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勝利の乙女シュリエ  作者: 中里勇史
フェンディアナ軍

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11/20

蠢動

 わずか三五〇人弱で出発したフェンディアナ軍は、約一五〇〇人に達した。ダルボーズを中心に指揮系統の再構築などが行われ、さまざまな問題を抱えつつも軍勢の体を成してきた。


 その宿営地が、緊張感で張り詰めている。


「何か、変な空気じゃない?」

「大貴族のラ・ジョーム伯の軍勢が迫っているのだそうだよ」

「まあ」

「人ごとみたいに言わない。シュリエはこれから、そのラ・ジョーム伯の拝謁を受けるんだから」

「は、伯爵様の拝謁!? 私が拝謁するのではなく?」

「上座にシュリエが座って、シュリエが拝謁されるんだ。これまでのような失敗はできないよ」


 シャルールは、そう言いながら不安を拭えない。問題にはなっていないが、参陣した貴族の拝謁を受けるたびに、シュリエは噛んだり躓いたり、顔の覆いが取れそうになったりと、細かい失敗をしてシャルールの肝を冷やしてきた。

 ダルボーズは何も言わないが、何度か顔色が変わった場面をシャルールは目撃している。


「伯爵は、三〇〇〇の軍勢を率いているという。ダルボーズ卿の十倍の兵力だ。発言力の均衡も変わってくるだろう。怒らせたら攻め滅ぼされるかもしれない。我々の二倍の軍勢なのだからね」


 シャルールは、思わず自分の不安をシュリエにぶつけてしまった。案の定、シュリエは青ざめている。

 シャルールの落ち度だ。


「いや、シュリエは今まで通りやればいい。落ち着いて、参陣に感謝してフェンディアナの言葉を伝えればいい」

「だけど、もし失敗したら……」

「失敗したときのことは考えなくていい。それは僕やダルボーズ卿の仕事だ」


 そのとき、伝令がシュリエの登場を促した。

 ラ・ジョーム伯は、既に来ている。


「深呼吸して。さ、行くよ」

「は、はい……。がんばります……」


◆


「勝利の乙女《ロ・ピレーネ・ヴォーヌ》とかいう聖女殿はまだか」

「フェンディアナへの祈りの時間と重なってしまったようですな」


 ダルボーズは、澄ました顔でラ・ジョーム伯をいなしている。


「全く、人に参陣を求めておいて待たせるとは無礼ではないか。私は三〇〇〇もの軍勢を提供するというのに」

「全くもって、心強い限り」

「ま、フェンディアナ軍とやらの差配は私に任せてもらおう。兵力的にも爵位的にも、異存はないと思うが」

「左様ですな」

「にしても、遅いな。まだか!」


 苛立つラ・ジョーム伯に相づちを打ちながら、ダルボーズの眉間に皺がより始めた。

 確かに、遅い。


「勝利の乙女のお成り!」


 シュリエ登場を知らせる言葉を聞き、ダルボーズ、フォリン、アーデランらは脇に下がってひざまずいた。

 ラ・ジョーム伯は「ふん」と言って、聖女の席の真向かいに立ちはだかった。ひざまずくつもりはない、という意思表示である。


 シャルールに手を取られて、シュリエがやって来た。そして、音もなく聖女の席に腰を下ろす。


「遅い!」


 ラ・ジョーム伯が口を開いて、まさに「遅い」と言おうとする直前に、シュリエの一喝が飛んだ。

 ラ・ジョーム伯はもとより、ダルボーズとシャルールも仰天して硬直した。


「ラ・ジョーム伯、貴公にはかなり前から礼を尽くして参陣をお願いしたはずです。にもかかわらず、これほどの遅参。貴公にはフェンディアナのご加護は期待できませぬ。去(い)ね!」


 シュリエの激しい叱責が続く。

 天幕の空気は重く沈み、室温が一気に下がったような錯覚を一同に与えた。

 ダルボーズの額に冷や汗が浮かんでいる。


「な……何を……」

「まだおるのか。王をお助けする意思なき者は邪魔である。王にもラ・ジョーム伯は頼むに足りずと申し上げておく。貴公にもう用はない。去(い)ね」


 シュリエは打ってかわって静かに吐き捨てると、シャルールの方を向いて右手を差し出した。退出するという合図である。

 重苦しい雰囲気に眩暈を覚えながら、シャルールはシュリエの右手をとって立ち上がらせた。


「お、お待ちください、聖女様!」


 ラ・ジョーム伯がひざまずいてシュリエを呼び止める。


「ラ・ジョーム伯、何か」

「こたびの遅参、誠に申し訳なく! この落ち度は今後の働きで挽回させていただきたく存ずる! どうか、どうか機会をお与えください」


 シュリエはシャルールに目で合図すると、再び着座した。


「伯爵の高名と手腕には大いに期待していただけに、こたびの遅参にはいたく失望しておりました。しかし、王のためにお働きいただけるとお聞きし、安堵致しました。伯爵のお力を王のために、ぜひお貸しください」

「期待に背かぬよう、微力を尽くす所存!」

「フェンディアナ軍は、王と王国をお助けするための組織。提供兵力の多寡は発言力とは関係ありません。まずは、差配の中心を担ってくれているダルボーズ卿の指示に従ってください。その後のお働きによって、序列はおのずと定まってまいりましょう」

「全て心得ましてございます」


 シュリエはそっと頷くと、再びシャルールに合図して、音もなく退出した。


 ダルボーズは、皆に悟られないように顔を伏せたまま、シュリエの後ろ姿を睨んでいた。

 怒りではない。

 驚きと、畏怖と、恐怖が滲んでいた。


 聖女用の天幕に戻ると、シュリエは「ふわああああ」と言いながら顔の覆いを外した。


「緊張して心臓が飛び出しそうだった~」


 シャルールは、蒼白の顔でシュリエを見つめた。


「シュリエ、あの話は誰に吹き込まれた? いつの間にあの筋書きを知らされたんだ?」

「えっ、あれは自分で考えたんだよ。考えた? 考えてないかも。あの場に行ったら、勝手に口が動いてた」

「な、何だって? あれを、自分で? そんな……馬鹿な」


 シャルールは、目の前に居る十三歳の少女が本当にシュリエなのか、分からなくなった。得体の知れない何かが彼女に成りすましているのではないのか。

 首をかしげて笑う少女の視線で、シャルールは自分の膝が震えていることに気付いた。


◆


「勝利の乙女《ロ・ピレーネ・ヴォーヌ》、か」

「陛下のお耳にも届きましたか」

「市井の噂を注進してくる者は後を絶たんからな」


 フェンエルス王フェルノフェシス五世は、磨いていた剣を鞘に収めて棚に置いた。


「兵を糾合しているようだが……。さて、使えるかどうか」

「何か、手を打ちますか」

「そうだな。ア・モランシーを差し向けろ。その聖女とやらに協力するように」

「御意。では早速……」

有名なエピソードをベースにしたお話でした。

今後も、有名な人物やエピを意図的に分かりやすく使っていくので、「あれが元ネタだな」などと思いながらお読みいただければと思います。

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