恐怖の共有
戦闘は、平凡な形で始まった。
エルゲント軍は、背後に突然現れた軍勢に驚愕。位置関係と士気の上で、フェンディアナ軍は優位に立つことに成功した。
「両翼を伸ばして半包囲せよ。エルゲント軍を逃がすな!」
ダルボーズは左右に伝令を走らせる。
シュリエに影響されて、皆殺しにしようとしているわけではない。敗残兵にうろつかれると、付近の村が襲われる恐れがある。そうした戦後処理についても考える余裕ができてきた。
「楽勝ではないか。兵の練度向上にちょうど良い相手であったな」
フェンディアナ軍の中央を担当するラ・ジョーム伯は、優勢な戦況を満足げに眺めていた。
左翼のフォリン、右翼のアーデランとア・モランシーもエルゲント軍の側面の回り込みつつある。
中央の後方に、ダルボーズの聖女本陣が置かれた。
シュリエが飛び出さないように、皆が目を光らせている。
「シュリエが出なくても勝てそうだね」
シャルールは、シュリエに語りかけた。
「私は何もしなくていいの?」
「何もしてほしくないんだが」
「それはひどいよ、シャル兄!」
「少しは自分の価値に気付いてほしいね。シュリエは無傷でいることが、一番みんなの力になるのだから」
「でも、こうしている間にもたくさんの人が死んでるんでしょ? そう思うと、じっとしてられない」
シャルールは、シュリエの異常な行動の一端をようやく理解した。
そうか。みんなと同じ危険に身を晒すことで、贖罪の気持ちを減らしたかったのか。
シュリエの気持ちは分かるが、「気が楽になるから」という理由で矢の雨の中に飛び込まれていたらこちらの身が持たない。
敵陣に動きがあった。
中央部が突出し始めた。
「まずい」
ア・モランシーが、三〇〇の兵を自陣から引き抜いて中央に移動し始めた。
だが、間に合わなかった。
敵中央が、突撃してくる。
「中央突破を図ろうとしている! 中央、守れ!」
慢心していたラ・ジョーム伯は、対応が遅れた。半包囲のために中央部も左右に展開していて、陣の厚みが足りない。
結果論から言えば、この兵力差で半包囲を図るのは無理があった。
シュリエは、王国旗を片手に駆け出した。シャルールは、またしても止めるのに失敗したことになる。
「みんな! がんばって! 敵を逃がしちゃ駄目! 王国の敵を滅ぼすのです!」
ラ・ジョーム伯隊の後ろに控えていたダルボーズ隊が、ダルボーズの下知を待つことなくシュリエに従う。シュリエが動くと軍令も曖昧になってしまう。
シュリエは、何やら叫びながら自軍中央の後ろで王国旗を振り続けた。
敵が突破に成功したら、極めて危険な場所である。
シャルールがシュリエを待避させようとするが、彼女は動かない。
「みんな! がんばって!」
「聖女の歌だ!」「聖女の歌だ!」「聖女の歌だ!」
ラ・ジョーム伯隊の後ろに蓋をするように、ダルボーズ隊が布陣した。ラ・ジョーム伯隊を突破した敵兵は、新たに出現したダルボーズ隊に阻まれる。
「!!」
突然、シュリエが右翼側に走り始めた。
「シュリエ、どうしたんだ!?」
「敵の偉い人が隠れてる。彼を捕まえるの!」
「偉い人!? 大将ということかい?」
「よく分からないけど、この敵の一番偉い人!」
ラ・ジョーム伯隊の援護に来たア・モランシー隊に遭遇した。
「敵の偉い人が隠れてる。彼を捕まえて!」
「……承知しました。どこに隠れているのです?」
「城壁の近く! どさくさに紛れて逃げようとしてる」
「なるほど」
ア・モランシーは深く詮索せずにシュリエの言葉をのみ込んだ。
「騎兵だけ付いてきなさい! 敵の将軍を捕らえますよ!」
シュリエ、シャルール、ア・モランシーと二十騎の騎兵が、自軍の背後を駆け抜ける。そして、逃げようとしていたエルゲント貴族を戦場の外れで発見し、捕らえた。
エルゲント貴族の多くは、フェンエルス語を解する。
「貴公のお名前を承りたい」
「ノードーム公トンム・ハード……」
「ノードーム公とな!?」
ア・モランシーは、意外な収穫に驚いた。
ノードーム公といえばエルゲント公位序列第一位の大貴族である。多くの身代金を取ることができるだろう。
だが。
ノードーム公が隠れていることを、どうやって察知したのだ?
どう考えても、知ることなど不可能だ。
ならば、フェンディアナの加護だとでもいうのか。
これが、ダルボーズ卿らが感じていた……恐怖なのか。
ア・モランシーは、初めてシュリエの異様な成功を目の当たりにし、その意味を考えて混乱した。
私も、聖女を信じ始めて……いる、のか?




