた。
同じだ――。
恐怖と驚愕。
困惑と躊躇。
「これは……まさか……」
邪神ヴォールとの戦いにおいて、女神フェンディアナは心臓を邪矛で突かれながらヴォールの首を切り落としたという。
シュリエの傷は、まさに心臓の辺りにあった。
「聖痕……!?」
神官は、自分が口にした言葉に再び戦慄した。
いや、そんな……馬鹿な。
血は、止まりかけていた。
神官は青ざめた顔を背けると、寝台の掛け布でシュリエの体を包んだ。
「と、とにかく傷の手当てだ。薬草を持ってくる」
神官は、顔を左右に振りながら部屋から出て行った。
シュリエは朦朧とする意識の中で、自分の胸からにじみ出る血が流れ落ちるのを感じ、女神の声が耳の奥に甦った。
「神は乗り越えられない試練を与えません」
――王を、王国を、救う……。私が……。
彼女の右手には、短剣が握られていた。




