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勝利の乙女シュリエ  作者: 中里勇史
領主

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8/21

邪神ヴォールの使い

 ガリャール城攻城戦で、農民に二六人の犠牲者が出た。

 シュリエは、負傷者一人一人に「ご苦労様でした」「ご無事でなによりでした」と声を掛けて回り、応急処置を手伝った。「早く直りますように」と、フェンディアナへの祈りを捧げた。

 次いで、泣きながら墓穴掘りに参加し、埋葬が終わると自ら花を手向けた。


「ペジュッテさんちのエルエン。よく遊んでもらったっけ。ポーデルさんは、ウチの畑の作業を手伝ってくれた……。ジョッテルさんとは、シニョン村で初めて会って、優しくしてくれた……」


 それぞれの墓の前で、犠牲者との思い出を口にする。再びあふれてきた涙を袖でゴシゴシと拭きながら。


 農民たちは、彼女の姿に涙した。

 ダルボーズ麾下の兵の中にも、彼女の姿勢に心打たれる者が出始めていた。


「それがよ、矢が雨のように降り注いでるのに、聖女様には当たらねえんだよ」

「俺は矢が避けるのを見た」

「矢の方が、避けてくんだよ」

「聖女様の歌を聴くと、力がみなぎってくるんだ」

「怪我の痛みも和らぐんだぜ」


 農民たちは、シュリエの活躍を口々に褒めそやす。その噂は、家臣を介してダルボーズの耳にも入った。


「矢が避ける? 痛みが和らぐ? そうか、それは頼もしい。さすが聖女様だな」


 ダルボーズは愉快そうに笑った。


「そのようなことがあるのでしょうか」

「知らん」

「……」

「矢が聖女を避ける、聖女の歌を聴くと強くなる。そのようなこと、事実かどうかなどどうでもよい。兵たちがそれを信じることに意味があるのだ」

「どうでもよいのですか」

「『矢が避けるわけがない』と否定して、何の意味がある? 兵が意気消沈するだけではないか。相変わらず、お前たちはつまらぬことにこだわるな。そこに居る農民の方が分かっていよう。シャルール……と言ったか? そうではないか?」

「ご領主様の仰せ通り。『聖女らしさ』こそが重要と心得ます」

「だが、今のままでは不十分だ。もう少し体裁を整えるとしよう」

「体裁でございますか」

「聖女は聖女らしくあらねばならん」


◆


 ダルボーズは、居城に帰還した。

 フェンディアナの使いも、解散させずに城下に伴った。


 シュリエとシャルールは、城の謁見室で待たされてる。


「私たち、これからどうなるんだろう……」

「ご領主様は悪いようにはなさらないだろう」

「それもあるけど、私は王様と王国を救わなくちゃいけないし」

「具体的には?」

「それは、分からないけど。乗り越えられない試練は与えられないはずだよ!」

「……」


 二人の言葉が途切れた。

 それからしばらくして、ダルボーズが現れた。


「待たせたな」

「とんでもありません」

「ん。まあ楽にせよ。二人と、今後のことを話そうと思ってな」

「今後、でございますか」

「聖女殿は、フェンディアナからどのような啓示を受けたのか」

「それが……『王を救いなさい。王国を救いなさい』と」

「王を……なるほどな」

「領主様! 私はこれからどうすればいいんでしょうか。どうすればフェンディアナの望みをかなえることができますか?」

「……そうだな。まずは国王に会いに行く、か」

「こ、国王に!?」

「国王は王都パスフィールにおわす。今、王国は難しい局面にある。国王に会うことで、成すべきことが分かるのではないかな」


 シュリエの目に、新たな活力がみなぎる。

 成すべき明確な目標ができた。

 国王に会いに、王都パスフィールに行く――。


「はい! がんばります!」


 ダルボーズは微笑すると、「パンッ」と手を打ち鳴らした。

 女官が前に進み出る。


「聖女殿に沐浴とお着替えを。娘たちの昔の服が残っていよう」

「かしこまりました」


 女官に伴われて退室するシュリエを、シャルールは不安げに見送った。

 自分が手を差し伸べ、導いてきたシュリエに、ダルボーズの色が加わっていく。シュリエがシュリエではなくなっていくような、ほろ苦い喪失感を覚える一方で、シュリエに自分の色を乗せていたことに、シャルールは無自覚だった。


「さて、これからが本題だ。フェンディアナの啓示。お前はどう思うか」

「それは……文字通り王と王国を救うことを望まれているのでは」

「王とは誰のことだ?」

「えっ!?」


 シャルールは、考えたこともない問いに頭が真っ白になった。何を問われているのかすら分からない。


「啓示が示す王とは誰か。エルゲント王か、フェンエルス王か」

「そっ、それはもちろんフェンエルス王国の王かと」

「フェンエルス王が、今後も真の王とは限らないとしたら?」


 シャルールは再び硬直した。ダルボーズの言葉の意味を図りかねた。


「お前にはこれからも役に立ってもらわねばならん。そのためには少しこの国の状態も理解しておかねばな」

「はい」

「フェンエルス王の名はフェルノフェシス五世。だが王領地は北部に限られており、南部と中部は大貴族の領地になっている。厄介なのが、王国中部に広大な領地を持つアゲノー伯アインデだ」

「アゲノー伯……」

「そして……アゲノー伯はよりによってエルゲント王位を獲得したのだ」

「それでは、我々が戦っていたエルゲント軍とは、我が王国のアゲノー伯の兵だと?」

「複雑だが、やや違う。アインデは、フェンエルス王の臣下としては何もしていない。ただし、エルゲント王“ヘインデト”として、エルゲント王国軍を動かしてフェンエルス王国と戦争をしている」


 農民に過ぎないシャルールにとって、封建制や主従関係の世界は理解を超えていた。アゲノー伯はフェンエルス王の臣下だが、エルゲント王としてはフェンエルス王と同格で……。


「この戦争でフェルノフェシス五世が敗れることになれば、アインデがフェンエルス王に取って代わる、という可能性もある。フェンエルス王を助けるのはフェンディアナの正義だろう。だが、誰をフェンエルス王として助けるべきか――」

「それは、正統な王を……」

「アインデもな、継承順位は低いがフェンエルス王家の血は流れている。彼の祖母が、確かフェンエルス王女だったはずだ。現王と他の継承者がいなくなれば、アインデが正統な国王となろう」

「……」

「フェンディアナはフェンエルス王国の守護神。王家の、ではない。王が変われば正義も引っくり返る」


 シャルールは眩暈を感じた。そんなシャルールを、ダルボーズは微笑をたたえて見つめていた。


 一体、あの微笑はどのような意味なのか。

 人の価値感に揺さぶりをかけて迷わす、邪神ヴォールの使いのようだ。

 王都パスフィールに行くことが、本当に正しいのだろうか。

 シャルールの肥大した矜持は急速にしぼみ、代わって不安が膨らみつつあった。

アゲノー伯「アインデ」とエルゲント王「ヘインデト」。

フェンエルス語とエルゲント語の違いによるものです。

フランス名アンリ(Henri)=英名ヘンリー(Henry)と同じです。

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