ジェイ・ア・モランシー
「な、何だ? 勝ったのか?」
「敵軍を突破したぞ!」
「聖女様の言う通りだ!」
「聖女万歳!」
「敵は挟撃を狙っており、突破は困難」と予想されたが、北部隊は簡単に崩壊した。ダルボーズらは、意外な展開に困惑した。
「待て! まだ軍勢がいるぞ!」
ラ・ジョーム伯の叫びに、一同は絶望した。一度気を抜いてしまった今、再び戦う気力はない。
「いや、あの旗を見ろ! 王国旗だ。あれは国王軍だ」
「国王軍!?」
ダルボーズらは、まだ事態を把握しかねている。喜ぶべきか絶望すべきか、分からない。国王がフェンディアナ軍をどう思っているのかも不明なのだ。
前方の軍勢から、ひときわ立派な馬具を付けた馬に乗った男が進み出てきた。
端正な顔立ちだが、ひどく瘦せている。頬がこけて、目の下に隈ができている。
男は、シュリエの近くまで来ると下馬して、彼女の前にひざまずいた。
「フェンディアナの聖女、勝利の乙女とお見受け致します。私はフェンエルス国王軍の部将、レム伯ジェイ・ア・モランシーと申す。国王に代わり、お迎えに参りました」
シュリエも下馬すると、ア・モランシーの前に立った。
「シュリエ・ラ・ペです。お出迎え、ありがとうございます」
ア・モランシーはシュリエを見上げるとわずかにほほ笑み、彼女の左手の甲に口づけした。
シュリエは、初めて受けた待遇に、顔を赤らめている。
ダルボーズらは、このような礼を施そうと考えたこともなかった。ある者は聖女への遠慮から。ダルボーズは、「農民の小娘」に過ぎないという蔑視から。
「お話ししたいことは山のようにありますが、どうやら皆様は食事を十分に取っておられないご様子。四キメルほど北にある街に、食料と酒をご用意しております。どうぞ、このまま北にお進みください」
ア・モランシーはそう言うと、騎乗して南に向かおうとする。
「お待ちを。レム伯はどちらに行かれるのか」
「南を押さえていた軍勢がもうすぐやって来るでしょう。我々が彼らを押さえます」
ダルボーズの質問に肩越しに答えると、ア・モランシーと麾下の軍勢は五〇〇メルほど南下して布陣した。
ダルボーズは、北に向かいながら、空腹で回らない頭を無理やり回転させた。何か考えていなければ、眠ってしまいそうだった。
本当に、救われたのか……。
――根拠はありません。ただ、北に向かえば道が開けるような気がするのです。
根拠は、なかったのか?
確かに、北に向かうのが正解だった。
聖女はこれを知って……いたはずがない!
では、分かったというのか?
フェンディアナの導き? 馬鹿な。
では、偶然か? 偶然だろう。
分からない。
我々は、いや私は、どこに向かっているのだ?
「助かった助かった」
「さすが聖女」
「聖女万歳!」
兵たちが、フォリンが、アーデランが、ラ・ジョーム伯が、聖女をたたえる声が聞こえる。
そうだ。彼らのように信じてしまえば楽になる。
フェンディアナの聖女だと。フェンディアナの導きなのだと。
心の中の何かが、フェンディアナの聖女を受け入れている。
そして、何かがそれを拒否している。
考えがまとまらない。
きっと、空腹のせいだ……。
◆
フェンディアナ軍が空の胃に食料を放り込み、ぶどう酒を傾け始めてほどなく、ア・モランシーたちが戻ってきた。
南と東の部隊は、王国旗を見ると撤退したという。
「レム伯、こたびは本当に助かった。礼を言わせてくれ」
「何、私は陛下のご命令で聖女殿をお迎えに上がったまでのこと。陛下は皆様のご活躍を嘉し、王都へのご到着を心待ちにしておられます」
「陛下は我らのことをご存じか」
「もちろん、お耳に届いておりますとも」
ア・モランシーは、優雅な笑みをたたえている。
「それから」
と、ア・モランシーは家臣に合図を出しながらシュリエを見た。
「聖女殿に、陛下から贈り物がございます」
「王様から? そんな、ただの農民の小娘に!?」
「農民か否かは関係ありません。これまでのご活躍に対する褒賞とお考えください」
そこに、ア・モランシーの家臣が木箱を運んできた。
ア・モランシーが木箱を開ける。
傷一つない、甲冑が収められていた。
「騎士様の鎧?」
「はい。正確には、甲冑を模したもの、ですが」
「甲冑を模した?」
「本物の甲冑はそれなりに重いのです。動けなくなるほど、ではありませんが十三歳の女性には窮屈でしょう。これは軽い金属で作られています。ですから、矢を防いだりすることはできません」
シュリエは、模造甲冑に見とれた。まるで、フェンディアナがヴォールとの戦いのときにまとっていた甲冑のようだ。
シュリエに甲冑を着せることも考えていたダルボーズは、自分の演出案が実現したことに愕然とした。
「このようなものを、一体いつ作らせたのですか」
「これは、陛下の妹君が同じく十三歳の頃にお仕立てしたもの。聖女様の噂から、背格好が同じくらいとのことで陛下に下賜していただきました」
「何と……」
「それから、聖女殿が直接武器を取って敵兵の血で汚れるのも好ましくありますまい。そこで、あの王国旗を聖女殿に委ねたいと存ずる」
「王国旗を……」
「聖女殿があの甲冑を着て、王国旗を手に戦場を駆ければ兵の士気はいやが上にも高まりましょう」
ダルボーズは、その光景を想像してみた。
まさに、戦う女神の加護を受けた聖女――。
偶像としての聖女の完成形がそこにあった。
完璧だ。
ダルボーズは感嘆するとともに、引っかかりを感じた。
その引っかかりの原因を心の深部に求めていくと、目を背けたくなるものが横たわっていた。
嫉妬だ。
自分がやろうとして、力及ばずできなかったこと。
それを軽々とやってのける様を見せつけられた。
賞賛と、嫌悪感と、怒り。
自分はこんなにも醜かったのか、とダルボーズは失望した。
シャルールは、そんなダルボーズを眺めていた。
あの顔、あの顔色。
ダルボーズは、かつてシャルールがダルボーズに覚えた感情を味わっているに違いない。
聖女を作る役割を人に奪われる気分はいかがか、ご領主様。
シャルールは、尊敬してやまない、だがそれだけではない主君を、無言で見つめていた。
「レム伯、この甲冑、着てみてもいいですか?」
「もちろん構いません。これは聖女殿のものなのですから。それから、私のことはジェイとお呼びください」
「ジェイ、ありがとう!」




