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勝利の乙女シュリエ  作者: 中里勇史
君主たち

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18/20

基点の喪失

 フェンディアナ軍は三七〇〇人になっていた。これにア・モランシー麾下の一〇〇〇が加わり、王都を目指して行軍している。


 ダルボーズは、ア・モランシーと馬を並べた。


「レム伯は、なぜあそこで我々が北上すると思ったのです?」

「たまたま……。そう、偶然、ですね」

「偶然!?」

「軍勢の行動は、予測するのも捕捉するのも容易ではない。ある地点からある地点に向かう軍勢を、別の地点で知ることはできない。偵察によって軍勢の存在を知っても、その情報を得た時点で軍勢は既に移動している」

「……」

「目的地を予測したとして、離れていく軍勢に追い付くことはできない。歩兵に対して騎兵だけで追うなら別だが、双方に歩兵がいれば、余程の無理をしない限り距離は縮まらない」

「その通りですな」


 ア・モランシーは前方を見たままフッと笑った。


「今回は、フェンディアナ軍とエルゲント軍の初期配置は分かっていました。フェンディアナ軍を消耗させるという、アゲノー伯の戦略も予想が付きます。アゲノー伯の戦略が精緻であるだけに、予測もしやすい。フェンディアナ軍が消耗するのを待つため、彼らは無理に追い付こうとしなかった」

「確かに、我々の行軍速度は低下していたが追い付かれなかった」

「そのため、我々は追い付くことができたというわけです」

「しかし、北上の頃合いを合わせることは……」

「フェンディアナのお導き――と言いたいところですが、残念ながら違います。補給を受けられないとしたら、行動限界点ができる。動くなら限界の手前、つまりあそこで行動を起こすだろうと読んだというわけです。王都を目指しているなら、北に動くでしょう?」


 ダルボーズは、苦痛に耐えるような顔になって手綱を握り締めた。


「あのとき……北上すると言い出したのは乙女(ロ・ピレーネ)なのです」

「ほう……」

「私たちには、何の戦略も計算もなかった。できなかった。理解できない。……私は、恐ろしいのです」

「理屈を超えて、正しい判断をした、ということがですかな?」

「ええ。今回だけではない。ときどき、農民の小娘とは思えないことを口走る。だが、普段はただの、何も知らない少女なのです」


 ア・モランシーは「ふむ」と言って顎をさすった。


「それは……危うい。それが本当だとすると、一度判断を誤っただけで聖女の神話は崩壊します。最悪だ」

「どうすれば……」

「周りの者が、論理的に補強しなければならない。そして、『成功した場合のみ』乙女の指示であったことにするのです」

「失敗した場合は?」

「誰かに責任を負わせるしかないでしょうな」


 ア・モランシーは、端正だが頬がこけた顔をダルボーズに向けて、静かに笑った。


「脆弱な地盤に堅固な城は築けません。今にも崩れそうな城など、陛下は求めないでしょう。フェンディアナ軍の価値は、乙女の神話性のみに立脚している。それをお忘れなきように」


 そう言って、ア・モランシーは再びほほ笑んだ。


 そのとき、斥候が駆け戻ってきた。この先の王領地の街がエルゲント軍に攻撃されているという。


「ふむ、これは困りましたね」


 ア・モランシーは首をかしげて顎をさすった。


「迂回することもできますが、国王軍の将としては王領地の危機は見過ごせない」

「エルゲント軍は王国の敵です。敵は討ち滅ぼさねばなりません!」


 もらったばかりの甲冑を着たシュリエがいつの間にか横に居て、景気よく元気よく歯切れよく宣言した。


「エルゲント軍だからといって、反射的にかみついていたらキリがない。戦うべきか否かを考え……」

「エルゲント軍ならば戦うべき相手です。フェンディアナの地を汚す者たちです。何を迷う必要があるでしょうか」


 横で聞いていたア・モランシーは、眉をひそめた。が、何も言わない。


「領主様、これはフェンディアナのための戦いなのです。『勝てるから戦う』『勝てないから戦わない』という問題ではないのです」

「兵法も何もないではないか。勝てない戦いを挑むなど下策中の下策。愚か者のすることだ」

「愚かか賢いかの話をしているのではありません。フェンディアナの望みをかなえることが重要なのです」


 話が全くかみ合わない。ここまで話が通じない娘だったか?

 ダルボーズは、目の前にいる少女に恐怖して冷や汗を流し始めた。

 何かがおかしい。

 何がおかしい? 聖女か? 自分か?


 正しさの基準が分からない。何に立脚しているのか分からない。自分の立ち位置も目指すべき方向も分からない。

 視界がぐにゃりと歪むのを感じて嘔吐しそうになる。


 その様子を眺めていたア・モランシーは、「まずはエルゲント軍の様子を探らせましょう」と言って、斥候を走らせた。

 結果、エルゲント軍の数は三〇〇〇程度。数の上ではこちらがやや優勢。このまま進めば敵の後背に出られるという。


「これならば勝てそうではありませんか。ダルボーズ卿も、兵法に立脚するならまず敵情を知らねば。さて、私は指揮する立場ではありませんので、口出しはここまでにしておきます」

「領主様! エルゲント軍を滅ぼしましょう!」


 シュリエもレム伯も、なぜ戦いたがるのだ。

 おかしいのは私の方なのか?

 ダルボーズは、嘔吐感を抑えながら戦うことを決断した。


「分かった。フォリンたちに戦闘を準備させよう。乙女は、先に話した通り、戦場で勝手に飛び出さないように。できるね?」

「はい! がんばります!」

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